23-士気は上々、目指すは打倒
「うるさいわね。何遊んでいるの、あなたたち」
ベルたちが言い合いをしながら広間に入ると、間髪入れずに刺々しい言葉がかけられる。声の主は、もちろんクーリエだ。眠るシスイ、働くフレイの間の事務机に堂々と座り、目から冷たい光を放っている。
しかし、うるさかったのは否定できなくとも、決して遊んでいた訳では無い。一瞬、うっ……と言葉に詰まったベルだったが、すぐにキッと口を結んで隣の男を指さす。
「それはコイツが!!」
「あぁ、俺が悪かった。すまねぇな、面倒かける」
直前までは、子ども相手に言い争いをしていたアリババだが、ここにきて即座に頭を下げる。
思わぬ行動に、ベルは目を丸くしてあ然としていた。
「なんでクーリエの前ではしおらしい!?」
「人を選ぶんだ、盗賊王……すごくらしいけど、ダサい……」
違いは間違いなく、クーリエがいることだろう。
2人もすぐさまそのことに気づき、息ぴったりに不満を口にしている。口々に罵られ、アリババの返答も攻撃的だ。
「黙れガキども!! 権威にはへりくだる!! そうして油断させてる隙に、こっそりチラ見し目的を果たすんだよ!!」
「商品を丸ごとごっそり盗んでおいて、これ以上私から何を盗もうってのかしら……?」
最初の叱咤で会話の空気はスッと冷えたものの、やはり直前の気分は抜けきらなかったのだろう。怒鳴り返した勢いで口を滑らせたアリババには、凍てつく視線が向けられた。
脅すような声色をしたクーリエに参戦され、アリババは弁解しようと必死だ。肩書の割に、なんとも様になった小物ムーブである。
「目的はモルジアナだっての!
呼び寄せられたんだから、もうわざわざ盗まねぇよ。
協力関係切られたら終わりじゃねぇか。それに、盗んだもんならもう返しただろ!? ……やつらに奪われなかった分は」
盗賊も盗みも、悪以外の何物でもないため、言い訳は何とも苦しい。相手がクーリエであればなおさらだ。
目を逸らし顔を反らしで発せられる悪あがきに、クーリエは怒りを通り越し、呆れた様子でため息をつく。
「その中にシスイの刀まで含まれているのは、一体どう責任を取るつもり?」
「おいおい大商人。盗まれたやつと盗んだやつ。
常識的に考えて、どっちが悪いと思う?」
「そもそもあなたが盗んだんでしょうが。
盗品管理はあなたの責任でしょう?」
「ガッテム!!」
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだ。
悪態をついたアリババは、そのまま顔面から床に倒れ込み、地に伏した。整った顔が台無しである。
ベルとブライヤは、『ざまぁみろ』とばかりに彼を踏みつけて室内に入っていく。クーリエもクーリエで、近くにあった適当な家具を放り投げ、アリババの背中を潰していた。
この場に集まった大多数は、大切なものを盗まれ巻き込まれたのだから、当たり前ではあるが……
彼への対応は、みな一貫して容赦がない。
「まぁいいわ。さっさと本題に入りましょう」
「攻め込むんだよな。真ん中に立ってる城に」
「ユウシャって人を待った方がいいと思うけど……」
悪党など、視界に入れる価値もないとばかりに、クーリエはさらっと話題を変えた。適当に席に着いたベルたちも、何事もなかったかのように切り替えて応じている。
と言っても、反応は真逆だ。
一方は、覚悟を決めた表情で肯定的に、もう一方は、何とも言えない顔で否定的に意見を述べる。
肯定と否定。2人の立場は真逆であるが、その実抱いた思いは変わらない。どことなく緊張感が漂う雰囲気で、共に恐れを抱いてるようだった。
「そう、スカーレットの支配を覆すのよ。
安心なさい。もう十分時期はズレたわ。
リチャードは直に来る。ベルを助けるためにね」
