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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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19-届けられる報せ

一言も言葉を発さずに、ベルは地上への階段を登る。

長い、長い、無駄に長い階段を、黙々と。


当然一本道なので、気をつけることと言ったら足元を濡らす血で転ばないことくらいだ。

慎重に、だが先を急ぎつつ、彼の目はシャノンどころか敵の姿もない上段を見つめていた。


やがて階段は終わり、建物から外に出る。

『……静かだ』。地上に出たベルの第一声は、それだった。

実際、先程まで行われていた戦闘の音も、人の歩く音も話す声も、それどころか風などの音もない。


息が詰まる。静まり返っているのに、耳が痛い。

血濡れた街の風貌と相まって、ここが現実なのかと疑いたくなるほどに不気味な世界に、彼は立っていた。


「戦いは、終わったのか……? 生きてればこっちに向かってくるはずだけど、シャノンは無事かな……?」


何も起こらないのに、押し潰されそうになる。

現状危険はないのに、心が勝手に折れそうになる。

そんな気持ちどうにか奮い立たせるように、ベルは声が街に響くのも気にせずつぶやいた。


もちろん、音量はあまり大きくない。しかし、あまりに静かすぎるが故に、彼がここにいることは誰の耳にも明らかだ。

仮に、辺りの様子通りに戦いが終わっているならば、誰かしらが聞きつけてくるだろう。


シャノンは当然として、カーボンだってベルが向かった場所はわかっているのだ。あの場にいなかった者でも、敵に限れば大抵がすぐに探ることもできる。

聞きつけてこなければ、逆におかしい。


つまるところ、定石通りである。敵地真っ只中に1人でいる状況で、声を出すなど、完全な自殺行為だった。

だが、それを理解していてもなお、ベルは声を出し続ける。


不安を紛らわすために、恐怖をごまかすために。

シスイほどではなくとも、頼りになると実感したシャノンと合流するために。


「シャノーン……! シャノーン?」


名を呼ぶ声だけが、赤く湿った街に木霊する。

本来なら多少は鳴るはずの足音は、なぜかまったくしていなかった。


「……シャノン?」


十数分ほど、もと来た道を歩いた頃。

突如、ベルの目はある1点に釘付けになり、緩やかに広がる血を踏みしめていた足は止まる。


相変わらず、音はない。

風の音も、血が滴る音も、誰かの歩く足音も、彼以外の呼吸音も。


誰も何も主張していない街中で、しかし彼はそれを見た。

この、世界から切り離されたような場所で、唯一存在感を放っいるくすんだ銀色を。


「ッ……!!」


視線が揺れる。体が震える。全身から嫌な汗が流れて止まらなくなる。だが、どれだけ否定しようとも、事実だけは変えられなくて。


「シャノン!!」


慌てて駆け寄っていく、その先に。

壁に寄りかかるように座り沈黙する、別れたばかりなはずの魔法騎士の亡骸があった。所々が金に侵され、もはや蒼銀とは呼べない姿が。




~~~~~~~~~~




なぜか人が消えた街を、ふらふらと歩く。

腰に銀の剣を差して、背に銀の騎士を背負って、懸命に。


ここは敵地のど真ん中。そうでなくとも、まだ子どもで体の小さいベルだ。大人で、しかも鎧を着た遺体を運ぶなど無茶である。


だというのに、どうして危険を冒してまでシャノンを背負うのか。そんなもの、とっくにわかりきっている。


――この死は、明日また会うためにあるべきだ。

そうだろ? 葬儀屋のおっさん。


アリババに出会ったことから始まり、アズールやカーボンとの戦闘……今日は激動の1日だ。身体強化のルーンを使っているとはいえ、心身ともに疲弊したベルの歩みは、遅々として進まなかった。


だが、幸いにも吸血鬼は1人も見かけない。

警戒を怠る理由にはならないが、過度に心配する必要もないだろう。必死に。ただただ必死に、運ぶことだけを考えて彼は歩き続ける。


「……」


最初に出発した拠点は、早くも跡形もなかった。

シャノンの言っていた通り、移動はできたらしく遺体などはないが、荷物は消えて建物も木っ端微塵だ。


「……ベルくん」


手持ち無沙汰に待っていたシスイと合流し、彼女に案内されて新しい拠点へと向かう。街の人たちの姿は、また少しずつ戻ってきていた。


「お帰りー、ちゃんと戻ってきてよかった……って。

シャノン、どうかしたの? ……もしかして」


やがて辿り着いた拠点で待っていたのは、荷物整理を丸投げされていたフレイだ。動かないシャノンに表情を曇らせた彼女は、無言で頷くベルを見てさらに沈痛な面持ちになる。


「そっ、か……」


それきり彼女の声は途絶えた。片付けをしていた手も止まり、室内は絵画のように変化を失う。

