8-価値のある話・前編
「……」
「えーっとぉ……」
眉をひそめているクーリエと思しき少女は、怪訝な顔をした後、3人が家に入ってからも一言も喋らない。
『は?』という不機嫌そうな言葉による圧を、取り消すことなく高め続けていた。
視線はベルたちにも多少向けられるが、主に睨まれているのは仲間のフレイだ。意気揚々と扉を開けていた彼女は、圧を一身に受けたことですっかり萎縮している。
友人でもある様子だったのに……いや、友人でもあるからこそか。ダラダラと冷や汗を流し、焦り顔だった。
何度かベルたちに助けを求められるも、初対面でできることなどない。クーリエと話していた騎士風の青年も、親しい訳ではないのか、ただただ困惑を強めている。
「や、クー。また新しい仲間を見つけてきたよ」
根比べに勝ったのは、立場が示す通りクーリエだ。
フレイはやがて観念すると、にへらーっと笑って口を開く。
サラサラと揺れる髪も相まって、つい許してしまいたくなるくらいに美しい。だが、強情な商人の心がその程度で崩せるものか。クーリエは一切表情を緩めることなく、強い口調でズバッと言い放つ。
「何が新しい仲間よ。好き勝手言ってくれちゃって」
「好き勝手って……臨時商会ってやつ? だめなの?」
「ここが商会? 寝言は寝てから言ってくれるかしら。
生憎、私はこんな血なまぐさいとこで商売するつもりはないの。家畜であることを受け入れた人に、売ってやるものなんか1っつもないわ!」
どうやらクーリエは、いきなり人を連れてきたことよりも、フレイの発言自体に怒っているらしい。商人であることにかなりの誇りを持っているようで、さらに声を荒げている。
2人はある程度の付き合いがあるはずだが、だからといって相手のすべてを知っているはずもない。
誇り、信念、生き方などの話であれば尚更だ。
ここまで具体的に言われても、フレイはいまいちピンときていない様子で、クーリエをたしなめようとしていた。
「ま、まぁまぁ。気に触ったなら謝るから。
とにかく今は、新しい仲間を紹介させてよ。
こういう街だと、すごく頼りになる人だよ」
「なんか今、ナチュラルにオレを省かなかったか?」
「うぇっ!? あ、あはは〜」
「省いたんだな」
「……ごめん」
焦りからか、フレイは細かな失敗を繰り返す。
ベルに指摘された彼女は目を泳がせた後、すぐさま観念して謝っていた。
とはいえ、彼も疑問に思ったから聞いたにすぎない。
本気で怒っている訳ではないため、緊迫した空気にはいい緩衝材だ。
気の抜けるやり取りのお陰で、室内の空気はわずかに緩む。
客と思しき青年も苦笑し、話しやすい雰囲気になっていた。
しかし、依然としてクーリエが不機嫌なのは変わらない。
厳しい表情のまま、話の流れからベル本人に水を向ける。
「それで、あなたは?」
「オレはベル。仲間の大切な物をアリババに盗まれて、この街に来たんだ。そんでこっちは‥」
「彼女のことはいいわ。名前は知ってるし、目的もどうせ同じでしょ? この場にいる人は、みーんなアリババに何かを盗まれた。立場と価値と、何を提供できるかを答えて」
「オレが?」
「あなたが」
話を遮られたベルは、細かな要求に目を丸くする。
旅の中でも他の集落に行く機会は少なく、今まで必要としてこなかったやり方なのだから当たり前だ。
田舎の村ではカッチリする必要などないし、旅を始めてからも仲間はあのリチャードである。
仲間になるにあたっての契約などあるはずもない。
代わりにまとめ役をしているシエルも、わざわざそんなことはしなかった。
強いて言えば、悪夢の中で王命を受けた時くらいだろうか。
とはいえ、あれもリチャードのマネに過ぎないため、身についていないだろう。
厳格なコミュニケーションに慣れていないベルは、さらっと返されてもポカーンとしてしまっていた。
すぐに理解したらしいクーリエは、呆れた様子で息を吐くと、淡々とお手本を見せてくれる。
「例えば私は、クーリエ・グラスター。世界を旅する商人で、見ての通り大量の物資を持っているわ。
提供できるのは、武器でも食料でも情報でも、商売に使えるものすべて。それから、ギルド未所属で旅をしているから、多少の武力もある。仮に荒事になったとしても、足手まといにはならないと約束するわ。
場合によっては援護もできるかもね」
「……はぁ」
「はぁじゃないわよ。あなたはどうなの?」
ツラツラと早口で語られる必要情報に曖昧な相槌を打つと、彼女はピシャリと切り返す。だが、どうも何も、ベルは畳み掛けてきた情報の整理中だ。
仕方ないので返事をしつつも、どこか心ここにあらずだった。フレイが『ぼくはフレイ・アベットだよ、よろしく!』と言っているのも、おそらく耳に入っていない。
「うーん、立場なぁ……ところで、お兄さんは誰?
