14-赤黒い染み
ベルたちは、特に人目を気にせず歩いていた。
アリババの捜索をしつつも、雑談に気を取られていたのだから当然だ。
人混みとまではいかないが、ある程度は街の人間がいる辺りを歩いていたはずだった。しかし現在、激突するシャノンとカーボンの周囲に人はいない。
代わりにあるのは、ところどころに突き立った、錆びた看板のようなものだけである。
「っ、いきなりかよ……!!」
銀の剣と鈍色の双剣が放つ衝撃に、ベルは吹き飛ばされる。
余波を受けただけなのにこのザマでは、かなり厳しいが……
カーボンとの距離が開いたことで、幸いにも視界は広がったようだ。異質な立て札を見て、より異界感の増した街を見て、気を引き締めている。
とはいえ、この場において彼の心持ちはあまり関係ない。
宙に舞って無防備なのに、地上の2人は見向きもせずに敵と向き合っていた。
「ふん……事件はいつも突然起こるもんだ。
俺に下される命令だって、いつも唐突。それはそうと、お前は剣士なのか? それとも魔術師か?」
「なんでその2択?」
「斬り合ってくるくせに、大して強くねぇからだよ」
「ぐっ……」
錆びた双剣はスルリと守りを抜け、シャノンの肩を斬る。
彼は鎧を着ているが、あくまでも騎士風なだけの軽装だ。
一見脆そうな一撃は、難なくそれを貫いて錆を残していた。
さらに、呻くシャノンをカーボンは蹴り飛ばす。
すべての動きが滑らかで、こういった侵入者の始末に慣れていることを感じさせた。
「シャノン!!」
魔導書を開いたベルは、暴発気味の炎で衝撃を殺し、その勢いのままに仲間の元へ駆け寄る。シャノンは剣を支えに膝をついており、肩は赤黒く染まっていた。
だが、それが広がるスピードは思いの外遅い。
思い切り斬られていたように見えたが、不思議と傷口付近で留まっている。
「心配ない。ちょっと掠っただけ。掠っただけだから」
「でも、血ぃ出てるぞ」
「かすり傷でも傷だからね。血くらい出るさ」
シャノンは傷口を手で押さえているため、状態ははっきりとわからない。わからない以上、強くは言えない。
ベルは問題ないと言い張る彼に何も言えず、ただ背後に庇うように前へ出る。
双剣をクルクルと回していたカーボンは、片方の剣を正面に掲げていた。横向きにされた刃に付いた血と、その持ち主を見比べるように。
「血があんま出てねぇから、かすり傷だと思うのか?」
至極どうでも良さそうに、カーボンはつぶやく。
双剣から滴る血は、異常なほど早く乾き、固まっていた。
「痛みも、思ったほどじゃない」
膝を付くシャノンは、なぜかいつまで経っても立ち上がらない。大した事ないと嘯きながらも、そのままの体勢でいる。
その理由を、カーボンは知っているのだろう。
淡々としながらも、かすかに嘲りを含み鼻で笑っていた。
「そりゃそうだ。これはそういう攻撃だからな。
とはいえ、お前の言ってることも間違いじゃあねぇ。
あぁ、気にするな。どうせその血もすぐ錆びる」
「うっ……」
「シャノン!!」
ついでに付け足したかのように、何の気なしに紡がれる、しかし強い力のこもった言葉。ほの暗く目を輝かせるカーボンが、圧と共にそれを発した直後、シャノンは体を硬直させてわずかに沈む。
慌ててベルが支えていなければ、顔から地面に激突していただろう。どうあれこれで、戦闘能力は奪われた。
2人の視線からも外れ、錆びれた吸血鬼は汚れた双剣を彼らに突き立て‥
「ッ!?」
突き立てようとした瞬間、カーボンの体はどこかから飛んできた銀色によって弾かれる。視線の先にあるのは、蹴られた拍子に落としていた、ベルに刻んだ錬金陣の試し書きだ。
今は青く輝いているその陣から、巨大な銀の棒が飛び出してきて彼の背中を強打している。落ちた付近の地面は、材料にされたらしくまん丸な穴が空いていた。
「僕は、君の名前を呼んだよ。カーボン・ブラッドリー」
「はっ……能力も知ってたってか? なら、わざわざ食らい、弱ったフリする必要なんざなかったろ」
防御できなかったカーボンは、決して馬鹿にはできないダメージを受けたようだ。全身をダラリと曲げ、口から錆びた血を流しながら、荒々しく噛みついている。
対照的に、シャノンは錬金術で体の異変を創り変えているのか、既に復活していた。元通りの爽やかな表情で微笑み、しれっと言い放つ。
「我が身を犠牲に……ってやつさ。その方が確実だ」
「騎士らしからぬ振る舞いだな、蒼銀!!」
「生憎僕は、魔術師でね。誇りなんてものは、とっくの昔に炉に焚べたよ。生死がかかっているんだから」
