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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
幕間-その名はアリババ

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34/75

5-彼は盗人

誰の目から見ても明らかな諍い。それはつまり、リチャードでもわかるほど、勇者が助けるべき事件ということだ。


シエルの怒号を聞いた彼は、次の瞬間。

既に剣を抜いた状態で、盗賊王の背後に迫る。


「お前、なんだ?」

「ドーモ、勇者くん。俺は盗賊王だ、ヨロシク」


意識の外から斬りつけられた盗賊王だったが、なおも顔には薄ら笑いを浮かべたままだ。予測していた様子で無理なく体を曲げると、挑発的に自己紹介をする。


奇襲に失敗したリチャードは、もちろん自己紹介など返しはしない。微かに首を傾げてから、無言でジーッと彼を見つめていた。


「……」


一連の攻防だけを見た場合、もしかすると簡単そうに見えるかもしれない。だが、神秘だというリチャードは、これまで能力らしい能力を見せていない。


厄介な能力だと評していた子猿にも、あの悪夢を作り出していたナイトメアにも、その身1つで勝っているのだ。

それはつまり、能力などなくても同じ神秘を圧倒できる実力がある。もしくは、身体能力に関する能力だということ。


本来ならば、ただリチャードの攻撃を避けるだけでも、十分に誇れることだった。それなのに、スレスレのところだったとしても、他2人の魔術も込みで避けている。


実質、3人がかりでも捉えられていない。

これはもはや、常軌を逸していると言えるだろう。


初見のベルはあんぐりと口を開け固まり、悪名だけは知っていたシエルも、信じられないといった顔で無駄撃ちをやめてしまっていた。


例外はリチャードだ。唯一彼だけは、すぐ復帰すると抑揚のない声で事務的に動いている。


「盗賊……排除してほしいと頼まれる類の輩だな。処理する」

「うっひょー、噂に違わぬ化け物っぷりだなぁ」


勇者に敵認定を受ける。それは多くの者にとって、死の宣告にも等しい絶望的な出来事だ。

しかし盗賊王は、なぜか興奮していて嬉しそうだった。


とてもついさっき助けられた人物とは思えない。

たとえ助けられていなくても、意味不明すぎる言動だ。


「助けなければよかった、なーんて言わねぇのか?」

「必要なら助ける。必要ないならば助けない。それだけだ。

俺にとっては、敵も味方も関係ない」

「くくくっ、関係ないと来たか!

はぁー……これじゃあ不気味がられるのも無理ねぇよ、お前」

「あなたに何が‥!?」


意味不明、だったのだが……答え合わせはすぐに行われる。

激昂したシエルが言葉に詰まるほど、戦況を左右する衝撃として。


「お前、それ……」

「お、珍しく動揺してんな? そりゃそうか。俺が盗んだのは、対象が心の奥底で大事にしてた物なんだからよ。

自覚は……はは、なかったみたいだな?」


心なしか顔色が悪くなるリチャードの目の前で、金色のチェーンに繋がれたペンダントが揺れる。


どうやら、いつの間にか彼も盗まれていたようだ。

それが切り札になるとわかっていたからこそ、盗賊王も余裕を崩さなかったのだろう。


リチャードは普段とはまた違った無表情を見せ、シエルは目だけで射殺さんばかりの怒気を放っていた。


「あなた、それが何だかわかって盗んでいるの……?」

「お前らにとって、大事な物。ペアルックか、これ?」

「そんな軽いものなはず、ないでしょう……!? それは決して……決してッ、軽い気持ちで触れていいものではないわ!!」


即死してもおかしくない攻撃に殺意など、多くのストレス源に曝されても笑い続けた盗賊王だ。ブチギレているシエルを見ても、当然態度を改めることはない。


リチャードが活動を止め、ベルが萎縮している中。

彼は並列展開される数多の魔術を前に、凶暴な笑みを浮かべていた。


「そうそう! こういう力が必要だったんだ!