フレイと同じであんたの仲間なのか?」
急かされそうになって話をそらすと、なぜかクーリエと一緒にいた騎士風の青年は、おや……眉を動かす。
しかしタイミングを伺っていたらしく、特に驚きはせずに爽やかな笑みを浮かべた。
「僕はシャノン・アマルガム。付近にあるアルゲンギルドの魔術師だよ。彼女とはこの街で出会ってね。
アリババを見つけるため、協力関係を結んでる。
ここでは臨時の護衛になるのかな。戦闘は得意だよ」
「ギルドカードを盗まれたらしいわ。間抜けよね」
「あはは……それは言わないでくれるとありがたいな」
無表情で刺すクーリエに、青年――シャノンは力なく苦笑する。彼の言葉には温もりがあり、不思議とホッとできた。
内容も、一言で言ってしまえば『ギルドの戦闘職だから強いよ』だ。多くの面を持たないからこその簡潔さで、実に理解しやすい。いい間をもらったベルは、ありがたくその時間を使って要求に答えていく。
「なるほど。だけど、オレには名乗れる職業とかはないな。
強いて言えば旅人? 誰かを助けられる人になるため、旅をしてる。正直、大した価値もないんじゃねーかな。
できることと言えば、囮になることくらい?
……もしかして、協力できない?」
「バッカじゃないの?」
既に協力関係にある2人が、どちらも明確な立場や価値を示したことで不安になったのだろう。ゆっくりと話すベルは、どうにも自信なさげだ。
自己紹介の途中から眉をひそめていたクーリエは、最後に付け足された質問を聞いて、とうとう爆発する。
罵倒に思わずギョッとした彼に、険しい目線を向けて言葉を続けた。
「道端の雑草だって、場合によっては価値を持つのよ?
価値があるかどうかは、自分で決めることじゃないわ。
周りにいる誰かと、状況が決めるの」
こういったやり取りは、いつも通りのことなのだろう。
険悪な雰囲気になっていても、フレイは『仕方ないなぁ』と笑っている。新顔のシャノンですら、早くも慣れた様子で目を閉じ、聞き流していた。
「価値を答えろって言ったのお前じゃん……」
「自分から見た自分の価値って、自信のことよ。
そんなの、初対面の他人が判断なんてできないでしょ?
だからみんな、まずは自分が認識している価値を示す。
当然じゃない」
理屈は通っている。ただ、少しだけ彼女独自の表現で、その説明が足らなかっただけだ。
最終的にこうして説明した以上、特に問題にはならない。
もし問題があるとすれば、多くの他者と取引をする商人が、これでいいのかという部分だけで……
「なぁ、こいつ本当に商人なの……?」
「もちろん。ちょっと我が強いけど、その分内容ははっきりしてるし質もいいからね。信頼されてるよ」
堪えきれなかったベルはヒソヒソと問いかけ、フレイは苦笑しつつ保証することとなった。




