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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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26-ゴーイングマイウェイ

シスイが刀を手にしたことにより、場の緊張感は一気に高まる。敵は3人、同格は1人。しかしそれでも、これでどうにかなると、気を抜けないと、お互いが思っているようだ。


吸血鬼3人は殺意と神経を研ぎ澄まし、先へ進むベルたちもそれを感じ取って身構えている。攻撃も離脱も、すぐにできはしない。わずかに均衡が崩れるだけで、趨勢が決まるのだと思わせる雰囲気だった。


ピリリとした空気は張り詰め、生ぬるい風が頬を撫でる。

誰も動けず、誰も音すら立てられず、世界は決壊の時を待っていた。


「ちょっとシスイ。うちの商品をなまくら扱いなんていい度胸ね? ただでさえ貴重で、扱ってる店なんてそうそうない代物よ? せっかく提供してあげたのにどういうつもり?」


その、わずか数秒後。唐突に沈黙は破られる。

意識外からのクーリエの詰問に、シスイはギョッとした顔で目を白黒させていた。


「……え? いや、今追求することかい? それ」

「もう機会がないかもしれないじゃない。

話が終わるまで待ってあげただけ感謝なさい」


驚いたのはシスイだけではない。

ベルたちはもちろん、対峙しているクレアたちすらも、硬直したまま目を丸くしていた。


注目を一身に集めても止まらないクーリエに、シスイはため息をついている。


「はぁ、仕方ないな……」


とはいえ、硬直もすぐに解ける。

シスイもクーリエに視線を向けているため、隙だらけだ。


他の4人を歯牙にもかけないクレアたちは、大鎌、双剣、造物と、各々の武器を以て襲いかかっていく。


「なまくらと言ったのは申し訳ない。ただ、元の刀に比べると、やはりどうしても見劣りはしてしまうんだ」


前を向いているベルたちだが、強襲がわかってもいきなりでは目で追いきれない。体が追いつかない。一瞬で距離は詰められ、その切っ先はシスイを引き裂いて――


"天坂流-止水"


「だからまぁ、できて足止めくらいかな」


燐光を放つ大鎌、錆びついた双剣、荘厳な造物。

そのすべてはピタリと止まり、それ以上先に進めない。


触れるか触れないか、といった距離まで迫ってはいる。

獲物であるシスイは目と鼻の先だ。


しかし、たった数センチをそれらは越えられずにいた。

理由は不明。原理も不明。だが、原因は明らかだ。


納刀したままの刀が、軽く振るわれた。

一瞬だけ煌めいた剣閃に、武器や爪が触れた。

たったそれだけで、威力が丸ごと殺されていた。


「それだけは保障する。決して君たちを追わせはしない」


凶刃が至近距離にあっても、シスイは気楽に告げる。

静止しているとはいえ、殺意は健在。恐ろしいほどの胆力だ。彼女は固まるベルたちに微笑みかけると、流れるような動きで抜刀し、敵を突く。


"天坂流-死水"


「っ……!!」


波紋の中央を抜くような突きは、的確に死点を穿つ。

アズールだけは鎌を軸に避け、掠るだけにとどめているが、他の者ではそうはいかない。


造物は尽くが砕け散り、カーボンも心臓を貫かれ、血をまき散らしながら吹き飛んでいた。


「……ふーん。やっぱり手強いな、アズール・ファス・キュルヴィ。能力は大味で使いにくいのに、素が強い」


カーボンの煤けた血を払いながら、シスイは独り言ちる。

ふわりと着地し、優雅にステップを踏むアズールは、指先で触れた流血を瞬時に飲み干し追撃の構えだ。


「当たり前でしょう? 触れなければならないのだから。

アズールは確殺の力があるからと傲りはしないの」


前回も早々に切り上げたアズールだ。

彼女に油断や傲りは一切ない。瞬きもせずに隙を窺っているため、常に必殺となる接触を警戒しなければならなかった。


それでも、シスイは肩を竦めると、安心させるように微笑みながらそっと目配せしている。


「という訳だから、行っていいよベルくん。女王と戦えるのが僕だけでも、みんなが足止めにならないなら不利になるだけだからね。サクッと処理して追いつくさ」


意識から外れた瞬間を、アズールは見逃さない。彼女は霧のように溶け消えると、斜め上から大鎌を振り下ろす。


「っ、邪魔をしないでほしいのだけど」


しかし、鎌がシスイの首を刈り取ることはなかった。

なぜなら、重力を感じさせないクーリエが、軽やかに大斧で弾き返しているから。


すとんと着地した彼女は、道を塞ぐように斧を持つ手を横に伸ばす。


「横槍を入れるなんて野暮ってものよ。あなたは私が相手をしてあげる。その方が彼女も早く進めるわ」

「……あなたの顔は、抜け殻みたいに青白い」


標的はクーリエに移った。殺意を集約するかのように瞳孔を縮めたアズールは、形を失って彼女に襲いかかっていく。


「やっぱ、全員でやると気が散るか?」

「そうだね。クレアは攻撃範囲が広いし」


その戦いを尻目に、ベルたちは会話を続ける。

フレイはクーリエに準じて銃で迎撃しているが、アリババは飛び散った金塊を集めていた。


「オレたちは女王に介入されないようにしてる。

絶対あいつら消して、すぐ来いよ」

「もちろんだとも」


ニコリと笑いかけられて、ベルは表情を和らげる。

ミイラ状態からも復活したシスイだ。生き残ることに関しての信頼はひとしおである。


「お前もだからなー、クーリエ!! 利益とか関係なく、泣きじゃくるぞオレは! だから死ぬんじゃねーぞ!!」

「あなた家族がいないからって、すぐ人に懐きすぎよ!

