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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
3幕 誰にとっての悪なりや

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1-吸血鬼の国

「……ねぇ、ベルくん。やっぱりやめない?」


アリババの大立ち回りがあった数週間後。

目的地へと辿り着いたベルは、隣でげんなりしているシスイの声を聞きながら、件の鮮血魔城を眺めていた。


彼の顔にも同じように臆している色はあったが、明確な言葉にされたことで気が引き締まったのだろう。

キュッと唇を結ぶと、睨むように彼女を見上げてその言葉を否定する。


「今さら何言ってんだよ。師匠たちだって来るかもだし、何よりペンダントと刀を取り返さねぇとだろ?」

「合流だけなら入らなくてもできるよ」

「もう入ってた場合は?」

「……」


やたらと嫌がっているシスイだが、捻り出した入らない理由を論破されると、すぐさま黙り込む。元々困ったような顔をしていたため、より勢いがなくなったと感じられた。

ベルもここぞとばかりに言葉を重ねていく。


「それに、あんた死にたいんじゃなかったのか?

本当に死なれちゃ困るけど、普通都合がいいはずだろ?」

「君も聞いてただろ? 僕は消極的自殺者だ。

死にそうな場所には嬉々として向かうが、実際に死ぬようなことはしてない。だから、消極的なんだ。

そんな僕が断言する。ここは、そういう場所だよ。

神秘に成った僕でさえ、死を覚悟しなきゃならない場所」


消極的自殺者という二つ名が、本当に意味しているところ。

この話だけ聞くと、恥とすら思える内容を赤裸々に明かしてまで、シスイはこの城の危険さをベルに伝える。


最初の部分など、人によってはまず鼻で笑うような内容だが、妙なオーラがあって重々しい。

ベルも例に漏れず、さらに深刻な表情になっていた。


「……一目でわかるのか?」

「はぁ。この城を見なよ」


諦めて心構えをさせるつもりなのか、単に説得を容易にするためか。ため息をついたシスイは、自らが感じているものを共有するため、彼にもう一度城を見るよう促す。


目の前でそそり立っている城は、鮮血魔城という名に相応しいだけの威圧感だ。全体的に黒めの城壁は、それそのものが生物であるかのように、いたるところが血で濡れている。


大きさもかなりのもので、中に都市があるとは思えないほどに高い壁があってもはや山だ。

側防塔も金属らしくギラついていて、明らかに歓迎していない。踏み入れるまでもなく、殺意の塊だった。


それだけでも尻込みするには十分すぎるが、もちろんシスイが教えたいことは他にある。城の異質さを、改めて噛み締めてもらえたと確認した彼女は、一言一句を焼き付けるように言葉を紡ぐ。


「来る前に、生きた城って噂を聞いたって話をしたよね?

あれ、多分本当だよ。この世界には、なんというか……世界を上書きする力があるんだけど、この城はそれで構築されてる」

「世界を、上書きする……?」


学び始めたばかりのベルは、もちろん聞いたことがない。

まだ入り口に立ったばかりということもあるが、師匠であるシエルの方針で、堅実に、着実に身に付けていたから。


一緒に旅をしてきた中で、それを軽く聞いていたシスイは、やや迷いを見せながら慎重に疑問に答えようとしていた。


「僕たちは神秘だ。大自然の具現で、ある種この星そのものとも言える超常のもの。であれば、いずれは環境そのものにまで至るのが自明の理……そう言えるとは思わないかい?」