激昂するカーボンだったが、シャノンはまともに取り合わない。銀剣を突き立て、地面を伝う銀脈を操っていた。
「それよりいいのかい? 僕はもう、次の陣を描いている」
「来るとわかってりゃ、てめぇ程度の術を食らうかよ。
気にするな、どうせその血もすぐ錆びる」
彼らを包囲するように、無数の錬金陣が脈打つように輝く。
それを崩すように、錆びたカーボンは街中を染める血液を黒く硬質化させ、バキバキと尖らせていった。
「さぁ、よく見て、覚えておくんだ。
これは人が辿り着ける到達点の1つだよ」
その光景は、さながら街VS街。
街中に刻まれた錬金術と、街を覆う血潮は、すべてを塗り潰すように激突した。
~~~~~~~~~~
「……? なんか、騒がしいね」
人気のない街の片隅で、アリババと対面する少女――ブライヤは首を傾げる。決して近くで騒動が起こった訳ではない。
だが、あまりにも人知を超えた規模なので、遠くでも戦闘音はバッチリ聞こえているのだった。
「ハッ……侵入者の誰かが吸血鬼どもとドンパチやってんじゃねぇのか?」
彼女のつぶやきは、特に返事を求めてのものではなかったが、アリババは律儀に答える。弱りきっており、吐き捨てるような口調だが、どこか満足げだ。
「それを聞きたかったの。あなたでしょ? 彼らをこの街に呼び込んだのって」
「だったらなんだ?」
「目的は何?」
「俺は盗賊だぜ? 盗みてぇもんがあるからに決まってら」
彼らは互いに、ほとんど間を置かずに言葉を返す。
まるで、弱みを見せまいとしているようだ。迷いなどない、すべて真実を語っているといった雰囲気が漂っていた。
しかし、詰問者に迷いがないということは、明かすべき事柄をある程度予測しているということに他ならない。
アリババはさり気なく顔を反らしていたが、ブライヤは回り込んで容赦なく切り込んでいく。
「……嘘。あなたが本当に盗むためだけに来たのなら、こんな状態になってまで命なんて賭けない。この侵入って、初めてじゃないよね? もしかして、最初の時に何か失ったの?」
「……へっ。ガキってのは案外聡いもんだよなぁ。
無力な分、よーく周りを見てやがる」
「いいから答えて」
まっすぐ見つめられたアリババは、やがて観念したように手をあげて目を伏せる。そして、打って変わって感情の消えた声で言葉を紡いだ。
「……あぁ。奪われたんだよ、うちの奥さんをな」
~~~~~~~~~~
侵入者が現れた。見つけ次第始末なさい。
そんな命令を受けたのは、もう何度目だろうか。
今までは、ほとんどそんなことはなかったというのに。
ここ最近になって、急にそういった出来事が立て続けに起きている。
「せっかく全身の血を入れ替えていただき、実質的な吸血鬼になれたというのに……」
私は選ばれた。これまでも、スカーレット様のおかげで不安なく生きられたが、これからはより自由に生きられるはずだ。
そんな矢先に、立て続けに侵入者。
まるで、あの方の支配力が弱まっているみたいじゃないか。
「壊れないでくれよ、カルミンブルク……!!」
今の生活を守るため、私は駆ける。
必ず始末しろ、という命令ではなかったが。
単に現れたから命令しておいた、という感じだったが。
たとえ女王様に興味がなく、形式上のものだったとしても、私自身がそれを望むのだ。
魔王種に従って生き延びられるなら、幸せになれるのなら、人類を裏切ってでも命を繋いでやろう……と。
「しかし、私には誰が敵かなんてわからないんだよなぁ。
あの御三方であれば、なんなく見分けられるんだろうけど」
命令が出された回数からして、侵入者は1人ではない。
何人も入り込んでいるはずだ。
けれど、それが自分たちと同じ人であるのなら、私に見分けられる訳がなかった。
きっとそれは、他の同胞たちも同じだろう。
血を入れ替えていただいたとはいえ、体はただの人だ。
普通の住民たちと大して変わりはない。
多少は強度が上がったとしても、そんなことであの方たちと同じ存在に成れる訳ではないのだから。
「はぁ……」
宛もなく彷徨いながら、私は街を見回す。
時々見かけるのは、同じようにブラブラ過ごしながら、一応気が向けば見慣れない顔を探している同胞ばかりだ。
スカーレット様が治めている以上、街に変化なんてほとんどない。建物を染める血が濃くなっただとか、やたらと大きな荷物を背負っている少女がいるなとか、そのくらいだ。
カルミンブルクは、今日も平和である。
「……ん?」
ふと、違和感に気づく。やたらと大きな荷物を背負っている少女……?
