7-偉業の象徴
悪夢の世界にいるだけあって、一瞬で魔王城の前に連れてこられたベルだったが、今さら臆すことはない。
何十メートルもありそうな建物を見上げ、確認だけすると、さっさと門をくぐって中に入っていってしまう。
いつの間にか案内役になっていたメイドも、まだ役割があるのか変わらず後から付いてきていた。
形としては手助けしてくれた人だが……敵に生み出されているのだから、まず間違いなく操作や指示を受けた結果だ。
わざわざ付いてくるなど、怪しすぎる。
だが、彼は必要以上に警戒することはなく、問い詰めて確認することもなく、まっすぐ城の最奥に向かっていた。
「……」
大魔王の居場所は無意識に刷り込まれていたのか、単に道や部屋が移動した結果なのか。しばらくすると、拍子抜けするくらい簡単に立派な扉の前に辿り着く。
ひときわ豪華なので、どう考えても大魔王の待つ場所だ。
後ろを見てもメイドは何も言わないため、彼はそのまま扉を開いて中に入る。
すると、中からはゾッとするほどに禍々しく、重いオーラが溢れ出してきて……
「……よくぞ来たなァ、愚かなる勇者よ!」
思わず膝をついてしまう彼の前に、頬杖をつきながら、物々しい玉座で足を組んでいる大魔王が姿を見せた。
「お前が、大魔王……ナイトメアなのか?」
懸命に視線を上げる先にいる大魔王は、豪奢なマントを羽織り、王冠を頭に被っている。細身ながら、まさに王者といった雰囲気だ。
だが、あまりにも堂々とした威厳のある姿は、悪夢を見せるという、はっきりと言ってしまえば陰湿な能力で戦うタイプにはとても見えない。
真紅に染まった瞳は明るく好戦的で、表情も自信に満ち溢れた雄々しいもの。声なんて、世界に自分の存在を知らしめるかのようによく通り、高く響き渡っていた。
唯一、陰を感じるのは、獅子の鬣のように長くボサッとした髪で片目を隠しているという部分だけだ。
それすらも、若々しいながらも数多の死線をくぐり抜けた、歴戦の猛者だと感じさせる一因になっている。
「ナイトメア? 違う、俺様はあんな日陰者じゃない。
俺様は一国の主である大魔王ヒエロ様だ」
「大魔王、ヒエロ……!?」
どうやら、本当に魔王種ナイトメアではないようだ。
ベルに問いかけられた大魔王――ヒエロは、自らを国王と称して名乗りを上げる。
その瞬間には、右手に持った杖を打ち鳴らしながらひときわ瞳を輝かせており、相当な威厳とプライドを感じさせた。
だが、リチャードの言葉に従って悪夢を攻略しようとしていた彼からすると、それどころではない。
あまりにも予想外の展開に、与えられているプレッシャーも忘れた様子で考え込んでいた。
(どういうことだ、ナイトメアじゃない……?
魔王を倒すまでが勇者の悪夢なら、それをクリアしてやっと夢の主に辿り着けるってことなのか?)
「おいおい、君に考えごとしてる余裕なんてあるのかい?
君の目の前にいるのは、この世全てを識る大魔王――ヒエロ様だぜ?」
「っ!!」
ベルがヒエロの声に顔を上げると、その瞬間、なぜか右上の空間が歪み出す。壁までは巻き込んでいないようだが、空気は景色が歪むほど捻れて彼を押し潰そうとしていた。
意識を引き戻されたことで、なんとかそれに気がつけたベルは、脇目も振らずに飛び退いている。
「どわーっ!? 何が起こってるんだー!?」
転がるように避けたベルの視線の先で、広間の床が歪んだ空気によって抉られる。先程は異常を見て反射的に避けただけだろうが、直感に従って正解だ。
この事象を引き起こしたと思われるヒエロは、振り抜いていた杖で床を叩きながら楽しそうに笑う。
「アッハハハ! いい反応するなぁ。仮にも勇者としてこの場に現れたなら、少しは俺様を楽しませろよ?」
「オレは大道芸人じゃねーぞ!!」
「訪問者という点は、変わらないだろう?」
さっきの攻撃はギリギリ避けられたベルだが、広間に入った時から、威圧感に当てられてずっと低い体勢だ。
口では強気なセリフを言っているものの、戦闘をする上では不利と言わざるを得ない。
しかし、相対するヒエロは遊び気分でしかなかっため、逆に容赦がなかった。頬杖をついたまま、トントン……と再び杖を打ち鳴らすと、周囲には瞬く間に数十もの魔法陣が作り出される。
それらが浮かび上がる場所は地上に限らず、何もないはずの虚空にも存在していた。グルっと囲まれてしまったベルは、顔を青くして絶望顔だ。
「待て待て待て待て……」
「さて、君はどこまでやれるかな」
「なんだよその知らない魔術ーっ!?」
ここにいるのは、夢の中限定だとしても勇者と魔王。
彼の静止など通用するはずもなく、無数の魔術は発動する。
ドーム状に形成され、ベルを追い詰めている魔法陣からは、炎や風、水などが天災のように吹き荒んでいた。
今回は空気の歪みとは違って、逃げ場がない。
土煙が薄れていく中、爆心地にはボロボロの人影が倒れている。
「なんだ、まだ教わってない?
