8-盗賊王が挑む城
豪快にベル達を招待したアリババは、懐から小瓶を取り出し開けると、捕らえる間もなくそのまま消える。
吹き上がる風に乗って、飛んでいったようだ。
淡白に見送っていたシスイとは違い、ベルは慌てて捕まえようとしていたが……伸ばした手は空をかくばかりだった。
勢い余って倒れ込んだ彼は、憎々しげに突風を見上げながら起き上がっている。
「吸血鬼の国、ねぇ……」
例によって、ベルはそんな国は知らない。
吸血鬼なんて見たことがないし、国は2つしかないという話を、辛うじて聞いたことがあるだけだ。
しかし、ペンダントをダシに招待されてしまったからには、安易に無視するわけにもいかないだろう。
応じるにしろ拒否するにしろ、はぐれた2人の行動も含め、ちゃんと考える必要がある。場所も特徴もわからない彼は、それを判断するために話の水を向けた。
「あんたは知ってるか? シスイ」
「んー……まぁ、ね。この辺りでは有名みたいだよ。
カルミンブルク――血の女王が統べる城塞都市。曰く、彼の城は人の血を吸って築き上げられた生きた城である。一度足を踏み入れれば、誰であれ彼女の目を逃れることはできない。一挙手一投足が把握され、血命を握られる。血液タンクとして、人々が徹底的に管理されている最大規模の生産区」
「なんか、ヤバそうなとこだな……」
口ぶり的に、彼女も旅人として聞きかじった程度らしいが、その割にはやたらと具体的だ。それだけ有名で、恐れられているということだろう。
生きた城と呼ばれる城塞都市で、女王の目からは逃れられず血命を握られる。実情がどうあれ、このように伝わるだけの理由はあるのだから、危険な場所であることは間違いない。
最初は何とも思ってない様子だったベルも、やや顔色を悪くしていた。とはいえ、旅に出た時点で危険など承知の上だ。
すぐに切り替えると、ポジティブに考えている。
「でも、それだけ有名な場所だったら、師匠たちと行き違いになることもなさそうだ」
「えぇ? 君行くつもりなのかい?」
ポジティブに、考えていたのだが……
どうやら、シスイには行く気がないらしい。
少なくとも、自ら進んでは。
大切な物を奪われているのだから、取り返しに行こうとなるのが普通の反応だろう。危険を理解しているとしても、多少は悔しいという気持ちが芽生えるはずだ。
それなのに、未練は欠片も感じられないし、なぜか彼女の方が『何を言っているのあなたは……?』という顔をしている。
意表を突かれたベルは、あんぐりと口を開けてあ然としていた。
「はぁ? あんた行かないつもりなのかよ。刀は?」
「いやぁ。そりゃ困るは困るけど、なければないで別に……
そのうちどっかで買えればいいかなって」
「こだわりなさすぎだろ」
おまけに、冷静にリスクを避けて……などというちゃんとした理由ではなく、単に面倒そうだから行きたくないようだ。
これにはベルも呆れるしかない。
がっくりと肩を落とし、ため息をついている。
だが、望みは得てして叶わないものだ。
彼は呆れて終わりにはせず、彼女の意思に関わらず一度だけ強制できる言葉を、強気に紡ぐ。
「でも、あんたに拒否権はないだろ。誓いを果たせなかった代わりに、埋め合わせしてくれるって言ったもんな?」
「そぅなんだよねぇ。厄介なことになったよ」
「じゃあ、手を貸してくれるんだな?」
「はいはい。無刀の侍が必要だと言うのなら、僕はでき得る限りのことをするさ。まぁ、無力だけどね」
リチャードほどではないものの、やはり物事に無断着だったシスイは、嫌がっていたとは思えないくらい簡単に承諾する。
シリアスな場面では苛立ちを生むが、こういう時は便利だ。
心強い仲間を得たベルは、自信に満ちた表情で歩き始めた。
「間違いなく、オレよりはつえーよ。何考えてるか知らねーけど……あいつの企み、ぶっ壊すぞシスイ」
「御ー意。ふふ、吸血女王のテリトリーか。
僕もそこでなら死ねるかな」
「縁起でもねぇこと言うなよ!!
