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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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7-時を同じく徒は集う

「ひ、ひぃぃっ……!! 街が、街が燃える……!!」


吸血鬼から身を守るために、ベルたちがフレイの仲間の元へ向かっていた頃。延焼しない炎で錯乱していた人々は、血に染まった街を走り回っていた。


実際には、アズールが暴れたこと以外、被害はない。

しかし、普通の人からすれば燃えなくても炎は炎だ。

彼らからすれば火元も不明なため、遠くまで来ても冷静さを取り戻せずにいる。


「おい、落ち着けよ。何があったか知らないが、いつも通りスカーレット様や側近の方々がどうにかしてくださる。

あの方々に、血さえ差し出していれば」


燃え広がらない以上、取り乱すのはその場にいた者のみだ。

逃げた先にいる人々は、被害者たちも最初そうだったように、淡々としている。


どこかぼんやりとした目で、すべてを主に委ねている様子で、生気なく不気味な笑みを浮かべていた。


「……そ、そうだよな。なんで、慌ててたんだろう。

血で消えるような炎と、あんな華奢な侍を見ただけで」


この場にいる全員の首には、吸血鬼の牙を模したチョーカーが付けられている。それを起点に血管が浮き出ているため、ちょうど血を吸われているところのようだ。


血圧が下がっているからか、数秒前まで錯乱していた者たちもすっかり大人しくなっていた。たしかにあったはずの恐怖は消え失せ、過去の自分すら信じていない。


「そうそう、怖がる必要はないよ。管理している食料を、私たちが手放すことはないからね。フフッ」


それをさらに補強するように、人々の頭上からはよく通る声が響く。声の主がいるのは、一番近い塔の上。

下等な人間を見下せる高みで、スーツ姿の紳士的な吸血鬼が、同性すら魅了する笑みを浮かべて座っていた。


彼女の姿を見た者たちは、さらに気を緩めて脱力する。

恍惚とした表情で手を合わせる様は、信仰対象を崇めているかのようだ。それを証明するように、街中からは『クレア様だ』『クレア様』という声が寄せられていた。


「腹を空かせた魔獣共や、手頃な農場を求めてきた魔王種が寄ってきた時と何も変わらない。さぁ、教えてくれ給え。

いったい誰が、君たちを怯えさせているのかを」


ふわりと宙に飛び出した吸血鬼――クレアは、キラキラとした黄金の粒となり、消える。次の瞬間、彼女は人混みの真っ只中に出現し、居合わせた女性2人の肩を抱いていた。


その装いはまさに、男装の麗人。

カプリと牙を突き立てられた女性は、喜びに打ち震えながら艶やかな声を漏らしている。


「んっ……」

「甘美な蜜を味あわせてくれる代価だ。

すぐにでも私が、無害な家畜にしてあげるよ」


どうにかアズールを撃退したのも束の間。

金色の瞳によって、哀れベルたちは標的に見定められる。


当然目の届く範囲にはおらず、まだ一度も出会ってすらいないが、そんなことは関係ない。

この街において、吸血鬼とは絶対的な捕食者なのだから。


すぐにでも居場所は探知され、クレアという新手の追撃を受けることになるだろう。魔王種が支配する生産区に、安全な場所など1つもない。




「……バッカみたい」


その様子をこっそりと眺めていた影が1つ。

建物の裏から抜け出して、騒ぎがあった方へと向かう。


他の者がみんなしているチョーカーも外し、家畜とは違って確かな意思が宿る瞳を輝かせていた。


「ちょっとブライヤ! あんたどこ行くの!?」


その少女――ブライヤは、どうやら母親との買い物中にこの騒動に出会したらしい。カバンを腕に引っ掛け、通りで手を合わせていた女性に見つかると、不貞腐れた顔で振り返る。


「どこって、落ち着ける場所? ここ、うるさいし」

「それにあんた、また首輪も外して……

誰のお陰で生きていられるのか、わかってんの?」


吸血鬼の支配に否定的なブライヤとは違って、母親は正しくカルミンブルクの住民だった。

何も付いていない綺麗な首を見ると、糾弾まではいかずとも、ほんのり非難が混じった声色で問いかける。


大きな声ではないため、クレアに夢中になっている周りの人はほとんど気付いていない。

それでも、人混みの上吸血鬼の1人までいる中でこんな話題など、普通なら恐怖で萎縮してしまう。


だが、ブライヤはやましいことなど1つもないといった態度だ。人目を気にせず、堂々と意見を述べていく。


「朝昼晩の吸血には従ってる。分担してるから少ないし。

でも、それ以外の時は差し出す義務ないじゃん。

さっきみたいな気まぐれ吸血も、あの人みたいに1人で直接吸われるのも、あたしは絶対いや」

「まったく……12歳にもなって、まだ血を吸われるのが怖いの? その割にはやたら利口だけど……はぁ、好きにしなさい。だけど、くれぐれも吸血鬼様方の気を損ねるようなことはしないようにね。恩があるんだから」


