9-価値のある話・後編
「それで?」
ヒソヒソ話をスルーしたクーリエは、それが落ち着いたのを見計らってから再度問う。険しさが取れてもなお鋭い瞳は、強い自信があるのだと感じさせた。
しかし、他のところに気を取られていたベルだ。
明確に促されていても、何を促されたのかなどわかるはずがない。パチクリとまばたきを繰り返した後、仕方なく質問を返す。
「……えーっと、それでって?」
「あなたが自覚していない価値は何かしら?
シスイさんの反応的に、無自覚な部分があるようだけれど」
「え?」
今度は丁寧に教えてくれたクーリエに、ベルは二重の意味で驚き振り返る。するとそこには、彼女の言葉通り何か言いたげな様子のシスイがいた。
「オレ、何か言い忘れてるか?」
「うん。だって君、1人で旅してる訳じゃないだろう?」
ベルへの義理があるとはいえ、自殺常習犯のシスイが引っかかっているなど相当なことである。だが、人は自分のことには中々気付けないものだろう。直接的な言葉で促されても、ベルは釈然としない様子だった。
「そうだな、仲間がいる。でもそれ、オレの価値か?」
「人脈を価値と言わないでどうするの? ほら、早く言いなさいよ。シスイさんが気にするくらいだし、それなりに大物なんでしょ? たまたま共に行動しているだけの彼女じゃない、あなた本来の仲間は誰?」
元々、無価値だなどと思っていなかったクーリエだ。
シスイが気にかけるという一点で、期待値はかなり上がっているらしい。
値踏みするような目を、キラキラと輝かせてさらに促した。
納得できても喜べないベルは、なんとも言えない表情で渋々伝える。
「オレが一緒に旅してるのは、リチャードとシエルだ」
「ッ……!?」
「危ねっ……おい、なんだよ?」
ベルの仲間を聞いたクーリエは、目をかっ開いて倒れ込む。
積み上げられていた品はグラグラ揺れ、ぶつかったものなどは派手に倒れていた。
価値を知らぬは本人ばかり。既に知っているシスイは肩をすくめるだけだが、フレイとシャノンは冷静ながら顔を驚愕に染めていた。
「リチャードってそれあなた、勇者じゃないのーっ!!」
「そうだな。勇者だ。
誰かを助ける人の具現みたいなやつだよ」
仲間の――友達の名前が知られていて嬉しいのだろう。
クーリエの叫びを聞いたベルは、圧倒されることなくニコリと笑う。立ち位置はすっかり逆転していた。
当たり前のような言い草に、立ち上がった彼女はさらに声を荒げる。
「そうだな、じゃないわよーッ!!
あなた彼がどんな方かわかってるの!?」
「助けるってことに関しては完ぺきな勇者」
「浅すぎるわよーッ!!」
「えぇ……?」
商人ともなれば、勇者が成した偉業の数々はベルよりも聞く機会があるかもしれないが……
旅の仲間でもないクーリエが、一体リチャードの何を知っているというのか。理不尽に怒られた彼は、ただただ困惑するしかなかった。
「落ち着いたわ。あなたの価値も分かった。これがなくても協力はしたけれど、本格的に助け合うことになると思う」
数分後。何度も深呼吸を繰り返したクーリエは、ようやく冷静さを取り戻す。
結果、余計な悶着は起こったものの、無事に彼らの相互理解は深まった。お互いの価値を示すのは、協力関係を結ぶのに手っ取り早い方法だったと言えるだろう。
価値の大部分がリチャードのお陰、というのは中々に歯痒いものがあるが……
同時に、ベル個人も最低限の実力はあると信頼を得た。
一方的に助けられるのではなく、お互いに助け合う関係になれたことに代わりはないため、ホッとし表情が緩んでいる。
「わかった」
「ふぅ、これで僕の責任が減るね」
「ちょっと待てシスイ。お前の埋め合わせはお前のもんだろ。なに急に放り出そうとしてんだ」
やれやれとばかりにのたまうシスイに、ベルは間髪入れずに反論する。しかし彼女は、特に悪びれる様子もなく指を左右に揺らし始めた。
「チッチッチ。忘れたのかい、ベルくん。
そもそも僕は、善意で取り返してあげようとしたんだよ。
依頼を受けた訳でもなし、大した責任なんてないのさ」
「そうだな。でも、その後埋め合わせを申し出たのはあんただぞ。無関係の人に押しつけるのも、急に途中で投げ出そうとするのも違うだろって」
「ふふ……」
胸を張り、爽やかな笑顔を浮かべていたシスイだったが、気持ちいいくらいに言い負かされるとそれも一気にしぼむ。
ピシリと硬直し、哀愁を漂わせる微笑みで、なにも言えずに見つめ返していた。
その様子にクスリと笑うシャノンは、口を挟む気はないようだ。2人から一歩引いた辺りで口を開く。
「彼もこの街に来るんだとしたら、とても頼もしいね。
正直、死を覚悟していたけれど、希望を持てる」
「冷静になりなさい、シャノン。