勇者くんはもっと強ぇんだろ?」


シエルが発動したのは、多くが長杖による基礎魔術だ。

いつもなら1本だけの杖が、円を描くように彼女の周囲に何本も突き立って、炎や雷を発生させている。


次に多いのは、手軽に使えるルーン魔術。

砕かれて投げられるルーン石は、それぞれが宿す魔術を元に様々な形状に変えられ、降り注ぐ。


さらに、空中には魔力で構築したと思われる、巨大な星空の図が描かれていた。今は昼なので本物の星座は見えないが、明らかに位置が調整され、運勢を作られている。


しかし、実技はそこまでと言っていただけあって、その負担はかなりのものらしい。両目からは血の涙が流れているし、服や皮膚も所々が破れて散り散りだ。


「あなたなんかを、あの子には近付かせない!!」


それでも、リチャードが旅の目的であると断言するシエルは、魔術の発動を止めない。

地上では杖から放たれる魔術が吹き荒び、上空からは遊撃するルーン魔術が雨のように盗賊王を狙っている。


これまで一度も反撃していない彼は、今回もただ逃げ回るだけなのだろう。その姿は土煙に隠れており、よく通る声のみが辺りに響いていた。


「あぁ。いくら思考停止状態になってても、あんたが守ってちゃ手ぇ出せる訳ねぇわな。ただ、そりゃ勇者くんだけだ。

酷い姉さんだなぁ。片方はほっとくなんて」

「……!?」


嘲笑うように告げられた言葉を受けて、シエルは思わず息を呑む。バッとベルがいた方を向くと、煙の隙間からは立てた指をナイフ代わりに突きつけられる少年の姿があった。


彼は魔導書を開いているが、背後から首に親指を押し込まれているため、相打ち覚悟でなければ抵抗できないだろう。


もちろん、2つのペンダントも反対側の手に握られており、外からもおいそれと手は出せない。

彼女はぐっと歯を食い縛って、悔しげに見守ることになる。


「俺が見えたかい、坊主?」

「いや、え……?」

「見えなかっただろ。

彼女の魔術が、上手いこと煙幕を作ってくれてたからなぁ」

「……!!」


煙と共に流れてくる無慈悲な指摘に、シエルは心を抉られて苦しそうだ。もはや、その表情も見えないベルと盗賊王は、前後に命を握り合って言葉を交わす。


「あんだけ屁理屈並べといて、結局悪人なんじゃねぇか」

「悪だってのは認めてただろ? 世界中から――見ず知らずのお前らから糾弾されるつもりはないってだけでよ。

まぁ、責める正当性ができてよかったじゃねぇか」

「……倒れてたのは、ほんとだろ? 何が目的だよ」

「話が早いねぇ。これなら、お前の身を案じる必要はねぇな。ちと、死地に飛び込んでくれや」

「は……!?」


さっきまでの殺し合いが嘘かのように、穏やかな交渉をしていたかに見えた、その直後。

後ろにいる盗賊王の姿が見えなかったベルは、ほとんど抵抗できずに蹴り飛ばされる。


落ちていく先は、近くを流れている川だ。

それも、修行で環境を乱したからか、急に濁流のような流れになり荒れ狂っている川に……である。


岸を削り取る程の勢いなので、ベルが飲み込まれてしまったらひとたまりもなさそうだった。


だが、まだ煙は完全には晴れておらず、シエルは助けに行けない。仮に気付いても、盗賊王が邪魔をするだろう。

助けるという面に限ってはより頼りになるリチャードも、今はまともに機能していないため期待できなかった。


助かるには、溺れて炎が使えなくなってしまう前に、自力でなんとかするしかない。驚きつつも冷静さを維持するベルは、火の勢いを使って川辺に向かって飛ぶ。が……


「ぼがぁ……!?」


いつの間に仕込まれていたのか、ポケットから水が溢れ出して彼を包み込んでしまう。


火は封じられ、落下から逃れる手段はない。

勢いを殺された体は、水面に飲み込まれていった。


「ついでにくれてやるよ。さっきくすねた水のルーン石。

ま、使い捨てだからもう無価値だが」

「盗、賊王ーッ!!」

「あいつにも気を配らなかった、お前の落ち度だぜ?

人にばっか罪をなすりつけるなよ、小娘」

「っ……」


吠えるシエルに、盗賊王は冷たく言い放つ。

彼の背後で泡立つ川からは、もうベルの姿は消えていた。


「タイミングがなかったから、ここで改めて。

俺の名はアリババ・アデルバッド。

1人の人間として、あんたらの前に立つぜ。だから、さ……

ぜひ名前を教えてくれよ。ちゃあんとフルネームを、な?」


すべてを見透かしたような表情で、盗賊王――アリババは笑う。彼に盗まれたペンダントは、その胸で目を逸らしたくなるくらいの存在感で輝いていた。


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