11-じゃあ、対策を練ろう
人の誇りと、それを踏みにじられる屈辱。
二律背反の由来にせめぎ合うクーリエは、表情を揺ら揺らと波立たせている。何とも言えない様はまさに百面相だ。
湧き出る笑いを噛み殺すフレイは、笑顔を別の方向に変えながら話を進めていった。
「ともあれ、これで協力関係が結べたわけだ。
お金はないみたいだけど、少しくらいなにか提供してあげてもいいんじゃないかな〜?」
「今の保護者はシスイさんのようだけれど……」
激しく葛藤しているクーリエだったが、話しかけられると、すぐにキリッとした表情に戻った。
直前まで荒ぶっていたのに、一瞬で落ち着けるのは流石だ。
状況把握にも余念がない。
彼女の言葉をきっかけに、全員の目がやけに静かにしている侍に向けられる。すると……
「寝てるな」
視線の先にいるシスイは、ついさっき片付けられたテーブルで頬杖をつき、すぅすぅと寝息を立てていた。
おそらく、ベルが協力関係を結べたことで気負う必要がなくなり、緩んだのだろう。すぐに動ける体勢ではあるものの、割としっかり寝ている。
ダメージ的には、アズールとの戦いで一度死んだようなものなので、見た目より消耗しているのかもしれない。
「そうね。まぁ、彼女に請求するのは筋違いだしいいわ。
食事などはすべて無償提供します。あとは、戦いにいるものも必要とあらば。……これ、全部じゃない?」
「全部じゃねーって、ありがとな」
結局、ほとんどすべてのものをタダで提供することになったクーリエは、自分で自分に首を傾げる。
すかさず否定し、しれっと恩恵をすべて享受するベルは強かだ。
「オレ、魔導書をメインに戦ってんだ。だから、基本的には新しく必要なものはない。けど、補助でルーンも使ってて、石の作り方は知らねーからもらえるとうれしい」
話が進んでしまえば、疑問に思ったところで流れをひっくり返すことはそうそうできない。
こんなんで本当に大商人できてるの……?と思ってしまうが、クーリエはそのまま無償提供を受け入れていた。
フレイの口出しがあったとはいえ、それも含めての人間性である。最も愛されている商人、と評されるのも納得だ。
「ルーン魔術ね。……ちなみに、なんのルーン石が必要?」
「使ったことあるのは、身体強化、回復、風。
身体強化はさっき使っちまったから、それがほしいな」
「……もしかして、ルーン魔術も詳しく教わってないの?」
ただほしいものを伝えただけなのに、クーリエは眉をひそめて小首を傾げる。口調の割に色々と甘い彼女だが、知識面に関しては隙がない。流石は大商人である。
思わぬ反応を受け、ベルは目をパチクリとしていた。
「よくわかるな」
「だって、術者なら普通……まぁいいわ。
どうせシエルさんの方針なんでしょう?