ようやく動き出したと思っても、ノロノロと命脈の途絶えた仲間の安置をするだけだ。


置物のようなシャノンは、何のためにか商品の中にある棺桶に寝かされる。ジリジリと、ここが死地であることを実感させられようだった。


「何よこの空気、葬式?」


重い空気を動かしたのは、開かれた扉から流れ込む空気と、よく通る鋭い声だった。

3人が入り口の方を見ると、そこには拠点の主である小柄な少女――クーリエが、見知らぬ少女を連れて立っている。


「え、誰?」

「街の子。餌にかかった現地協力者よ」

「失礼……」


欠片も取り繕わないクーリエの言い草に、謎の少女は反射的に顔をしかめる。問いかけたフレイすらも、『またかー』といった様子で苦笑いをしていた。


しかし、目を向けた3人の中で唯一、ベルだけはすぐに興味を失う。じっと棺桶を見つめながら他に意識を向けており、早くも見向きもしていない。


クーリエたちの品揃えが異常なだけ、たまたまここにあっただけだが……ありふれた棺桶は、図らずもベルを塞ぎ込ませなかった。


ぞんざいな紹介に、ろくな挨拶もなし。

これには少女もムッとし、咳払いの後に口を開く。


「はじめまして、あたしはブライヤ。

言っとくけど、獲物で終わるつもりなんてないから」


自ら状況を打開する術を求めていたとはいえ、目立つ侵入者に釣られて見つかったのは事実だ。望んでいたとしても否定はできない。


他の街の人とは違って、首輪をしていない少女――ブライヤは、それを理解した上で堂々と言い切った。

クーリエに負けないくらい、自分も利用する気満々である。


「ま、そういうこと。これはWin-Winな取引よ」

「……アリババの仲間ってやつに会った」

「はい?」


話の流れをぶった切る唐突な発言に、流石のクーリエも首を傾げる。だが、戸惑う他の仲間たちとは違って、理解が追いついていない訳ではないらしい。


まさかと驚いているだけで、その目は思わぬニュースを受けて喜びに満ち溢れていた。


「モルジアナ。この名前に聞き覚えはあるか?」

「……!! ふふ、盗賊王の妻ね。人違いではないみたい」

「え、パートナーってそういう意味?」


逆に驚くベルは、明確に進展したことで暗さが幾分和らいでいる。すっかり元通り、とまではいかないが、素を出して目を丸くしていた。


堂々と部屋を突っ切っていたクーリエは、いきなり動きが乱れてガクッと傾き、呆れ顔だ。


「知らなかったの? ……モルジアナ・アデルバッド。参謀である彼女は、正真正銘アリババの右腕よ。

指定手配犯の仲間と偽る命知らずでもない限りね」

「話した感じ、本人っぽかった。油断できねぇ感じで」


完全に話の流れを奪って、ベルたちは熱心に語り合う。

フレイは聞いたことあるかもみたいな曖昧な顔をしているし、シスイはウトウトと興味なし。外を知らないブライヤが知るはずもなく、周りはほとんど置いてけぼりだ。


実際、相当に有益な情報ではある。ただ、半数が会話に入れないのなら、どれほどの価値があるというのか。


何より、無理やり連れてこられたブライヤからしてみれば、不服極まりない出来事だった。

すかさず彼女が咳払いをすると、クーリエは何か思い出したように目をかっ開く。


「あぁ、ごめんなさい。思わぬ成果を持ち帰ってきてたから、つい話し込んでしまったわ。蒼銀を失った代価にしては、少し物足りないけれど」

「……」

「情報は出揃った、と見ていいでしょう」


一瞬黙り込むベルだったが、クーリエの宣言を聞くと不思議そうに顔を上げる。彼女への信頼からか、フレイはわかったような表情をしているため、呆れの色は彼にだけ向けられていた。


「ベル、あなたはまさか、この私がただ案内役のために現地協力者を見つけてきたとでも思ってるの?」

「他になんかあるのか?」


自信なさげに聞き返すと、クーリエはあからさまにため息をつく。しかし、質問に答えるのは彼女ではなかった。

視線で示された先、黙って静観していたブライヤが、促されるままに進み出て淡々とさらなる爆弾を投下する。


「あたしは、アリババ・アデルバッドの居場所を知ってる」

「!?」


フレイはようやく驚きに固まり、シスイもいつの間にか目を開けている。この場にいる者は、既に知っていたクーリエを除いて全員が動揺を隠せずにいた。


当然だ。彼らはみな、アリババによって呼び寄せられたのだから。奪われたものを取り返すために、乗り込んできたのだから。


だが、その衝撃が落ち着くまで待つクーリエではない。一拍だけ間を空けると、すぐさま最後の決断を突きつけていく。


「これでわかったわね? 私達の目的は、これでほぼ達成できた。本当の意味で、現状も理解できたでしょう。

問題は、これからどうするのか……」


盗賊王――アリババ・アデルバッドを連れてくる?

室内を見回すクーリエの目は、無言でその問いを仲間たちに訴えかけていた。




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