今は時期が悪いわ。もうしばらく、彼は来ない」
しれっと言い放たれた言葉に、この場にいる全員の間には『どの口で……?』という空気が流れる。
だが、内容が内容だけに、それもほんの数秒だ。
状況を察したフレイたちは難しい顔をし、耳聡く聞いたベルは不思議そうに首を傾げている。
「時期ってなんのことだ? あいつ、これねぇの?」
「あなた、聞いていないの?」
「特には……?」
逆に聞き返されたベルは、さらに困惑を強めて自信なさげに答える。クーリエはその答えを聞くと、少し考え込んだ後首を横に振っていた。
「……だったら、私が勝手に話せることじゃないわ。
そんな責任、私には負えないもの」
「知ってること話すだけだろ? 責任なんてあるか?」
「聞いたらビビっちゃうかもしれないじゃない。
もしもあなたがあの方にとって重要な存在なら、離脱させることになったり接し方が変わってしまったりすると、影響が計り知れないわ。シエルさんも望んでないでしょうしね」
「それは……うん、そうだな。師匠はやたらと慎重だ。
怖がってすらいる気がする。何にかは、わからないけど」
怪訝な表情になったベルだったが、説明を聞くとすぐに納得する。たとえ聞いても離脱するつもりがなくとも、接し方は断言できないし、間違いなくシエルは望まない。
無理やり聞き出して、関係が悪くなる方が悪手だ。
引き下がってもらえたことで、ホッとした様子のクーリエは、お詫びのつもりか何となくの役割を教えてくれる。
「……1つ言えるとしたら、この時代の勇者は魔王を打ち倒すために戦ってるんじゃなくて、人類を守るために戦っているってこと。物語でよくあるでしょ? 勇者は魔王を滅ぼすことを目的に旅に出るって。それを、この世界では行っていない。既に敗北した我々は、ただ存続のために抗っているの」
「そっか。やっぱ良いやつってことだな」
倒すためではなく、助けるために戦っている。
人によってはがっかりするかもしれないが、ベルにとっては理想そのもので嬉しい話だ。
とっつきにくい性格を上回って好感度が上がり、純粋な笑顔を見せていた。しかし、対照的にクーリエは眉を寄せている。
「それ、どういう意味?」
「え?」
「さっき言ってた、誰かを助けるため……とかと重ねて言っているという認識でいいの?」
「そー……だな。何考えてんのかわかりにくいけど、ひたすら人助けしてるし、実際はかなり優しいのかなって」
やや不穏な反応をされても……いや、不穏な反応をされたからこそ、ベルはリチャードが優しいという方向で認識を固定する。
まだ知らないことなのだから、仕方ないと言えば仕方ないが……何度も似たようなやり取りを経ているシスイは、ようやくフリーズから戻ってきてすぐ呆れ顔だ。
部屋を片付けていたフレイも、壁際で何とも言えない表情をしている。2つの視線を一身に受けると、クーリエはかなり悩んでから彼女たちの意見を代弁して言葉を紡ぐ。
「まったく気付いてない、なんてことはないと思うけど。
あなたとあの方が同じ行動を取っているのだとしても、中身はまったくの別物よ。神秘だからとか、強さとか、そういう話ではなくて。どちらかと言うと、思考や在り方の問題。
他の勇者はともかく、あれに善悪は存在しない。直接話したことはないし、どれほど危ういのかは知らないけれど……
良い人、なんて安っぽい認識でいたら、その内失望することになるわよ」
目が泳いでいたとは感じさせないほど、クーリエは真っ直ぐベルの目を見て、容赦なく言葉を伝える。
思いやる気持ちが見え隠れしてはいるものの、内容は正面からリチャードを否定するものなので手厳しい。
ベルは堪らず黙り込んでしまった。
だが、その試練は既に悪夢で経験済みだ。
一息ついてから、キラキラと輝く瞳で彼女を見つめ返す。
「……それでも、あいつは良いやつだよ。
今のあんたみたいに、不安にさせることは多いだろうけど。
助けるってことに関しては完璧な勇者で、どれだけ傷付くことでもいとわない。それに善悪が付くのは、これからだ」
大商人の忠告を、無下にはしない。
けれど決して、鵜呑みにもしない。
リチャードの危うさを示唆されたベルは、それでも実際の彼を見て、信じて、変わらず共に歩むことを選ぶ。
目を背けたくなるような純粋さを受けて、クーリエはさり気なく目を閉じていた。
「……そ。だったら、早くこの街に来てもらわないとね。
こんないい子、そうそう出会えないわ」
「ここで言ったってしょうがないだろ」
「どうかしらね。少なくとも、あなたはやる気が出たんじゃなくて?」
「かも」
自然と観察に移行してしているクーリエは、早くも見透かしたように問う。持ち物、武器などを探られても、ベルは気にしない。言い当てられて、ただ照れくさそうに笑っていた。