中途半端に色々知ってこんがらがるより、1つを極めてまずは生き残りなさい、ってとこかしら。真面目ね」
少し前に知り合ったばかりでありながら、シエルは他人であるベルの命を背負っている。それも、自分1人生き抜くだけでも難しい世界で。なるほど、たしかに真面目だ。
もっとも、そこまでの事情はクーリエの預かり知らぬところではあるが……きっちりした指導方針というだけで、その評価は間違いない。
苦笑するベルも、今はいない師匠に思いを馳せながら同意している。
「そーだなー。師匠は優しい以上に生真面目だ」
「律儀に言いつけを守るあなたもね。
ともかく、ルーン石ね。もちろんあるわ。いくらでも。
ご所望の身体強化の他に、連絡用のもの、守りに使えるもの、道を示すものなんかもあるけど持って行く?」
「たくさん持ってると動きにくくね?」
「そんな時にはこの商品。しまった物の重力をなくす魔道具はいかがかしら。この私手ずから作った逸品よ」
どこかからちょうどいいサイズのバッグを取り出したクーリエは、急にテンションを高めて売り込みを始める。
見た目は普通のバッグだが、自作の商品ということで効果は折り紙付きだろう。
何より、クーリエは圧倒的な品揃えによってその名を轟かせている大商人だ。持ち味の品揃えに、重力をなくすバッグ。
どう考えても、その魔道具によって結果を出している。
質が保証され、結果も出ているのなら、買わない手はない。
もちろん、それは客側にお金があればの話だが――
「……金、持ってねぇよ?」
「……そうだったわね。ついクセでセールスを……」
申し訳なさそうにも、呆れたようにも見える表情でベルは呟き、クーリエは目を泳がせる。
何とも言えない空気が流れる中、シスイの寝息だけが一定のリズムを奏でていた。
「よし、準備は整ったかな? じゃあ、次は対策を練ろう。
僕たちは、あの赤月の乙女に挑むんだから」
数分後。ずっと穏やかな笑みを湛えていたシャノンが、満を持して話を切り出す。門外漢のクーリエは、返事をしない。
もちろん、ぐっすり寝っているシスイも。
唯一、護衛のフレイは、テーブルに肩肘をついて面白そうに彼を眺めていた。だが、肝心のベルは反応しない。
魔道具の靴や必要なルーン石などをもらい、しまったり履き替えたりしたそれらをキラキラした目で見つめていた。
その様は珍しく年相応。彼が話しかけられていると気づくのは、もう少し後のことだ。
「赤月の乙女って、ここの親玉のこと?」
ようやく周りに気がついたベルは、まだ興奮冷めやらぬ顔で確認する。その間、さらに追加で待つことになったシャノンだが、欠片も気にした様子はない。
普通にニコニコと大人しく待っていたし、苛立った気配も感じさせず話を再開している。
「あぁ。カルミンブルクの支配者――スカーレット・ヴァン・ルージュの異名の1つさ」
「異名の1つって……一体いくつあるんだよ」
部下の1人であの強さだ。ボスが強いのなんて、想望するまでもない。既に敵の恐ろしさを思い知っていたベルは、それをさらに補強する情報にげんなりとした表情を見せていた。
対して、彼を怯えさせないためか、シャノンは相変わらずの笑顔である。爽やかな空気を振りまきながら、なんてことはなさそうに不安の種をばらまいていく。
「彼女は永くこの辺りを統べている女王だからね。
"真紅の血溜まり"、"命の冒涜者"、"赤月の乙女"、"血脈の女帝"、"沈黙の赤薔薇"……知ってるだけでもこれだけはあるし、聞き込めばまだ出てくるかも」
敵がいるのなら、それについてはできるだけ知っておくのが生き残る鍵だ。わざわざ隠して良いことなんかない。
計り知れない強敵でも、その認識があるだけで警戒度が変わるのだから。
しかし、言い方を変えれば萎縮にもなる。
情報量に押し潰され、少しずつ顔色を悪くしていたベルは、ゾッとしながらこわごわ問いかけていた。
「永くって、どんくらい……?」
「どうだろう? 僕が生まれた頃にはとっくにいたっぽいから、数百年はくだらないんじゃないかな。
付近のギルドはすべて彼女を宿敵と定めているくらいだし、僕らからすると実質魔王だよ」
まだ魔王と遭遇したことのないベルからすると、思い起こされるのは自称大魔王のヒエロだ。
ほぼ確実に手抜きで、存在が脆いというハンデまであったのに、手助けなしでは戦いにならなかった相手。
実質魔王だと言うのなら、少なくともあれに近い強さをこの街の女王は持っている。今回は神秘であるシスイがいるとはいえ、敵も神秘だ。人数も多い。
一瞬たりとも気を抜けないだろう。
「くわしいんだな」
「そりゃあ地元民ですから」
「他のやつ……アズールとかについても知ってる?」
「もちろん。まずは情報共有といこうか。対策を練るなんて言ったけど、どうせそんなもの立てられないしね」
セリフの割に、あっけらかんとシャノンは笑う。
ある者は休息を、またある者は備品のチェックを。
そしてベルたちは、少しでも戦いになるよう事前知識を蓄えていく。
次話が2話分になったので、次週休載します




