18-赤い空から差す光
「魔王種、クレア……!!」
災厄の気配に慌てて身を翻したシャノンは、絞り出すようにその名を呼ぶ。スーツにシルクハットの吸血鬼。
ステッキ1つで戦場を舞う、紳士然とした恐怖の名を。
まだ、彼女と出くわしただけ。わずかに言葉を交わしただけだ。それなのに、彼の口からは苦悶に満ちた声が紡がれて、震える全身からは大粒の汗が流れ出す。
変化といえば、空気に黄金が混じったことで、辺りがわずかに眩しくなったくらい。しかし、本能が、感覚が、魂が、目には見えない危険を叫ぶ。クレアが登場しただけで辺りの世界は一変し、別物になっていた。
「そう、私だよ。……ふむ、君は私を知っているんだね。
残念ながら、まだ君の足跡は錬成できていない。
名前を聞いても?」
シャノンの心情を知ってか知らずか、屋根から飛び降りてきたクレアは、にこやかに語りかける。
カカンッ……と打ち鳴らされる踵とステッキの音は、来る瞬間へのカウントダウンのようだ。
だが、対話が続くのならその時は訪れない。
仕方なくカーボンから離れ、銀剣を構えるシャノンは、目を閉じて深呼吸をしてから問い返す。
「……その質問に何の意味があるのかな?
教えれば見逃してくれるとでも言うのかい?」
「問うことの意味は、君もよく知っていると思うけど?
"蒼銀"シャノン・アマルガムくん」
「……目指すこと。盲目に信じず、探求し続けること」
問おう。現実から目を逸らさずに。
問おう。より良い未来に向かうために。
本当にこれで良いのか、間違っていないのか。
最善なのか、他にできることはないのか。
今に満足しないで、模索し続ける。
「よろしい。では、君の名前は?」
既に名を呼んでおきながら、なおもクレアは名前を問う。
答え合わせのつもりなのか、単に形式を大事にしているだけなのか。
なんにせよ、今を逃げ出さない銀色の魔法騎士は、落ち着きを取り戻した真っ直ぐな瞳で名を紡ぐ。
「"蒼銀"シャノン・アマルガムだよ。ご存じの通りね」
凛と響く、力強い音。この状況でも折れない、気高い騎士の姿に、クレアは満足そうに頷いた。
「そう、君はシャノン・アマルガムだ。あれ自体、大した力を持たないとはいえ、強大な神秘にも対抗できるくらいには強い。でもまぁ……結局のところ、相性が良かったね。錆びないからこそ、一方的に素材を奪って競り勝てた。錬金術師ならではの勝利だ。私と同じ、さ」
「……!?」
言い終わるや否や、シャノンの鼻先を銀閃が掠める。
カーボンを殺さない意思表示をするのが精一杯で、まだ何の魔術も使っていないのに。なぜか、明らかに銀の錬金術らしきものが、彼自身に向かって。
とっさに体を反らして避ける彼は、すぐさま攻撃の正体を見抜こうと辺りを見回す。しかし、広く見回す前に衝撃が走り、視線は途中で止まってしまっていた。
目に映ったのは一瞬だが、見間違えるはずはない。
脳髄に叩き付けられたのは、幽霊の如き薄っすらとした姿をした影法師。シャノン自身と倒したはずのカーボンだ。
先程の戦いが、中身すら伴った2人の強者が、一挙手一投足の違いもない過去そのものが、そこには錬成されていた。
「これ、は……!!」
「"ソウルアルケミスト"。この場に残る痕跡から、君たちの戦いを映像として錬成させてもらったよ。魂ごと、ね」
優雅に微笑みながら、クレアは告げる。魂の錬成。
それを為した、舞う金粉が形作る錬金陣は、揺れるステッキが撫でる空気によってさらに広がっていく。
シャノンがいた辺りまでだったものが、気付けば通り一帯を埋めるように。地上の戦いまでしか映していなかったものが、いつの間にか空での決着まで。
次々に展開される陣は、過去で今を上書きしてしまう。
「魂の、錬成者……!!」
この時代における錬金術とは、元の素材を別のものへと作り変える魔術。魔導書やルーンなど、実質無から有を生む魔術が多くあるのだから、原子やら元素やらは関係ない。
だが、だからといって何でもかんでも自由自在、という訳ではない。変換の道を示せるだけの美しい陣が必要だ。
神秘が……もしくはそれを人の身に変換した魔力が必要だ。
生み出すものへの慣れが必要だ。
未熟であれば、そもそも錬成はできない。
極めていなければ、十分な錬成はできない。
技はあっても、力がなければ完璧な錬成はできない。
生命の創造と何ら変わりない、神の御業に等しい魂の錬成。
それを為せるだけの超越者が、眼の前の女だった。
堪らず目をかっ開いていたシャノンは、じんわりと畏れを言動に表して対話を続ける。
「……やはりあなたは、本物なんですね。
伝説の錬金術師、"ソウルアルケミスト"クレア・オル・フラメル。大昔の方なので、てっきり名を騙る物好きかと」
「アハハッ、いくら物好きでも荷が重いでしょう、それは?