完全な拒絶、叛意の表明ではないからか、母親は単に吸血が怖いだけと判断しているようだ。いつも通りでもあるため、軽く咎めただけですぐに自由にさせる。


口では家畜を守ると言いつつも、気ままに食事を続けているクレアに拝謁するため、背を向けていた。


そんな母親の後姿を横目に、ブライヤは寂しげな表情で彼女たちから離れていく。幼いながら、悲壮感が漂う背中からは、魂の叫びがこぼれ落ちていた。


「何が、恩……あたしたちなんて、ただ血のために生かされてるだけじゃん。週に何人か、干からびるまで血を吸われてる人がいるの……ママが知らないわけないのに」


大人たちはすっかり飼い慣らされ、吸血鬼に否定的な者などいない。そんな彼らに育てられた子ども達も、そのほとんどが従順な家畜だ。


物心ついた頃からの当たり前。疑う方が異端である。

恐怖や拒絶感など、持ち合わせる余地もなかった。


だからこれは、単に彼女が異質だっただけだ。

本当にたまたま、ひょんなきっかけで違和感を覚えただけのことだ。


しかし、その唯一の1人が子どもだというのは、必然でもあるのだろう。良くも悪くも、大人は夢を見ない。

生きるために必死で、そのためだけに生きるのだから。

その世界の中で、他者よりも利益を得ようとするから。


夢を抱く純粋さを持つ者だけが、その具現である子どもだけが、今よりも良い未来を夢見られる。


その過程で潰えることもあるだろう。

実力や才能の壁により、光を失う者もあろう。

きっと、そういった者こそが大多数で、そうして人は大人に変わっていく。


それでも……己の夢を忘れない異常者は確かにいて、そんな彼らだけが世界を変えていけるのだ。


『12歳にもなって、まだ血を吸われるのが怖いの?

その割にはやたら利口だけど』

「……」


人は日々、夢を見る。

ある者は潰れ、ある者は諦め、そしてある者は手を伸ばす。

今の延長線ではなく、遠くにある幸せのために歩き出す。


生きること。それが生物としての本能だ。

たとえ最低限、自分の命が保障されているとしても、実際には他者の物になっていると気付けてしまうのなら。


「こんな環境なんだから、仕方ないじゃん」


子どもであろうと、立ち上がらねばならない。

いや、子どもだからこそ――


「油断してたら、委ねてたら……どうなるかわかったもんじゃない。だからあたしは、糸口を探す」


足りない力を、思考で補うのだ。

未成熟な心が、歪な成長で悲鳴を上げていても。




~~~~~~~~~~




吸血鬼以外、誰も他人を気にしない街の中、ベルたちは商人がいるという場所へ向かう。

騒動の付近では警戒している人もいたが、一度離れれば錯覚だったかのように平和な街だ。


と言っても、実際はその平和こそ錯覚なのだが……

何にせよ、彼らは何に邪魔されることもなく、目的地の付近にやってきていた。


「本当にこの辺りにいるのか? 

さっきまでいた場所と変わらない気がするけど」


フレイの後を追うベルは、商人がいるとは思えない街並みを見て呟く。周囲にあるのは、戦闘があった区画とそう変わらない景色だ。


血に塗れた建物が並び、生気のない人々がいて、やや活気が足りないながらも店が開かれ、普通の街のような生活が営まれている。一応は潜んでいるらしいが、なぜここを選んだのかはよくわからない。


「そうだね。多分、違いはないと思うよ。

単に、運良く潜めた場所がここだったってだけ」

「なんだ……」


自分たちとは違って無事に潜めている商人が、どのように敵の目を盗めたのか。その秘訣を知ろうとしたベルは、肩透かしを食らってトーンを落とす。


一番後ろにいるシスイは、より詳しく、期待もしていなかったようで淡白だ。


「というか、この街に区画ごとの差異とかなくないかい?

全部が同じではないけど、特色がない。等しく血の街だ」

「吸血鬼からすれば、ただの農場だろうしね」

「生けにえを出してるってよりキツいなぁ……」


農場の機能に、隠れ家的なものは必要ない。

とはいえ、人が暮らしている以上、目の届かない場所くらいは生まれる訳で……


先導するフレイは、さり気ない素振りで人目につかない裏道に入り、奥へ進む。血で満ちているのは相変わらず。

だが、人が来ないのか表より乾いている道を通り、何の変哲もないありふれた家の扉を開いた。


「そんな感じで、こだわる理由はないし危なくなればすぐに移るよ。だからまぁ、あくまでも仮の拠点だけど」


くるりと髪を揺らしながら、振り返ったフレイは笑う。

手は踊っているように広げられ、仲間に呼びかけることもなくベルたちを招き入れていた。


瞬間、彼らの視界に飛び込んでくるのは、四方の壁を隠して天井近くまで積み上げられた、物、物、物。


同時に、視線はその指先に誘導されるがまま、簡易なデスクに座って騎士風の銀髪青年と話していた、ミドルヘアの少女へと移っていく。


「ようこそ、クーリエの臨時商会へ」


この場所こそ、大商人クーリエの築いた安全地帯。

そして、室内の品々すべての所有者たる少女は今――


「……は?」


フレイの紹介を受け、思いっ切り眉をひそめていた。


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