6-得難い縁また耐え難き
「ぷはぁ、死ぬかと思った!」
アズールが去った、数秒後。その威圧感によって硬直していたガンマンの少女は、大きく息を吐いて座り込む。
張り詰めていたものが切れて、すっかり力が抜けている様子だ。
「でも流石だねぇ。まさかあれを退けられるなんて」
後ろに手をついて座る少女は、体を揺らしつつ視線を上げ、儚げに佇むシスイを見やる。
同じく倒れ込み仰向けになっていたベルも、興味深い話題の気配に思わず目を向けていた。
「君、僕を知っているのかい?」
「もちろん。ぼくは商人の護衛中だからね。
普通の人と違って、たくさんの自治区を訪れる。
危機であれ希望であれ、色々と噂は耳にするから」
憧れの人に会えたかのように、少女はニコニコと笑う。
だが、対照的にシスイの表情は暗い。
『商人ねぇ……』と小さく呟き、嫌そうに顔を歪めている。
「先に釘を差すけど、勇者になれなんて言わないでよ?
めんどくさい。僕なんて、たまたま居合わせた時にだけ手を出す勇士程度で十分さ。自衛のついでだよ、ついで」
「え〜? ぼくまだ何も言ってないよ〜?」
ベルが目を点にしている横で、少女は戦闘中の時からは考えられないほど高いトーンで油断を誘う。
いや、彼女からすれば、そんな意図すらないかもしれない。
なにせ、思惑があるような顔もしておらず、足をパタつかせて完全にリラックスした調子なのだから。
しかし、シスイはなおも警戒しているようだ。
いくつもあるポケット、手から離れた2丁の銃、特定の人が持っている証が普通付けられている箇所。
それらを油断なく観察し、鋭く問い詰める。
「護衛とは言っても、君らギルド所属じゃないよね?
個人で商人。それなのに旅を無事に続けられてるとくれば……
もう、候補なんて数えられる程しかいないじゃないか。
急にニコニコしちゃってさ……何に利用されるかわかったもんじゃないよ。面倒事はごめんだね」
もはや警戒というより、嫌っているという方が近いか。
ギルド未所属だと判断したシスイは、あからさまな物言いで切り捨てる。
命の恩人とはいえ、ここまで露悪的な言い方をするのは失礼極まりないが……はっきり態度に出されても、少女は苦笑するばかりだ。
「いやいや、本当に大丈夫だって。
自己紹介が遅れたけど、ぼくの名前はフレイ。
仲間の商人――雇い主はクーリエだよ」
「……普通に大物じゃない? 下手したら、最も人々に愛されてる大商人だ。軽率に縁を持ちたくないんだけど」
「愛されてるって評価なら、普通良い縁じゃないの?
2人が何しに来たかは知らないけどさ。
はっきり言って、クーほど役立つ人はそうそういないよ?」
シスイからして、最も人々に愛されている大商人。
おまけに護衛の少女から見ても、クーリエという商人ほど役に立つ者はいないと言う。
客観的に見てそれほどの人物ならば、ベルにとってその縁は願ってもないことだ。まだ拒絶反応を示すシスイとは違い、起き上がった彼はキラキラした目になっている。
「その『役に立つ』や『良い取引ですよ』、『少しの間お借りしたい』なんかで、誰にでも親身なうちの里から、どれ程のものが失われたことか……死にたがりだからって、何も一方的に奪われたい訳じゃないんだ」
「あはは、本当に利用したりするつもりないんだけど……
こんなところじゃ生きた心地がしないから、助け合おうよ」
「僕の力目当て以外の何物でもない!」
どうやら、シスイの忌避感は思ったよりも根深いもののようだ。田舎ならではのやたらと具体的な例を挙げ、相互利益を示されても『これだから権力者は!』と毒づいている。
故郷での確執があるのなら、拒否感を示すのも無理はない。
危害を加えた本人ではないにしろ、同じような立場の相手なのだから、警戒して当然だった。
とはいえ、それはそれでこれはこれ。
死地にいるベルからしたら、まったくの問題外である。
ほんのり言いにくそうにしながらも、最終的には共闘を受け入れようと割って入る。
「……いや、共とう関係ってことだろ? ありがたいじゃん」
「あぁ、ありがたいとも! 実際、役立つだろうさ!