ったく、こいつのどこが消極的自殺者なんだ……」
「ところで、随分と自信満々に歩き始めたけれど、カルミンブルクの場所は知ってるのかい?」
「……え」
――目的地の方角も知らずに。数分も経たず立ち止まることになったベルは、気まずそうな顔をしながら後ろの侍に先頭を譲る。
「あんた、噂とか聞いてたんだろ? 案内頼む」
「いいとも。いざ、清々しいほどの死を探して。
危険な気配を辿っていれば、いつか巡り合うよ」
「知らねーのな。了解、聞き込みしよう」
付き合いは短いはずだが、もうシスイの性格にも慣れたものだ。ベルは目元を引くつかせるも、口には出さずにさっさと方針を打ち出し歩き出す。
「ところで、神秘ってことはあんた勇者なのか?」
「バカ言わないでくれないかい? 救世の意志あってこその勇者だよ? どう見ても柄じゃないじゃないか」
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「くっ、まさか逃げられちゃうなんて……」
ベル達がアリババを助ける少し前。
実力では上回っていたはずなのに、終始翻弄されてしまっていたシエル達は、埃まみれの状態で川を睨んでいた。
視線の先には、もうとっくにアリババの姿はない。
何をするにしても、圧倒的に遅すぎだった。
ペンダントが手の届かない場所に行ったことで、既に冷静さを取り戻しているのだろう。水を操り、ぐちゃぐちゃだった髪や汚れた服を綺麗にした彼女は、それらを風になびかせながら、まだフリーズしている少年を見やる。
「はぁ。今からじゃ、ベルくんもすぐには見つけられないだろうね。間違いなく盗賊王に先を越される。
吸血鬼の国、か……どうする? リチャード」
「……? 何のことだ?」
「っ……!!」
声をかけられ、再起動したリチャードの第一声は、ゾッとするほどの無理解だった。微かに怪訝そうな色が見えるため、どうやら本気で忘れているらしい。
シエルは一瞬で表情を苦悶に歪めると、目を伏せて低い声でつぶやく。
「そう……君はベルくんごと、すべて切り捨てることを選ぶのね」
誰にともなく漏らした声は、騒がしい川の激流に呑まれて消える。しかし、意思は決してかき消されない。すぐにキッと目線を上げると、有無を言わせぬ口調で言い放つ。
「行くよ、リチャード。助けを求めてる人物がいる」
「助け……そうか。わかった」
助けがいるという言葉さえあれば、リチャードに理解など必要ない。勇者はただ、誰かを助けるために。
今日もその足を魔王の元へと向ける。
悲運の星の下に生まれました。悲惨な運命に翻弄されてきました。きっと、特別な子だったのでしょう。
でも、こうして同じ世界に生まれたのだから。
どんなに恨まれていても、望まれていないとしても、平等に幸せを求める資格があるはずです。
だから……認めない。延々と苦しみ続ける旅路なんて。
許さない。何も感じられない状態になってまでする、善行なんて。認めない。認めない、認めない認めない。
あたしは、勇者に笑顔を作ってほしいんじゃない。
あの子自身に、心から笑っていてほしいんだ。
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さて、こうしてベルとリチャード達が、それぞれ別のルートでカルミンブルクへと向かうことを決めていた頃。
その元凶となったアリババは、いち早く目的地に辿り着いて待ち受けられるよう、全力で行路を辿る。
道中、たまたま出くわしたアルゲンギルドの者からギルドカードを盗み、同じように引き込みながら。
深夜。城塞都市――カルミンブルクへと、忍び込んでいた。
そうして、多くの者を手のひらの上で転がし、つつがなくすべての準備を終えた彼は、今……
血に塗れた城門を抜けた先で、死にかけていた。
「ぐっ……察知すんのが早すぎしませんかねぇ?
どんだけ俺にご執心なんだ、テメェらの女王様はよぉ!!」
腹から血を流して倒れる彼の目の前には、2つの影。
動きやすそうなドレスを着たモノと、スーツらしき服を着たモノが立っていた。
アリババを見下すそれらは、ほんの数歩先にいるのにまるで姿が捉えられない。影しか見せずに仁王立ちし、目だけを青・黄に輝かせて冷たい言葉を投げかける。
「ごしゅー、しん? ……いいえ、あの方はお前如きに興味はないわ。ごしゅうしんと言っても、ご就寝ですもの」
「アハハッ。そう、興味はない。けれど、どんな愚図でも、眠りを妨げるくらいのことはできるから。
あとは精々、肥やした腹から血を撒くぐらい? フフッ」
それらの目は、欠片もアリババを見ていない。
アリババという存在を、人間を、意識に入れていない。
道端の肉を退かすように、無感情にゴミの処分をしていた。
「あぁ……あなたの顔は、抜け殻みたいに青白い」
「安心して? どんな血脈も値をあげる」
「こんの、化け物どもがッ……!!」
アリババの罵倒をかき消すように。この世界を塗り替えてしまうように。彼だった人影の周囲には、無言の赤が満ちる。
愚かな愚かな盗賊王は、もはや汚い都市のシミだ。
それでも……きっと彼はこんな呪いを叫ぶだろう。
「テメェらなんざ、ぶっ殺してやる」と。
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アリババの叫びを皮切りに、各地から英雄は集う。
付近のギルドで最強の魔術師と、巨悪が跋扈する世界で人々を繋げる大商人。
勇者に憧れる見習いに、すべてを受け入れる侍。
そして、世界を救えるだけの力を秘めた勇者と、学院の首席である識者。
彼らが目指すは鮮血魔城。
血で血を洗う闘争の幕が、今上がる。
本当なら、章を書き終わってから投稿するつもりだったんですけど、幕間どころかほぼ1つの章になった上、やたらと煽るラストになったので定期的に投稿しようと思います
週1では出せるかな……?