「うぉぉぉい!! ちょっと待てぇい!!」
近くに他の同胞がいたのだろう。
私が改めて確認しようとした瞬間、通りには威勢のいい声が響き渡る。
やっぱりな……。まさか、本当に……?
相反する2つの思いを抱いて振り返ると、そこには左右の建物に並ぶほど大きな荷物を背負った少女と同胞がいた。
しかも、コソコソしている様子は全く無い。
ドーンという効果音が似合いそうなほど、堂々と街のど真ん中を歩いていた。はは……ナニアレ?
「なによ」
静止に応じた少女は、不機嫌そうに顔をしかめる。
改めて見ると、彼女は見覚えのない顔だった。
茶髪のミドルヘアに、動きやすそうなショートパンツ。
すぐに血で汚れるこの街では、あまり見ない。
と言っても、そもそもあんな大荷物の人もあまり見ないし、華奢な体でどうやって持っているのかもわからない。
私たちよりも、よっぽどあの方々に近い雰囲気だった。
しかし、呼び止めた彼はその辺りに鈍いようだ。
異常に気がつきこそすれ、疑問には思っていない様子で言葉を続ける。
「なんつー量の荷物持ってんだ!?
さてはてめー余所者だろ!?」
「は? バッカじゃないの?
人が生きていくためには、色々と必要なのよ。
旅行とかしたことないの?」
「つまりこの街に家がねーんだな!!
それを余所者って言うんだ馬鹿野郎!!」
漫才かな……? 普段無関心な街のみんなも、今だけは何事かと彼女たちの方を見ている。あと、やっぱり単純に背負っている荷物が多すぎる。一度目に止めた後は、ほとんど全員が荷物を見上げてポカンとしていた。
「……別に、余所者って部分は否定してないわよ。
ただ、こんな街ではなければ、いずれ良き隣人になれたかも……とは思うけれど」
「やっと見つけたぜ侵入者ァ!! 見たところ、商人ってやつだな!? 護衛もなしとはいい度胸だ!!
仕入れのしすぎで金欠かァ!?」
どう考えてもそこじゃないだろ。
荷物の多さより、それを一度に持てていることこそ注意するべきなのに……彼は鈍いというより、バカなのかもしれない。
腕を引き抜くと、吹き出す血を固めて武器にし、彼女に襲いかかっていく。周りにいた他の同胞たちも、おそらく私以外の全員が各々の方法で動き出した。
ある者は、指で狙いを定めて。
またある者は、引き裂いた腕から飛び散る血から刃を作り。
十数人がかりで少女を包囲している。
当然、硬さも練度もあの方々には遠く及ばない。
私から見ても、傷が浅い者は殺傷能力に乏しいし、そうじゃない者は自傷し過ぎだ。
「護衛くらいいるわよ。ただ、あの子にも荷運びを手伝ってもらっているだけ。それぞれ運ぶ方が効率的でしょ」
「どっちにしろ無防備に変わりはないぜェ!! 死ねェ!!」
理外の力を使っている少女だ。きっと私よりも、同胞たちの未熟さを見透かしているのだろう。
大勢に囲まれているというのに、彼女は一切動じることなくなおも対話を試みる。
だが、彼らがそんなことで止まるはずがない。自分で言うのもなんだが、血という、命を左右するものを入れ替えられた時から、私たちはかなり血の気が多くなっている。
そうでもなければ、人の血なんて啜れるものか。
きっと、そのせいなんだ。
目の前で起こった惨劇に、血が滾り、興奮してしまうのは。
「ハハッハァ!! 血だ、血だァ!!」
「久しぶりだぜ、血を口にするのはよォ!!」
私たちは、ただ血を入れ替えられただけのもの。
本来、吸血鬼ではないのだから。血を見れば、理性が飛ぶ。
そんな私たちが、隣人の血を飲めるものか。
余所者が来た時にだけ、私たちは喉の渇きを癒すことができる。たとえそれが、自らのものであったとしても。
「美味ぇ、美味ぇ……はれ?」
「なんれ、意識が……」
血溜まりに浮かぶバラバラにされた同胞たちが、尻すぼみになった音を出す。その真ん中で、少女はどこからか取り出した、自身の数倍はある斧を片手に、冷ややかにつぶやいた。
「クレア、アズール、カーボン。その中の誰でもない雑魚が、私の相手になるわけないでしょ」
その冷たい目は、私にも向けられる。
こちらに欠片の興味もない、ゴミを見るような目が。
「……はは」
私の熱く滾った血を、興奮に打ち震える全身を、これまで感じたことのない衝撃が駆け抜けた。
次話は2話分になったので休載します




