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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
幕間-その名はアリババ

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35/75

6-溺れる者の隣には

「ボゴボゴ……!!」


荒れ狂う川に落ちたベルは、溺れ、沈む。

四方八方にかき混ぜられるような激流の中では、いくら藻掻いても苦しみから逃れることはできない。


むしろ、暴れれば暴れるほどに体は水に絡め取られ、底へと引きずり込まれていた。手足を引きちぎりんばかりのうねりに全方向からの水圧、さらには一切の呼吸までもが封じられ、彼は次第に意識を朦朧とさせていき……


「ぷはっ……!! ごほっ、ごほっ……」

「……ふぅ」


だからこそ、運良く水上に浮かび上がることができた。

髪を張り付け、額を垂れていく水滴が、涙のように光る。

飲んでしまった水が、むせた口から飛び出す。


ゼェゼェと喘ぐ満身創痍の少年は、すっかり全身の力が抜けて無抵抗に流されていた。このままいけば、きっと何も問題が起きない限り溺水することはないだろう。


しかし、シエル達は手が届かないのだから。

本当は望んでいないにしろ、この状態を維持するならば決して助かりはしない。依然として、状況は最悪だ。


「大丈夫かい、少年?」

「げほっ、げほっ……!?」


隣を見ると、そこにはベルと同じように溺れている人物の姿があった。水面にプカプカと浮かび、だがその割には涼しい顔をしている女性の姿が。


この状況で隣に人がいるなど……ましてや澄まし顔で声をかけてくるなど、誰が予想できようか。

突然声をかけられたことで、彼は思わず咳き込んでしまう。


咳はすぐに落ち着くが、もちろん返事などできやしない。

目を白黒させ、信じられないものを見るような目で、なぜか不思議そうにしている女性を見つめている。


「うん? どうかしたのかい?」

「あんたがどうしたんだ!? ……え、幻覚!?」


息を呑むほど綺麗な仕草で首を傾げられ、ベルは混乱を押し退けて叫ぶ。言葉は取り戻せたが、女性のあまりの落ち着きように、とうとう現実なのかを疑い始めていた。


対照的に、彼女は何を誇るところがあるのか、ドヤ顔をしている。すべてにおいて、意味不明だ。


「落ち着きなよ少年。僕は幻覚なんかじゃない。

正真正銘、入水自殺中のお姉さんさ」

「いや落ち着いていられるかぁ!! 溺れてんじゃねぇのかよ!?