だけど、俺様は待ってあげたりなんかしないぜ。
より強大な敵を打ち倒してこその偉業だろ?」
「……カフッ……」
「ありゃ、もう終わっちゃった?」
ゆっくりと土煙が消えた時、現れたのは見るも無残なベルの姿だった。手足はほとんどが千切れかけで、胴体も裂かれたり穴が空いたりしている。
まともな戦いにすらならないまま、戦闘不能だ。
「うーん、これは流石に予想外だ。夢の中からしか知らないけど、思った以上に修行を始めたばかりだったのか。
はぁ……最近の勇者ってのは、未熟者しかいやしないな」
「ッ……!! ちょっと、待てよお前……」
満身創痍で倒れていたベルだったが、期待外れだ、といった態度の言葉に、血を吐きながらも声を荒げる。
体はもう限界だが、精神力でなんとか持ち直したようだ。
あまりの呆気なさに呆然としていたヒエロも、これには嬉しそうに目を細め、優雅に足を組み替えながら続きを促す。
「ほほう? 反論があるのなら聞くぜ」
ベルはたしかにボロボロだ。1人では起き上がることもできず、ずっと入り口にいたメイドに助けられてようやく立ち上がっている。
だが、そんな状態でも決して投げ出しはしない。
もう、魔王の威圧感に屈したりはしない。
善良さを、勇者の光を、あの道のりを、どうしても譲れない彼は、お守りのようにルーン石を取り出しながら、まっすぐ前を向いて想いを叩きつける。
「オレはさ、たしかに少し前に旅を始めて、魔術を教わったよ。けどさ、あいつは……本物の勇者であるリチャードはさ、こっちが苦しくなるくらいに勇者じゃねぇか」
「苦しくなる時点で、勇者としてどうなんだよ?
人類の光となり、希望を与える存在が勇者だろ?
自らが苦痛を振りまき、拠り所にもなれてないなら、役目を果たせてるとは言えねぇよ」
「それでも……!! この悪夢で辿った道が、あいつの道から作られたものなら、否定しちゃいけないやつだ」
輝きを増していくルーン石を握り締めながら、ベルは叫ぶ。
人々を勇気づけられないのは事実で、まだまだ向上の余地があるとしても……
「たしかにとっつきにくいし、どうかと思う部分ばっかりだけど……そうまでして、あいつは勇者なんだ!! それでもなお、あいつは勇者なんだ!! 誰かを助ける者として、あいつは完璧で、最高以外の何物でもない。
そんな道を進み続けられる人が立派な勇者じゃなくて、誰が勇者を名乗れるってんだ!!」
リチャードはそれを補っても余りあるほどに、頼りになる、素晴らしい勇者なのだと。
その意思を反映しているかのように、ルーン石は指の隙間から凄まじい光を放つ。ヒエロの言葉を跳ね返すように、重い圧迫感を書き換えるように。
直後、ルーン石は彼の意思を守るように砕け散り、破片に包まれた体は一瞬で完治していた。
「それが、未熟の答えになってるとでも?」
「最高の勇者が、答えになんないのかよ」
強い意志を持ったベルは、もうヒエロに圧倒されない。
睨む勇者と笑う魔王。2人の傑物は、ついに対等の立場で激突する。