「まさか……」

「そのまさかさ。木々が平原を侵食するように、川が土砂で埋められるように。最上位の神秘は、世界を書き換える。

己という神秘を焼き付け、自分の色に染めてしまう。

この城は、1人の神秘が創り出した世界ということだよ。

もっとわかりやすく言うと、僕でもできないことを、この街の神秘はやっている。危険性がわかった?」


シスイより格上である。わかりやすい例えだけでなく、明確な指標まで示されて、ベルは目の前の脅威を真に理解する。

世界を書き換えるというだけでも、人知を超えたものであることは間違いないが……


生きた城の噂が事実なら『一度足を踏み入れれば、誰であれ彼女の目を逃れることはできない。一挙手一投足が把握され、血命を握られる』という部分も事実だろう。


環境そのものということは、城は神秘の本体に等しい存在とも見るべきだ。このままアリババの策略に乗るなら、血濡れの城との戦いすら覚悟しなければならない。その事実を、ベルは視覚から嫌でも事実として理解していた。


彼の瞳は、決して死んではいない。だが、言葉で学んだ以上に神秘の規模の大きさを知り、何も言えずコクコクと頷くだけになっていた。


そんな彼を流し目で見るシスイは、静かにため息をつきながら最後のチャンスを投げかける。


「それに、さ。君は見たところ、まだ暖かい世界しか見ていないように思う。道中で聞いたお師匠さんの話的にも、故郷ほどではないにしろまだ遠ざけられている」

「かもな。たまたまだとしても、最初は看取るところからで、次は眠る村。戦闘も安全な悪夢の中だけで、一度も集落に入らずあまり人にも会ってない」

「でも、この中はもうそんな世界じゃない。

この場にお師匠さんがいないからかな。

何にも取り繕われていない、生の地獄がここにはあるよ。

君は、この先に進む覚悟がある?」


シスイの口調は優しげで、たまに見せる神秘の威圧感もない。淡々と静かに、冷たい事実だけをはらんでいる。

しかしだからこそ、現実にある等身大の決断を迫られているのだと感じられた。


「……」


ゴクリと生唾を飲むベルは、再度城を仰ぎ見る。

目に意識を集めたことで、心なしか威圧的な存在感を放っていると認識できるようになった、鮮血魔城を。


彼は勇者ではない。憧れるものであったとしても、目指しているとしても、まだ決してそんな存在には届かない。


だが、仮にも同じ誰かを救う人であろうとするのなら。

そうして、一度地獄に立ち向かったのなら。


勇者と同質の重みを、彼は背負うことになる。

まだ未熟な身で、ある種の責任を負う。


「この先に進む、覚悟……」


綺羅びやかな夢を見た。等身大の悪夢を見た。

目を閉じれば今でも脳裏に蘇る。


勇者の旅路は、リチャードが歩む道は、理不尽なくらい彼に厳しくて。人こそ邪悪なのではと思えるほどに残酷で。

それでも……ひたすらに正しく、美しかった。


「もちろん、ある。たとえそれが、天を衝く神山に挑むものだったとしても、ここで逃げる訳にはいかない。

そんな魔王種がいるのなら、打ち倒すのが勇者の役目だ」


目を開いたベルは、恐れを振り払うように断言する。

瞳は炎がチラついているかのように瞬き、勇者に負けない程の輝きを秘めていた。


「君は仲間の1人に過ぎないだろうに……まぁいいよ。

進んでしないのは、存在し続けようとするのは、あくまでも神秘の本能。僕自身は、ちゃんと死を望んでいるからね。

踏み入る勇気があるのなら、その歩みを支えよう。もし心が折れても、お師匠さんの元へ戻るまでは責任を持つとも」

「だから死のうとすんなって! 誰かを救うために、生きてこの道を貫くんだ。短期間だけど、修行も付けてくれたしな。そう簡単にへばったりしねーよ、シスイ!」


さて、こうして3組目の来訪者が、吸血鬼の国に訪れることとなった。血で満ちる城塞都市――カルミンブルクは、何人(なんぴと)の到来も拒絶しない。


すべては、美味しい食事にありつくために。

禍々しい城門は、口を開くように彼らを迎え入れる。


魔道書を携えた見習いの少年と、万物の受容者たる侍は、血が垂れていると錯覚してしまう門をくぐり、遂に1つの世界へと足を踏み入れることとなる。



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