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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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4-火種の中から

「う、ぁ……」


カツン、カツンと歩み寄ってくるアズールを見て、尻もちをつくベルは情けない声をあげる。

傍らに落ちている魔導書は、戦う意思が消えたことですっかり輝きを失っていた。


これが普通の人間であれば、怯えている子どもがいたら心配の1つもするだろうが……残念ながら、彼女は人外。吸血鬼だ。人の機微など意に介さず、言葉を紡ぐ。


「あなたの顔は‥」

「イ、"イグニッション"!!」


もうあと数十センチのところまで迫っていたアズールの手が、間合いに入ってくる間際。ベルは意思を振り絞り叫び、魔導書の魔術を発動する。


繰り出したのは、狙った個所に直接火を灯す魔術だ。

火はアズールの目で燃え上がり、目前まで迫っていた彼女は弾かれたように顔を上げて距離を取っていく。


だが、直接燃やす魔術で、既に燃えているのだから離れても意味はない。彼女はわずかに顔をしかめ、歯を食い縛って立ち上がったベルは、燃える右腕で虚空を殴る。


"インパクト"


「っ……!?」


着火の衝撃は、打撃にも勝る。

炎を通じて無から殴られたことで、流石のアズールも無言の悲鳴を上げてよろめいていた。


奮い立ったベルは、もう魔王種と相対しても怯えない。

生身で神秘に挑むのは初めてだが、憧れと願いを胸に強気に出ていた。


「お前の能力は、触れることが条件……なんだろ?

それさえわかってれば、やりようは‥」

「ある、の?」

「っ!!」


ゆらりと体を起こしたアズールの言葉に、ベルはたじろぐ。

何度も決意を新たにし、今もまさに覚悟を固めたところとはいえ、この状況では無理もない。


焼かれた上に殴られ、潰れているはずの目は、早くも回復して暗い光を宿していたのだから。

いくら神秘に寿命がなくタフでも、ここまでの回復力があるのは相当なものだ。


ベルの脳裏には、『神秘とは、神に等しいもの。不朽不滅の超常的存在』『己の存在すべてを攻撃に使わなければ倒せない』というメイド――リーベレの話がよぎり、確かな実感を持ち始めていた。


それでも、ここで生き残るためには、シスイを助けるためには、彼1人でやるしかない。

アズールのオーラに気圧されながらも、ベルは左手で支えた右手を掲げ、魔導書を輝かせる。


「……なく、ても。オレは見習い魔術師だから。

遠・中距離での戦いの方が得意なんだ。近寄らせねぇ」


消えるアズールに対抗するため、魔導書はパラパラとすごい勢いでめくれていく。次の瞬間には、鋭い鎌と挟み込むように白い手が伸びてくるが……


「飛び遊べ、火の精よ!!」


"ファルファデ"


