29-その小さな背中には
お久しぶりです。半月ぶりくらいでしょうか(報告した15日から換算すればその程度だと、信じたい)。
間違えた順番の修正が無事終わったので、また投稿再開したいと思います。
この話の書き出し、プロローグの1話と同じで内容間違えたかとビビりました。上書きとかしてなくてよかったです。
心臓止まるかと思いました。
人類はもう、とっくに負けている。
国は世界に2つしか存在せず、多くの集落は孤立。
魔獣に囲まれた中で緩やかに死ぬか、家畜として魔王種に支配されるか、2つに1つだった。
どちらがより、幸せなのだろう。
どちらがより、穏やかに生きられるだろう。
権利を委ねた先の平穏と、恐怖に苛まれる自由と。
彼らはきっと、そんなこと選べない。
どちらにしても、人々は自分たち以外の世界を知る術がないのだから。
「くっそ……こんな小さな畑じゃ、村人全員分の食料なんてとてもまかなえねぇ」
だから、彼らは選択すらできず、無意味に抗うのだ。
数ヶ月前――食料が尽きかけている、とある寂れた村。
魔獣に畑が荒らされた村は、食糧危機に瀕していた。
元凶自体はなんとか追い払った。
けれど、畑は惨憺たる有様である。
深くまで地面がえぐれ、作物も種もズタズタ。
野菜の収穫はとても見込めない。
しかし狩りで補おうにも、魔獣は強くて殺せない。
弱い獣なら仕留められるだろうが、魔獣が蔓延る中で必要量の確保などできるものか。多少は確保できたとして、魔獣らに襲われないものか。
格好の餌食となる人々は、狩りの度に数を減らしていく。
ならばと他の村へ赴こうとも、結果は同じだ。
村の敷地と同じで、男たちはジワジワと減るばかり。
商いなど、手の届かない場所にあった。
「ここらで一番強い魔物に生贄を出せば助かるのか……?」
であれば、結末はわかりきっている。
選択肢などない。このまま緩やかに滅びるか、魔獣を崇めて尊厳を手放すか。どちらにせよ、人としては死ぬ。
「どうせ減るなら、それでもいいのか……?」
人々は諦める。希望が見えないから。
人々は委ねる。そうすれば生きられるから。
故に、その光は鮮烈だった。
「……?」
獣たちの鳴き声が聞こえる。
怒りや空腹によるものではない。断末魔の声が。
「……!!」
人々は見る。獣たちを切り伏せ、歩む影を。
「――!!」
世界全体で見れば、貧弱かもしれない。
大したことのない一歩かもしれない。
「あなた、たちは……!?」
けれど、たった2人で道を切り開いてきた少女たちは。
背に多くの品を背負う者たちは。
「私はクーリエ。感謝も説明も不要よ。
なにかしたいのならまず、商売の話をしましょう?」
紛れもなく英雄だった。
~~~~~~~~~~
「っ!!」
火花が散る。舞うような絶え間ない斬撃が、クーリエを少しずつ削っていく。先ほどまでの軽快さはない。
常に湛えていた余裕もない。
重みをコントロールして泥臭く、彼女は足掻いていた。
「怖いの? 震えているわ」
「寒いの。あなたが生気を奪うから」
大鎌と巨斧は互角。氷塊と品々も互角。
差ができているのは、ひとえにその身体能力が要因だ。
補えない。抗えない。覆せない。
思考は回らず、彼女はただ死に歩を進める。
――なぜ、私は英雄と呼ばれたのか。
鎌が迫る。身の丈に合わない斧は、軽減してなお今の彼女には重すぎる。
――勇者ではない。勇士でもない。
それどころか、戦士ですらない一介の商人が。なぜ。
死が迫る。かすむ意識は時間を引き延ばし、彼女の本能に警告を発する。
『なぜ、お前は歩むのだ』
――そんなもの、考えるまでもないわ。
私は人を証明した。故に英雄と呼ばれた。
『その意志を、朽ちさせていいのか』
――私は私であっただけ。それだけなのに、それすらできない人々が、私なんかに期待を寄せる。ただの商売人が、儚い希望になってしまう。
重く伸し掛かる。その背に背負った理想が、覚悟が、決意が、荷物が。その手に持った巨大すぎる斧が。