ただ、個人的にとても嫌いな人種なんだよ! 商人だとかギルド連盟だとか、こんな世界でも……いや、こんな世界だからこそ、なりふり構わず力を集めて振りかざしてる権力者ってものが!」
「えぇ……?」
なんとシスイは、役に立つとわかった上で、好き嫌いを押し通しているのだと言う。否応なしに協力関係を結ぶというのに、その相手を悪しざまに言っていると。
詳しい実態は知らないながらも、ギルド連盟まで嫌う彼女の様子に、ベルもとうとうドン引きだ。逆に、嫌われている側のフレイは、なぜか理解を示していた。
「あはは、まぁシスイさんともなると仕方ないよね」
「えぇ……!? シスイって何者だよ?」
「盗賊王も言ってただろう? ザンカの里の侍だよ」
フレイの警戒に、意識のほとんどが向いているのだろう。
ついていけないベルは首を傾げるが、未だ不服そうなシスイは雑にしか答えない。
その単語だけでは理解できない彼は、ムッとしてさらに問い詰めようと口を開くが……
「あぁ、やっぱり2人もアリババの被害者なんだ。
ぼくたちも、商品根こそぎ盗まれたんだよねぇ」
「はぁッ!?」
とんでもない規模の被害話に、言葉を上書きされてしまう。
価値が不明のペンダントはともかく、刀など目ではない。
半端に手を伸ばした姿勢でピシリと固まり、あ然としている。シスイは性格の悪いことに、実にいい笑顔だ。
話題はすっかりアリババ……共闘の話に戻っていた。
「ぷっ、ザマァないね」
「いやぁ、ぼくがいながらお恥ずかしい限りで。と言っても、わざわざ取り返すほどでもないんだけどね。
彼女が勝ち気なもんだから、文句を言うためにわざわざ追いかけてきただけ。こんな街に飛び込むとわかってれば、今回は見逃したんだけども……はは。生きて帰れるかなこれ」
「それ聞くと、なおさら頼りになりそうだと思えるな」
「本気で言ってる? ただの無鉄砲じゃないかい?」
うんうんと頷き、真面目くさった顔で呟くベルを見て、シスイは信じられないものをみたような顔をする。
事実、当の本人が生きて帰れるかと心配している事柄だ。
そこまでの不利益ではないのに、文句を言うためだけに死地へ赴いたというのは、完全にミスだろう。
フレイですら、友人を褒められた嬉しさと、友人の無鉄砲さにより陥った状況の悪さの狭間で、微妙な表示をしていた。
だが、それでもベルは真っ直ぐな瞳で言い切る。
「たしかに無鉄ぽうだとは思う。だけど、それだけ精神力が強いってことだし、実力もあるってことだろ?
来る前の選択はともかく、来た以上は頼もしいぞ」
「物は言いようだね。はぁ、ヤダヤダ。
君も思ってたより面倒な子だったなぁ」
若干嫌いな人種の匂いを感じたのか、シスイは顔をしかめる。このカルミンブルクに来た理由もベルだが、あれはただ憧れに従うが故の行動だった。
その点、今回はどちらかというと商人や権力者的な、価値を正しく見定める思考だ。取引でこそないものの、嫌いな部類であることは間違いない。少なからず、否定的な感情を持たれているだろう。
とはいえ、それでも彼は子どもで、守れなかった誓いの分の埋め合わせをしないといけない相手だ。
フレイの時ほどは反応せず、脱力してすんなり恭順の意を示した。
「まぁいいや。君が乗り気な以上、どうせ僕に拒否権はない。案内を頼むよ、変な取引はなしでね」
「だからしないって、しつこいなぁ……
そもそもぼくは護衛だし」
無意味に揉めた彼女たちは、ようやく矛を収めて動き出す。
この危険な敵地のど真ん中で、同じようにこの地を訪れた頼りになる仲間を得るために。




