16-餌
「あんた、誰だ?」
身構えるベルは、女性への警戒を緩めずに問いかけた。
浅黒い肌の多くが隠れているが、ゆったりとしているため暑さに強そうな服……先ほど名前を呼んだことを抜きにしても、彼女がアリババの関係者なのは明らかだ。
「先に聞いたのはこちらなのだけれど……」
とはいえ、相手からしたらそんな事情はわからない。
たとえ知っていても関係ない。実際、最初に声を発したのは彼女なので、控えめな抗議の言葉がこぼれ落ちる。
薄明かりではっきりとしないが、疲れの見える声に表情が目に浮かぶようだ。感情に訴えかけてくるつぶやきに、ベルはたじろいで頭をかく。いつの間にか、意思に反して足は一歩後ろに下がっていた。
「……オレはベル。ただの旅人だ」
「そう、ベルくん。あなた、アリババを追ってきたのね」
「!? ……なんでそう思うんだ?」
「隠す必要はないわ。情報を話さないようにしても無駄。
さっき、アリババが誰か気にしなかったじゃない。
あなたは彼を知っている。そうでしょ?」
驚きを殺し、表に出さなかったベルだが、女性はそれすら見透かしたように言葉を紡ぐ。ぼんやりとしか見えない中で、瞳だけは唯一鮮明だ。目を離せない輝きから逃れようと、彼はヤケクソのように言い放つ。
「あぁそうだよ。で、あんたは?」
「ふふ、意地でも聞くのね。私はただの捕虜よ?」
「アリババを待ってたってことは、少なくとも仲間だな?
あいつはここに来たのか?」
態度を変えない女性だったが、ベルは構わず続ける。
両者の違いは、驚きがあったのか余裕があったのかだ。
しかし、結局は揺さぶられる順序が変わっただけで、局面は傾かない。女性はすぐさま目の前の相手を理解すると、答えを先延ばすように独り言ちた。
「そう……お互い様なのね。手札もタイプも」
「いいから答えろよ。あんたもオレの知らねーこと知ってるかもしれないけど、選択肢がねぇのはそっちだろ」
「……なら、こちらの手札を明かしましょう。
あなた、これに見覚えはあって?」
「……!? それは……!!」
薄暗闇の中で、女性は懐に隠し持っていたらしき何かを取り出す。サイズは手のひらに収まるくらい。
丸くて、指の隙間からこぼれる紐状のものが金属音を鳴らしているその物は――
「なんだ? 暗くてよく見えねぇ」
残念ながら、場所が悪くて何の意味もなかった。
予想していたらしい女性は、特に焦らずしれっと元の場所へしまっている。
「でしょうね。うふふ」
「何笑ってんだ。手札になんなくて困るのあんただろ」
ムッとしたベルは、すっかり警戒が解けたようだ。
心なしか力を抜いて、少し牢屋に近づいている。
地下牢には、さっきまでの緊迫感がなくなっていた。
「ごめんね。人とお喋りするの、久しぶりだったから」
「それはどうでもいいけどさ、結局あんた誰だよ」
「私はモルジアナ。あの人の……まぁ、パートナーかな」
「普通に答えるのかよ。……アリババの?」
「普通に答えるわよ? そう、アリババの」
あのリチャードとも普通に付き合えるベルだ。
この程度の腹芸や上がっているらしいテンションなど、何の問題もない。早くも気安く言葉を交わしている。
もっとも、ようやく見つけた手がかりだ。
気負わなくなっただけで、情報を引き出そうとすることには変わりないが。
「ふーん。それで、あいつはここに来たのか?