街の地図を広げた事務机の上で、いくつかの資料がパラパラと動く。シャノンから聞けた範囲の敵の情報、街付近を表にして畳まれた世界地図、カレンダー、とある少女たちの目撃情報。
テキパキと情報を処理する姿は、肩書に違わず大商人だ。
普段の言動からは想像つかないほどの文官っぷりで、頼りになる。
だが、いくら有能でもそれはそれ。村を出てからずっと一緒にいたリチャードのことは、ベルもよくわかっている。
多少関わりがあったところで、今目の前にいない人を助けるようなやつか……? 自信ありげに断定するクーリエに、彼は首を傾げながら疑問の声を投げかける。
「あいつ、オレのこと何とも思ってないと思うけどなぁ」
「シエルさんは別でしょ? あの人は可能性を諦めない。
リチャードのためになる子を、見殺しにできない」
「なんか、利益のためみたいでやだな……」
リチャードの行動はわからなくても、シエルなら。その意見には納得できたようで、ベルは微妙な顔になっている。
捉え方は間違ってはいないのだが、言い方が悪かったようだ。
書類の整理等を手伝っていたフレイは、それを見ると一呼吸入れさせるように各々の前へ飲み物を置いていった。
あまりにもタイミングが良く、また自然。護衛と言うより、もはや秘書だ。
「いいじゃない。無私の愛よりよっぽど健全よ」
情報はまとめ終わったらしく、スパッと答えを返すクーリエは資料をトントンと整える。
相変わらずの口の悪さだが、リカバリーは間違えない。
コーヒーで唇を潤し、行動でベルにもジュースを勧めると、ほっ……と緩んだ心に鋭く言葉を差し込んでいく。
「物質的でも精神的でも、お互いに何かを得られる関係性が、そう信じて手を差し伸べられる信頼が、愛や絆というものよ。愛っていうのは、与えることを示すものでも、与えられることを示すものでもない。与えたいと思えることを、与えられていると思えることを、互いに信じ合える関係性のこと。どちらであろうと、偏っていたら歪なの。あなた、中身までリチャードみたいになりたい訳ではないでしょう?」
「だなー……師匠、悲しそうだったし」
ジュースを置いたベルは、素直に頷く。
クーリエの目論見通り、ちゃんと深くまで届いたようだ。
元の調子に戻った彼を見て、彼女はまた資料に意識を戻していた。
「何かを与え返せること、ありがたく思いなさい。
それがあるからこそ、あなたは胸を張って隣に立てる」
「うん。ありがとうクーリエ」
「と、言う事で。話を戻しましょう。私たちはスカーレットの城に攻め込む。直に来るのなら、なおさら待つべき……
とでも言いたげね、ブライヤ?」
席を移ったクーリエは、ブスッとストローを咥える少女を流し目で見る。他の3人がそれぞれ、部下で話す必要がない、寝ていて聞く気がない、罪人で権利がないからではあるが……
気質に似合わず、ずっと子ども2人の面倒を見ており、子守のようだ。何も言ってないのに水を向けられたブライヤは、パチクリとしてから曖昧に頷く。
「まぁ……来ても来なくても、攻めるのは危ないし」
「残念ながら、それは自殺行為になり得るわ。おそらくこの街は、必要があれば外界を遮断できる。何と言っても、空気が女王の血なのだから。助けを求めたいのなら、まずはこの世界を開かないと。納得できた?」
「……ほんと、やなやつら」
勇者への疑問に、攻め込む意味。士気を下げる要素を排除したクーリエは、ベルたちのテーブルに街の地図を広げる。
実際に見た場合は血塗れであるものの、形状自体はよくある円形都市。中にそびえ立つ城が、スカーレットの座する吸血魔城だ。
「もういいわね? じゃあ、作戦を伝えるわ」
カツン、カツンと地図に駒を置いていくクーリエは、澄まし顔で告げる。ほとんどが人間である自分たちが、神秘を打ち破る方法を。逃げ回り、隠れ潜む時間は終わり、今こそ悪を打倒する時だ。




