11-始まりは常に片隅に
「っ、悪夢が消えていく……?」
ヒエロの消失を見届けたベルは、間髪入れずに消えていく夢に驚き、周囲を見回す。
先ほどの光は、消えていくヒエロが発していたものだったが、今では周りの景色すべてが輝いている。
悪夢自体が終わり、消えているようだった。
ベル自身も、輝いている周囲に影響されているようだ。
ヒエロほど眩くはないが、彼も少しずつ透明になっていく。
「魔王種、ナイトメアが倒されたようですね」
同じく消えかけているメイドは、戸惑うベルとは対照的に淡々としている。ヒエロのように悪夢のボスとして位置づけられていた訳でもないのに、もう察しているようだ。
「え、大魔王を倒したばっかなのに、いったい誰が?」
「一緒に来ている、勇者の子がいるのでしょう?」
「リチャードが? 気にする余裕なかったけど、ずっといないと思ったら1人でやってたのか……」
指摘されて思い出した様子のベルは、微妙顔をして呟く。
手を出さないと言っていたのに、結局1人で動いていたので少し不満に思っているようだ。
次はナイトメアだと思っていたはずなので、拍子抜けしたというのもあるだろう。うんうんと唸っている彼の横で、いよいよ消えかけているメイドが別れを告げる。
「さて、私達もそろそろお別れですね」
葛藤していたベルだったが、声をかけられるとすぐに状況を悟る。別れまでもう幾ばくもなく、決して抗えない。また、下手すれば二度と再会することはできないのだと。
彼は表情を改めると、限られた時間の中で言葉を選び、目の前にいる影に呼びかけた。
「うん。助けてくれてありがとう。あんたがいなかったら、絶対に勝てなかった。……今さらだけど、名前聞いていい?」
周囲はもう完全に光に包まれているため、相手の顔はおろか、自分の手すらよく見えない。
そんな中で、メイドは微笑んだ気配を漂わせながら、お辞儀をするように言葉を紡ぐ。
「私の名前はリーベレ。いずれどこかで会うことがあれば、ぜひこっそり声をかけてくださいね」
悪夢は今や、ただただ綺麗な輝きを放つ夢となった。
すべての人々は解放され、現実にて目を覚ますことだろう。
世界が発する光を受けつつ、無数の魂は昇天するかのように、次々と空に消えていく。ベルもまた、ヒエロやリーベレの言葉を胸に刻みながら、空を見上げていた。
――その、背後に。
周囲の眩い景色とは、すべてが真逆の空間があった。
真っ黒くて、温かみなど欠片もなく、赤い液体が溢れ出しているその丸い場所に、空を見上げるベルは気が付かない。
「……」
中に入ってみると、そこにあったのは堅固な牢獄だ。
頑丈な扉に閉じられた、洞窟のような粗末な牢獄。
中には当然ベッドなどなく、机や椅子などもない。
それどころか、トイレの1つも存在していなかった。
中にあるのは、岩壁に張り付けるように罪人を縛る鎖だけ。
そして、張り付けにされている人物だけである。
「……」
悪魔の子は喋らない。呪われた子は許されない。
まだ10歳程度の幼い彼は、無感情に。無数の槍や剣を全身に突き立てられ、無言で張り付けられていた。
「……」
その目は虚ろで、ぼんやりと地面に向けられたレンズには、何も映されてはいない。しかし何を思ったのか、彼は気紛れに天井を見る。
そこには、小さく散りばめられた鉱石や微かな光を放つコケが、弱々しく輝いていた。牢獄内は暗いため、その様はまるで星空のようで。数少ない、彼に与えられた安らぎだった。
「……」
夜空を見ていた。いつもいつも、変わらない星空を。
どれだけの拷問で血を流しても、一方的な蹂躙が起こっても。
「……」
張り付けにされた少年――リチャードは、うめきの声1つすら漏らさず、ただひたすらに、唯一暗闇で輝く光を――
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「ん……」
「あ、ベルくん起きた? おはよう」
目覚めたベルが微かに声を漏らし、体を起こすと、すぐそばにいたシエルが優しく微笑みかけてくる。
周囲は暗いため、どうやら今は夜のようだ。
焚き火が明るく輝き、ベルたちと、彼らから少し離れた場所に立っているリチャードを照らしていた。
「オレ、寝てたんだっけ?」
「うん、あの村を助けるために。うなされていたけど……目が覚めたってことは、悪夢は無事に解決できたのかな」
「悪夢は……うん、悪夢はクリアしたよ」
段々と意識がはっきりとしてきたベルは、やや言い淀んだ後に首を縦に振る。軽く泳いでいた目も、ジッとリチャードへと注がれていた。
シエルは詳しく聞きたそうだったが、彼は考え込んでいるのか反応を示さない。不思議な体験や貴重な実戦経験、新たな知識などを得たことで、頭が一杯になっているようだ。
「色々、教えてもらいたいこともあるんだ。
今度は教えてもらえる?」
「うん、いいよ。実戦でも問題なくできたのなら、これから新しいことも少しずつ知っていこう」
シエルの了承を得たベルは、満足そうに笑って再度横になる。修行はいつも、旅の中で行われていた。
それに習うなら、授業も明日からになるだろう。
寝転がった彼の視界には、綺麗な星空が広がっていた。
(沢山の魔物と戦った。村にいた時よりも、たくさんの魔物と。周りからの期待は強くて、責任も重くて。
怖かった。恐ろしかった。だけど……)
夜空を見ていた。いつもいつも、変わらない星空を。
地上でどれだけ血みどろの戦いが起こっても、一方的な蹂躙が起こっても。ただひたすらに、唯一暗闇で輝く光を――
(この空は、変わらないな。村の人が食料としてさらわれていたあの頃と同じで、手が届かない場所で輝いてる。
何者にもけがされない、希望みたいに)
彼らはいつの時代も、みなその光を見続けていた。
――2幕、完