追ってきたこと知ってんなら、呼ばれたこともわかるよな。
あいつがオレ達を集めた理由、答えてくれよ」
「質問が多いわね……少し一方的過ぎない?」
「そういうのはもういいって。あんたもここで捕まってんなら、オレ達の状況も予想できるだろ?」
アリババを追ってはいるが、この街にいる限りベル達も危ない。このまま敵視を続けるとしても、彼にばかりかまけてはいられないだろう。
なんなら、対応によっては共闘できる可能性すらある。
実際にどうするかはともあれ、理屈としてそれらは妥当なものだった。
何を考えているかわからないモルジアナも、ベルが案に示した内容はすぐに理解したようだ。いや、むしろ最初からわかっていて引き出したのか。
可能性を確定事項にするために、曖昧なメリットを確実な利益にするために。おぼろげに微笑んだ空気を漂わせながら、今までになく断定的な言葉を紡ぐ。
「彼はここに来たわよ、もちろん。呼び寄せた理由は、私を助けるため。だから彼は、これを残してくれた……あなた、火を灯せる? 今度こそ、こちらの手札を見せるわ」
「……」
モルジアナに頼まれたベルは、無言で魔導書を開いて炎を灯す。罠でも対処できるよう、片手にルーン石を握り締めて。
だが、その手に力が込められることはなかった。
なぜなら――
「おいそれ、もしかして……」
「私を助け出せれば、あなたたちは奪われたものが取り戻せる。その上戦力も増えるときたら、断る理由はないわよね?」
モルジアナの手の中には、少し前にチラッと見かけた、例のペンダントがあったのだから。
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「さて、なんとか転居は終わったわね」
戦闘の激しさも何のその。新たな拠点の前にやってきていたクーリエは、一滴の汗すら流さず言ってのける。
彼女の背中には、自身どころか、隠れ家よりも大きいのではと思えるほどの荷物があった。
同じく、隣で家並みに高い荷物を背負っているのは、護衛のフレイだ。どちらも目を疑う状態だが、彼女の方が幾分マシな感性を持っているらしい。
人目を気にしてさっさと荷物を取り出しながら、意図的か天然か、とぼけたことを言う雇い主にツッコミを入れる。
「いやなんとかって……きみの魔術のお陰で、一往復もせずに完了したよね? やたら目立ったけど」
「本当よ。あなた、肝心な時にいないんだもの。
非力な女主人が襲われているのに、助けにこないどころか気付きもしないだなんて。まったく……ほんっと使えないわね」
山のような荷物を持てているのは、魔術によるもの。
無力ならともかく、非力なのを完全に否定はできない。
しかしそれなら、荷物の中からひょっこり覗いている巨大な血濡れの斧は、一体何だというのか。
刺々しい態度で責められるフレイは、物々しい凶器を呆れ顔で見つめていた。
「非力? 一掃したからここにいるんだよね、クー?」
「相手が雑魚だっただけよ。私は神秘じゃない。
人間目線ならともかく、世界目線で見れば無力だし非力よ」
「まぁ、そうだけど……それを言うなら、ぼくもだし。
とりあえず、早く荷物片付けよう? 目立つよ」
頷きつつも、微妙に話を逸らされ釈然としない様子のフレイだったが、状況が状況だ。これ以上食い下がることはなく、拠点にバラした荷物を運び込んでいく。
人手は2人。雇用主と護衛だけ。
いくら部下がいるとはいえ、彼女にだけ任せていては終わるものも終わらないだろう。
だが、呼びかけを無視して立っていたクーリエは、ふんっとそっぽを向くと、思いも寄らないことを言う。
「悪いけど、後はあなたに任せるわ」
「えぇっ!? これ全部ぼく1人で!? なんで!?」
「やることがあるからに決まってるでしょう?
戦わなかったんだから、これくらい1人でしなさい」
堪らず抗議の声を上げるフレイだったが、当然取り付く島もない。クーリエはにべもなく言い放ち、さっさと必要な荷物だけまとめていた。
「その間も働いてたんだから、仕方なくない!?」
「私は働きつつ戦ったのよ?」
「……否定しづらいけど、もし敵に見つかったのがぼくでも、君はどこかへ行くよね?」
「もちろん」
「横暴だぁ!!」
ジト目で問い質すフレイに、間髪入れず断言するクーリエ。
悪びれもせず答えられ、彼女は思い切り地面を叩いていた。
それでも揺らがない冷血商人は、ひらひらと手を振りながら去っていく。
「雇い主だもの。じゃあね」
「バイバイ!! 気をつけて行って、帰ってきてね!!」
驚き、嘆き、ついには半ギレでフレイは叫ぶ。
しかし、その言葉には親愛もにじみ出ており――
「……あなたが餌になっちゃ、ダメでしょ。
私がならなかったんだし、大丈夫だろうけど」
整理してなお、自身より大きな荷物を背負っているクーリエは、彼女に決して届かない声でつぶやいた。
自分たちよりも餌になる、2人の強者に思いを馳せて。