「……!」


今度もまた、危ういところで防ぐことに成功する。

ベルの周囲に現れたのは、弧を描く無数の火の玉だ。


壁とまではいかないが、自由に飛び回って的確に危険物との間に入っていくため、鎌は爆発で弾き、手は自分から引かせていた。


余分な箇所まで炎を生み出していないので、これならすぐに力を使い果たすこともないだろう。


2度も引かせられたアズールは、なおも興味なさげだった。

油断はなくとも多少はまだ侮っているのか、目を細めて淡々とつぶやく。


「……魔術師、ね」


そのつぶやきを置き去りにするように、次の瞬間、アズールはベルの眼前に迫ってきた。周りを守っているといっても、炎の玉は十数個しかない。


さっきは合わせて発動しただけなので、動きも適当に飛んでいるだけの単調なものだ。隙間を縫うような斬撃は、容易に軌道を読んで彼へと届く。


「あっ、ぶね……!!」

「軌道を制限すれば、あなたでも見えるのね」


到達した大鎌は肌を撫でるが、すんでのところで首をかき切るには至らない。上体を反らし、操った火の玉をぶつけることで、真正面から回避できていた。


ベルは反動で倒れるも、すぐに立ち上がって追撃に備えている。今回は虚をつかなくても防げたが、そう何度もできないため、油断はできない。


「けれど、いつまでも凌げるだなんて思わないで。

アズールだって、結果を踏まえて動くもの」


まともに戦ってもらえないことで、下手したらシスイよりも手こずっているアズールだが、優勢は崩れない。


自由に踊り回る火とはいえ、ベルの意思で自在に操れるのはまだ2つ程度なのだ。それで手傷を負わせようなど、期待するのもおこがましいというものである。


アズールは淡々と鎌を振るい、手を伸ばし、ベルはそれを必死で叩き落とし、逃れ続けていた。


「う、ぬ、あ……!」

「そろそろ、味見」

「させるかっ!!」


左腕目掛けて繰り出される大鎌を見たベルは、直接操作していた炎を飛ばし、防御に入る。操る炎を切り替える程の技量はないため、背中側から無理やり動かす形だ。


とはいえ、先ほどから散々防いでいるので慣れてきており、限定的な操作なら安定し始めていた。

炎は余裕を持って壁となり、鎌を迎え撃つ。


「アズールは言った。成長すると」

「ぐぁッ!?」

「その火力はもう、覚えたの」


だが、今まで鎌を弾けていた炎は、ついに破られる。

隙間を縫った訳でもなく、真っ向からパワーで押し勝って、左腕をスパッと切り裂いていた。


まだ育ちきっていない肌からは、ドプッとした重みのある血が溢れ出る。初めて大ケガと呼べる負傷をしたベルは、顔を歪めて宙に放り出されていた。


「ん、真っ直ぐな味。真っ直ぐだから……

あなたは決して諦めない」


鎌に付着した血を舐めたアズールは、空中で身を翻したベルと視線を交錯させる。鎌を油断なく構えて、建物の壁を足場に体勢を整え、彼らは各々の全力を――


「伝播する赤よ……お前がまだ、折れていないのなら。

咲き誇れ、世界を恐怖で飲み込んで」


"ファルファデ"


高所から迸るのは、悪夢の中で初めて使った時と同じ炎の波だ。火の玉が合わさり、膨れ上がり、溶岩流じみた勢いで街を飲み込んでいく。


これには、流石の住民たちも大慌てである。

慣れているのはあくまでも吸血鬼関連だけなのだから、彼らは悲鳴を上げ一目散に逃げ出した。


「あぁ、親愛なるノービリア。

今この一時、我が身に宿りなさい。この右腕を代償に」


唯一、欠片も動揺していないのはアズールである。

彼女は人形のように完成された顔のまま右腕を掲げ、言葉を紡いでいた。


その隙に、ベルは身体強化のルーン石を砕く。

住民にも広がった騒動を利用し、シスイを回収して脱出するつもりのようだ。


思い切り壁を蹴り、瞬く間に地上へ降りると、燃え広がる炎の海を突っ切ってシスイを抱き抱えている。

逃げ惑う人混みに紛れられれば、少なからず逃げ切れる可能性は上がるだろう。


しかし、右腕を青く輝かせているアズールは、炎を突っ切ってすぐ後ろまで迫っていた。


「半端な範囲……これで逃げられると、思ったの?」

「できねぇからって、やらねぇ理由にはなんねぇからな!!」


彼女の右腕は腕ごと取り替えたかのようで、色味や太さどころか服すらも変わっている。より豪華に、威圧的に、冷気を放って炎を打ち消していた。


炎の波を作ったことで、周囲を守っていた火の玉もない。

いくら身体能力を高めていても、神秘の身体能力には決して届かない。紛うことなく、絶体絶命だ――


「うん、お陰で狙いやすくなった」

「……!?」


青き手がベルに触れる直前。燃え盛る火の中からは、中性的な声が響く。今まさに殺されようとしている彼はそれどころではないが、これは明らかに横槍だ。


当然無視できるはずもなく、アズールが弾かれたように視線を向けた。その脳天に、重い重い弾丸を受けながら。


「人に当たる心配が、ないからね」

「……!!」


脳天と同時に、足も撃ち抜かれて吹き飛んでいくアズールを目の端で捉えつつ、ベルは固まる。なんとかギギギ……と視線を向けると、炎の中には二丁拳銃を構えて微笑んでいる少女が立っていた。

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