そう思い込むのも無理はないかもしれないけれど、伝説っていうのは、大抵こういうものだよ。
若くして亡くなったことも踏まえて、伝説となることもあるが、ほとんどの場合、長く君臨し続けるから伝説なんだ」
「神秘そのものと成った者が……寿命無き者が数多く存在するこの時代なら、なおさらでしょうね」
人ではない、神秘の存在吸血鬼。
生物を超越して寿命がなく、自然そのものの力を操る神秘。
それがわざわざ、人が神秘を扱う術……出力の落ちた神秘の力を学ぶなど、普通なら到底信じられるものではない。
同じ神秘の立場から見ても、きっと意味不明な行動だ。
しかし、こうして目の前に現れたのなら、信じるしかないだろう。呵々大笑する麗人を、シャノンは苦々しげに見つめながら声を絞り出す。その間も、彼らの過去はループして錬成され続けていた。
「フフ……それに、随分と懐かしい名だ。ヴィズダム魔術学院で、人に紛れて錬金術を学んでいた頃の呼び名だね」
「人に紛れてって……いや、いいや。今は気にしないでおこう。頭がおかしくなりそうだ」
恐ろしい、苦しいを超えて愕然としてしまうシャノンだったが、すぐに頭を振ると負担の大きい思考を消す。
同じようなことをする神秘など、他に聞いたことがないのだから、考えるだけ無駄だ。
「では、今は?」
「"黄金"のフラメル。今はそう名乗っているよ」
シルクハットをくるりとかぶり直しながら、クレアは優雅に告げる。じわじわと汗が増しているシャノンは、重々しく剣を構え直す。
「……なるほど。吸血鬼――神秘としてのあなたと、錬金術師としてのあなた、ですか……」
黄金。一般的には、色または物質を表すであろうもの。
しかし、その名を特定の一個体が冠するというなら、それはある領域を統べるものと言って差し支えないだろう。
つまり、今目の前にいるのはそういうモノ。
錬金術という、魔術の一分野で頂点に君臨するレベルの怪物が、今……英雄に迫っている。
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地上の激動が届かない地下牢で、ベルは囚われのモルジアナを睨み付ける。灯りは弱く、滴る血が不気味にチラチラと瞬く程度。彼女の姿は、暗がりに溶け込んでよく見えない。
だが、リチャードが盗まれた大切なペンダントは、その手の中で光を反射し、確かな存在感を放っていた。
「なんてね」
直前まで、脅迫じみた交渉を持ちかけていたはずなのに、モルジアナは突如としてクスッと笑う。
手のひらが閉じられ、ベルは思わず表情を強張らせていた。
一見、本当は交渉するつもりがなかったかのような雰囲気だ。しかし実際には、没交渉という訳ではないらしい。
それどころか、落とさないよう丁寧に、盗まれたペンダントは差し出される。
「はい、これ。あげるわ」
「……は?」
「だから、あげるわ。先に返しておく」
「はぁぁぁ!?」
繰り返される、予想と真逆の行動に、ベルの声が地下室中に響く。行き場のない音は閉じられ、モルジアナはうるさそうに顔をしかめていた。
「声が大きいわよ……女王に見つかってもいいの?
それにあなた、これを取り返しに来たんでしょう?
驚くことないじゃない」
モルジアナは呆れた調子でつぶやくが、ベルはそれどころではない。まだ理解が追いついていない様子で、目を白黒させている。
「は? なんで? 助ける時のメリット、オレたちとの交渉材料なんじゃねぇのかよ?」
「あなたにはこっちの方がいいでしょ?
利益はもうないけど、私を助けて」
慌てるベルとは対照的に、モルジアナは淡々と助けを乞う。
彼だからこそ、勇者に惹かれて旅立った少年だからこそ、決して無視できない言葉。
明確に弱い立場からの、最も純粋な願い。
そのたった一言が、ベルの胸には深く突き刺さっていた。