自殺中!? 溺れて苦しんでるやつの真横で!?」


胸を張って答える女性に、ベルは全力でツッコむ。

それこそ、肺にたまった水をすべて吐き出す勢いで。

繰り返し大声を浴びる彼女は、溺れていても澄まし顔だったというのに、ここにきてしかめっ面をしていた。


「騒がしいなぁ。ちょっと自殺してるからってなんだと言うんだい? 別に死ぬ訳じゃあるまいし」

「自殺したら死ぬんだよ。ふざけてんのか?」

「おや、そういえばそうだった。失敬失敬」

「お前……」

「ごめんよ。馬鹿にしているつもりはないんだ。あまりにも遠いものになってしまって、つい失念していただけで」


意図的ではないにしろ、出会ってからずっとボケ倒していた女性は、打って変わって神妙な面持ちになる。

若干キレ始めていたベルも、その様子を見るとハッとして目を見開いていた。


「……もしかして、あんた神秘か?」

「よくわかったね。って、僕を認識してる時点で慣れてるのはわかりきってたし、驚くようなことはないけど」


神秘だと看破されても、女性は自分のペースを崩さない。

直前の真面目な態度はどこへ行ったのか、既になにも考えてなさそうなふわふわした表情になっていた。


耳聡く新しい知識の予感を聞き取ったベルは、興味津々に目を輝かせている。


「どういう意味?」

「え?」

「神秘って認識できねぇの?」

「あぁ……神秘はごく自然なものだからね。普通にしてると、ただの人には認識されにくかったりするんだよ。

されにくいだけだし、災害じみたことしてればそんなこともない。知っていなくてもほとんど問題ないことだけどね」

「そ、そんな特性もあったのか……!!」


慣れていると感じたと言うのだから、まさか彼が知らないとは思っていなかったのだろう。

唐突な疑問に少し困惑していた女性は、改めて問われてようやく合点がいった様子で教えてくれる。


その話の通りなら、シエルも別に重要じゃないと考えたからこそ、わざわざ教えなかったのだろうが……

必要がなかろうと、新しい知識に変わりはない。


ベルは溺れていることなど完全に頭から消し、喜びに打ち震えていた。気軽に自殺する女性も相当なものだが、彼も彼で十分変わり者だ。


いきなり、自殺どころか溺れている最中だということも眼中になくなるベルに、女性は若干引いていた。

自分の異常性を棚に上げて。


「……びっくりしているところ悪いけど、君大丈夫?

このまま浮いててもいずれ力尽きるし、助かる方法を考えた方がいいと思うんだけど」

「たしかに! よし、あんた助けてくれ」

「わぁ、清々しい。でも残念。一応僕、自殺中なんだよね」

「それ本気で言ってたのかよ!?」


同じ神秘であるリチャードを参考にしてか、真っ先に女性へ助けを求めるベルだったが、すげなく笑顔で断られる。

言葉と表情が一致していないものの、なんにせよ取り付く島もない。


とはいえ、現状他に助かる方法がないのも事実だ。

そんなこと、わかりきっていたはずなのに、なぜ女性は助言なんてしたのか……彼らはその後しばらく、『生きる』『生きない』の口論をしながら揉み合うことになる。




「ふぅ〜……また、死ねなかった」


結局、ベルを助けて陸に上がった女性は、片ひざを立てて岸辺に座り、名残惜しそうに川を見つめていた。

セリフは穏やかではないが、その姿は儚げで非常に絵になるものだ。


水から出て初めてわかったことだが、どうやら彼女はかなり特殊な地域の出身らしい。服さえ見れば一目でわかるほど、明らかに違う。彼女の服は、よく見るものとはかけ離れているものなのだ。


まず、ボタンやファスナーの類が一切使われていない。

1枚の布を織り込んだような作りで、上下の区切りが分かりにくいため、全体的に柄があっても自然に思えた。


おまけに、帯で締めたりといったまとめ方をしているので、レースの類などなくとも、全体的にヒラヒラとした優雅さがある。一言で言えば、雅というやつだ。


つまり、彼女が着ているのは和服というものである。

腰には刀も差しているため、おそらく侍なのだろう。


優美な武具に、水に濡れてなお調和している服。

髪と同じように張り付いていたり、袂などが枝垂れていたりする様は、一層美しさを引き立てていた。


「お前……生きたくても生きられない人だっているのに、まだそんなこと言うのか」


仰向けに倒れていたベルは、彼女の言葉に反応してすぐさま起き上がる。溺れている最中でも揉めたのだから、陸に上がればさらに白熱するのも当然だ。


その生き様自体が、下手すると危うかった状況下で。

どちらも死に近くなっているからこそ、彼らは生を語る。


「"生きたくても生きられない人"を引き合いに出すのなら、"死にたいのに死ねない人"も考慮してほしいね。

だって、僕のような神秘は本当に死ねないんだから」

「あんたらみたいに特別なやつで比較するなよ。

普通の人は、あんたらほど長くは生きられない」

「それを言うなら、"普通の人"はすぐに死んでしまわない。

"普通"という言葉が嫌なら、"本来"ならと言おうか?