――ほんと、何の価値もない。
クーリエは笑う。がむしゃらに進んだ道を振り返って。
少女は願う。決して忘れられない、己が理想を抱えて。
彼女はただ、冷え切った手足にあった熱を、思い出していた。
~~~~~~~~~~
私には、もっとも極めたかった道を進む才はなかった。
代わりにあったのは、重力魔術の才能。
それは求めていたものと同じくらい……いいえ、体系化された魔術の一分野ではなく、その中の一属性である分、より難しいとすら言えるもの。
だけど、必要なものとは違った。
欲しかったものとは違った。
私は決して、理想には届かない。
……けれど。だからこそ。なればこそ。
私はそれを、極めた。
あらゆるものを背負って、歩み続けた。
まったく違う道でも、同じ場所には向かえるように。
形だけでなく、在り方でも人であり続けられるように。
私が望んだのは、ただそれだけ。
それだけのことが、今の人類には難しかった。
ただ、人を繋ぐことが。ただ、道を辿ることが。
……ただ、人として在ることが。
故に、私は英雄になった。英雄に、なってしまった。
勇者ではない。勇士ですらない。とても強く、尊い彼らには届かず、けれどより人々に近いもの。
なんて、遠い世界まで来たのかしら。
きっと私は、理想の場所に辿り着けたのでしょう。
それでも、きっとここは私が望んだ場所そのものではない。
私は今でも、ずっと、ずっと……1つの道に焦がれている。
何度も道を切り開いていると言われる、この私が。
世界を切り開くとも言える、あの魔術を。
その才能を持っている人は、もうすぐここに来る。
あの人に、また会える。ずっと憧れていた、あの子に。
共に学んだ人。慕ってくれた子。卒業の前に、国へ帰ってしまった方。だから……
「それまで、死ぬ訳には、いかない」
唇を噛み締め、クーリエは告げる。
斧を握り締め、重荷を跳ね除ける。
冷えた手足に熱が宿り、その身は理想を体現す。
――空気が、変わった。見開いた目に、光が宿る。
それはまるで、ブラックホールのように底知れず。
けれど万物を弾く虚空であった。
「……!? ケガが……」
鎌に切り裂かれた傷は、ゆっくりながらも人の限界を超えて塞がっていく。押し潰すように、滑らかになる。
変化は体だけに留まらない。重力は周囲に伸し掛かり、家々を軋ませた。かと思えば、自然ならざる重力波が彼女を中心に拡がり、一定のリズムで空気や物を揺るがす。
陣などもう関係ない。
彼女こそが、重力。人知を超えた、神秘の具現。
「――」
息を吸う。視界が開ける。
彼女は理解した。己が至った境地を。
叶えられなかったからこそ、執念は実を結んだと。
体は軽く、斧は手足。青白い淑女を見据え、クーリエは重く軽い一歩を踏み出し――
「ッ……!?」
直後、背後に現れたアズールによって、首を飛ばされる。
目を離してはいない。油断してもいない。
眼前にいたはずの少女は、波に屈さずそこにいた。
「あなたの意思なんて、アズールには関係ないの」
「あッ、がッ……!!」
首を切られた場合、本体はどちらになるのか。
脳のある頭か、心臓のある体か。
悩むくらいなら、両方消せばいい。
「それに、神秘なんてシスイだけで沢山よ」
無音無風のアズールは、つまらなそうに呟き振り向く。
無防備な体に添えられるのは、命を吸い取る青い指。
一瞬にして、それは干からびたミイラと化した。
首は動けず、体も死んだ。それでも、アズールは追撃の手を緩めない。揺れた鎌が、なびく体に襲いかかる。
目に見えないほどの連撃は、一滴の血も流せない肉を細切れに。クーリエの肉体は塵となった。
「世界中で持て囃されてきたのかもしれないけれど……
生憎、この街は商人を求めていないの」
生暖かい風は塵を運び、また首を転がす。
進む先はアズールのいる方向だ。彼女だった球体は、それが必然かのように真っすぐ足元へ向かい――
「ばいばい、大商人クーリエ」
無感情な言葉と共に、踏み潰されて弾けた。