その席は、本当に大切な人のために取っておきなさい!」


逆に、ベルに呼びかけられたクーリエは、確約することなく話を逸らす。安心させようとするのか、誠実であろうとするのか。どちらが正しいかなど、ありはしない。

どちらともが相手を想う、優しさの発露だった。


「……さて」


ベル、アリババ、フレイの3人が走り去ったのを見送った後、シスイは改めて敵に目を向ける。

指先でシルクハットを回している、紳士的な吸血鬼を。


「別れの挨拶は終わったかい?」

「待ってくれたのかな? ありがとう。

お礼にサクッと殺してあげよう」

「ふふ。んー……できるものなら?」


シルクハットをかぶり直したクレアが、ステッキを打ち鳴らす。直後、広範囲に散らばっていた金粉は錆に変わり、周囲からはシスイを囲むように錆の波が押し寄せてきた。


「っ、これはカーボン!?」


屋根の上に退避したシスイは、特に高い波の上を仰ぎ見る。

するとそこにあったのは、貫かれた胸に自身の双剣を突き刺しているカーボンの姿だ。


「来いッ……ディアムス!!

我が心臓を代償に、顕現せよ!!」


波の上で叫ぶカーボンは、みるみるその身を変貌させる。

ただ汚れていただけで、ちゃんと生物の形は取っていた彼だが、もはや見る影もない。


シャノンの攻撃から生きながらえた強靭な肌を、錆びついた鉱石が突き破ってくる。疲れた顔を切り離すように、首がねじ切られる。


四肢を覆い尽くし、頭すら取り替え、それは立つ。

無機質の肉体。機械的な駆動。

錆だらけのゴーレムが、シスイの頭上には立っていた。


「Ugrrrrraaaaッ!!」

「勝つために命を投げ出してちゃ世話ないね」


異形化したことにより、錆の波はさらに勢いを増していく。

覆いかぶさるだけだった建物を粉砕し、黄金を飲み込み、尽くを破壊し尽くさんと街を咀嚼する。


シャノン戦など目ではない。最終的には芯まで錆びつかせたとはいえ、あの時の侵食は極一部。

辺り一帯を飲み込む底なし沼には、到底敵いはしない。


前回は離れていた人が巻き込まれ錆びる。

一角どころか、城壁内のすべての建物が錆びる。

道路どころか、さらに奥深くの地面まで錆びる。

街のすべてが今、死に絶えようとしていた。


飛沫を受けて錆びるシスイは、嵐に消えていく足場の中で、力なく佇んでいる。今にも折れそうな柳のように、掻き消えそうな亡霊のように。瞑目したまま、揺られている。


「まぁ、それでも僕には勝てないけれど」


目を開く。右手は柄に。姿勢は低く、天を見る。


「死とは自我の霧散である故に、私は万物に意識を溶かす」


瞳には、青く揺らめく(よろず)の冥火。

刀は静かに神秘を纏い、煌めく刃はもはや名刀。


それは迸る水流である。

それは血を抜き去る魔性である。

それは命を包む大気である。

それは闘志の如き火炎である。

それは汚れを弾く白銀である。

それは世を保つ重みである。


――其は、万物の終着点である。


"死は須らく我が延長(ゴーイングマイウェイ)"


朽ち果てた世界は、ここに新たなる人の形を取った。

シスイを固める錆は砕け散り、錆沼はすべて赤き空へ。

ふわふわと浮かせられ、欠片も残さず銀の粒と消えた。


「ふふ……6つ目かな?」

「7つ目、だよ」


答えるシスイが、逆手に握った刀を背後に向ける。

背中合わせに現れたクレアは、首筋に刀を突きつけられても構わず寄りかかっていた。


「あれは本能に体を明け渡した。錆の街は止まらないよ」


刃に撫でられ、血が滲む。トロリと溢れる甘露な蜜は、思わず手を伸ばしたくなる金色だ。


「君が割り込まなきゃもう斬ってる。

悪いけど、あの子に手を出させる訳にはいかなくてね」


流れる黄金は盾となり、それ以上の斬り込みを許さない。

背中合わせ、言葉を交わしながらでありながら、彼女たちはせめぎ合っていた。


その中間を狙うかのように、少し離れた場所にはカーボンが落ちてくる。シスイはあくまでも、掲げた刀で錆を浮かせただけだ。まだ何も斬っていない。


鉱石人形はけたたましい音を上げながら着地し、咆哮を上げた。同時に、状況が悪くなったシスイと巻き込まれたくないクレアは、示し合わせたかのように飛び退る。


標的になったのは、諸共を壊さんとする錆びた鉱石。

直前までいた屋根の建物が粉砕されたことが、決戦の合図であった。



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