人は本来、100年近くは生きられる。生きたくても生きられない人は例外だ。本来なら、生きられた人。本来なら、死ねた人。さて、これらの違いはなんだろう?」

「……」

「どちらも比べられるものじゃない。たとえ善悪が決まっていても、どちらも否定していいものじゃないんだ。だって、その苦しみは他人が代弁できるものじゃないんだから。

そう思わないかい?」


何度も食ってかかられた女性は、うんざりした様子でため息をつきながらも、のらりくらりと言葉を紡ぐ。

普通ではないからこそ、普通ではない存在がいる時代だからこその向き合い方に、ベルも難しい顔で黙り込んでいた。


川では彼が言い負かせたから、こうして2人共生きている訳だが……どうやら今回は彼女の勝ちだ。

勝ちだと、思った瞬間。


「と、このように。善悪はっきりしていたって、最終的には個々の好悪でしかない。議論するだけ時間の無駄だよ」


パチン、と気持ちよく手を打ち鳴らし、女性は討論の舞台をひっくり返す。黙って考え込んでいたベルは、驚いて顔を上げていた。


「君は、生きられない人でも死ねない人でもないんだから。

害がある時、止めるべき状況の時だけ糾弾しなよ。

僕だって、希死念慮を正しいだなんて思ってないからね。

否定ではなく批判されるべき時なら、受け入れるとも」

「……そう、だな。さっきのは、余計なお世話だった。

目の前にそういう人がいる訳でもなかったし」


なんだかんだ、結論を曖昧にするような締めに、ベルは釈然としない様子ながらも素直に頷く。どうあれ偽善でも、無駄に行動的で時として害をなす選択だったと、心なしかシュンとしていた。


そうして、落ち込んでいたからだろう。

スッキリして爽やかな顔で川面を見つめていた女性は、肩をすくめて呆れた調子で言葉を続ける。


「はぁ、ヤダヤダ。なーんで子どもとのお喋りでまで、こんなめんどくさい話をしなくちゃなんないんだろう。

学びになる話だとしても、昔話くらいがちょうどいいよ」

「子どもだって、いつかは大人になるぞ」

「いつか大人になった時は、君が新しく生まれた子ども達に語り聞かせればいいんじゃないかい? そうして命は巡っていくものなんだから、今は頭空っぽで楽しいお話をしよう」


ややムッとして言い返すベルだったが、こうもしれっと答えられては何も言えない。これこそ好みだということもあり、消化不良ながらも渋々彼女の隣に腰を下ろした。


「仕方ないな……なんの話をしてくれるんだ?

てか、まだ自己紹介してないな。オレ、ベル。あんたは?」

「僕はシスイだよ。よろしく。さて、これからお話するのは……川の上からどんぶらこ?」

「なんで疑問形なんだよ」

「いや、昔話じゃなくって。

よくわからないけど、実際に何か流れてきているんだよね」

「は?」


女性――シスイの視線を追うと、そこにはたしかに、激流に流されている人らしき影が見えた。

しかし、自分で見つけて伝えたくせに、彼女はあまり興味がなさそうだ。


たまたま目に入ったから、適当に話題に出しただけなのだろう。何事もなかったかのように昔話を始めようとしていた。


溺れている人がいるのに、澄まし顔でのんびりと話す。

彼女の言動は、相変わらず状況との落差がすごい。

まだ慣れずにあ然とするベルは、慌てて立ち上がるとシスイに掴みかかっていく。


「いやいや、何普通に話し始めようとしてんの!?

オレじゃ無理なんだから、あんたあの人助けてくれよ!?」

「えぇ……? 自分は危険を冒さないからって、好きに言ってくれるよね、まったく……」

「あんた神秘なんだから危なくねーだろ」


肩を掴まれ、ガクガクと頭を揺さぶられるシスイは、気が進まない様子を見せるも、反論できずに川に飛び込んだ。


水を蹴るように泳ぐ姿は、まるで魚のよう。

あっという間にその人物を捕まえると、ものの数秒で岸へと舞い戻ってくる。神秘なだけあって、異常な救出速度だ。


だが、驚くのはそれだけではない。自力ではないとはいえ、人を助けられたことにホッと一息ついたのもつかの間。


服から水を滴らせている2人を迎えたベルの目には、この場に現れるとは思ってもみなかった者が映っていた。


「はぁ……!? こいつ、盗賊王!?」


ほんの数十分ほど前に被害を受けたベルが、見間違える訳もない。目の前にいたのは、紛れもなく彼を川に突き落とした犯人であり、今も何らかの目的のためシエル達と対峙していると思われていた大悪党。


早くも負けたのか、無様にもベルと同じように川で溺れていた盗賊王――アリババ・アデルバッドだ。



正直、和服の構造なんてわからんので変な描写でも勘弁してください。なんなら、アドバイスをお願いします

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