3-悪夢を知る
安全圏だった森は解け、2人はくるくると景色が変わる混沌とした悪夢の中に戻される。
山の中、村の中、川の中、街の中、空の中、城の中。
実際の状態はともかく、不安定な世界に放り出された彼らにとっては高所から落ちているのとほぼ同義だ。
ぐにゃぐにゃと歪む視界に、不快で妙な浮遊感まで味わわされ、ベルは堪らず悲鳴をあげていた。対して、リチャードはもちろん無反応。夢の中では何が起こるかわからないというのに、興味なさげに虚空を見つめている。
「うわぁぁぁぁ……ぐぇ!?」
「……」
段々と揺らぎが弱まっていく悪夢の渦中で。
最終的に彼らは、最初の城の中――王様と思しき壮齢の男性の前に立っていた。
いや、正確に言えば立っていられたのはリチャードだけで、ベルはうつ伏せになって潰れていたのだが……
ともかくとして、彼らは王の前に現れていた。
「おいガキ。さっさと起きろ」
「オレはベルだ……って、そんなことはどうでもよくて。
ここはどこだ? 戻ったならまた襲われるのか?」
「見ての通り、王の前だろうな。襲撃はまだない」
揺れ動く悪夢に酔っていた様子のベルは、注意されながらもちゃんと気持ちを落ち着けてから起き上がる。
王を前に挨拶もしないなど、下手したら打ち首ものだが……
どうやらこの夢の中心は彼らしく、それまでは王にも周りの家臣たちにも動きはなかった。
少し経って、彼がようやくゆっくりと目を開いてから、王冠を被っている威厳ある王様たちは動き出す。
『よく来たな、勇者よ』
「……へ?」
『へとはなんだ、へとは。国王様を前に無礼であるぞ!』
『貴様、もう少し勇者らしく振る舞えんのか!』
王の言葉を受け、ベルが素っ頓狂な声を出すと、周囲の家臣たちは口々にそれを責め立てる。
リチャードのことは眼中にないのか、無言で突っ立っていても何も言われない。
威圧的に彼らを囲んでいる厳かな大人たちは、よほど余裕がないのか、彼だけを焦った表情で睨みつけていた。
とはいえ、これは最初から夢だとわかっていることだ。
こういったことに慣れていないベルも、特に焦らず隣に立つ本物の勇者に問いかける。
「なぁ、リチャード。これは何? どういうこと?」
「……この夢では、お前が勇者ということだろう。
王に命じられて魔王討伐の旅に出る。よくある話だ」
「よくある、かぁ?」
『貴様、何を勝手に喋っておる!』
『国王様に返事をしないとは何事だ!』
「あっ、う、うん……」
起きて夢が動き出したからには、もちろん私語など許される訳もない。先程よりもさらに多くの大人が責め立て、ベルはギョッとしたように表情を強張らせた。
国王たちにとって、勇者とは一体どのような立場の存在なのか。リチャードを無視するように、子どもであるということも関係ないのか。異様なほど威圧的だ。
リチャードと合流する前は会話ができなかったが、それでも聞き流せるだけまだマシだったのだとよくわかる。
返事の仕方について、またも口々に責め立ててくる大人たちを見て、ベルはこっそりと助けを求める。
「な、なぁ……これなんて答えればいいんだ?
無礼とか言われたって、オレわかんねぇよ」
「……」
「頼むー、魔王種の単独討伐とは言ったけど、この感じだと悪夢を攻略しないとだめじゃん。
このままじゃ絶対進まねぇから助けてくれよ」
「……仕方ないな。俺の言ったことを繰り返せ。
あっているかは知らないけど、まだマシなはずだ」
「おっけー、助かる」
ベルの頼みに、珍しく嫌そうにしていたリチャードだったが、キーワードを出されると渋々了承する。
同じお願いでも、助けてと言うだけで反応が劇的に変わるのはもはや呪いの域だ。
なんにせよ、これ以上ないほど頼もしい勇者の助力は得た。
命を助けられているだけあって、その信頼はかなり高いものらしく、それだけで彼はにっこり笑いながら王に向き合う。
「失礼致しました。突然のことに驚いてしまい……
御無礼をお詫びいたします」
「失礼いたしました。突然のことに驚いてしまい……
ご無礼をお詫びいたします」
『お、おう……わかればいいのだ。我々もちと急ぎすぎた』
明らかに真似しているだけなのだが、リチャードのことなど眼中にない王宮の者たちだ。繰り返しているとも思わないのか、一変したベルの態度にただ驚いている。
家臣たちはスンッと静まり返り、もう彼に視線を集めない。
見えない道を開けるように、改めて挨拶を促すように、国王を見上げていた。
「拝謁の機会をいただき、恐悦至極にございます国王陛下」
「は、はいえつの機会をいただき、きょーえつ至極にございます国王陛下」
『うむ。よく来たな、勇者よ』
ようやくされた丁寧な挨拶に、家臣たちも国王も満足げだ。
蔑むような色を瞳に湛えながらも、薄っすらと微笑んでその言葉に応えている。
直前の威圧感もあって、ベルはかなり緊張しているようだが、リチャードは相変わらずの無表情。
彼を気にせず言葉を続け、は自然な間ができないようにしていた。
「失礼かと存じますが、質問をよろしいでしょうか」
「失礼かと存じますが……」
『うむ、許可する』
「私をお呼びになられたということは、何かしらの危機が訪れている状況であると推察致します。一体何が起こっているのか、ご教授いただけませんでしょうか」
「私をお呼びになられたということは……」
『うむ。実はな、げに恐ろしき魔王が現れたのだ。
貴様にはその討伐を命じる。当然拒否権はない。
たとえ相打ちになったとしても、あの脅威を排除せよ』
「っ……!!」
(勇者のことを、一体何だと思ってんだこのおっさん……!!)
淡々と、さも当然かのような話し方をしているが、その内容はあまりにも一方的で、意思を無視した非情なものだ。
人権すらないような言い草に、ベルは怒りのあまり頬を引きつらせていた。しかし、リチャードは何も感じていないのか、気にせず無理やり話を続けていく。
「なんと、魔王が……! 了解致しました。ご命令とあらば、この身に変えても討ち果たしてご覧に入れます」
「……なんと、魔王が……」
『うむ、頼んだぞ。その宣言通り、降りかかるすべての脅威を打ち払ってみせよ。人々を、そして世界を救うことこそが貴様の存在意義。誰も助けられぬのなら、貴様に価値はないのだから。決して、世を乱すことのないように』
最後に、より容赦のない言葉を投げかけて国王は去っていく。まるで、現時点では無価値であるかのように。
もはや、悪をのさばらせている勇者自身が、それを排除できる者自体が、危険なものであるかのように。
それを聞いたベルは、先程よりも明確に怒りを見せるが……
今度はセリフを示さなかったリチャードにより、無理やり頭を下げさせられて事なきを得ていた。
「……」
「腕尽く抑えんなよ、勇者さまこのやろー……!!」
「……」
「無視すんなよ、普通に痛いわ!!」
「そうか」
「そうかじゃねぇっ!! って、ん? 王様たちは?」
しれっと解放されて怒鳴るベルは、顔を上げてから困惑した様子で辺りを見回す。感情の落差が凄まじいが、彼が戸惑うのも無理はなかった。
少し下を向かされていた間に、王様はおろか家臣たちまでもがたちまち姿を消していたのだから。玉座の上、横、柱の裏側等まで見ても、人がいた痕跡すら残っていない。
夢だとしても、ここまでリアルなのだから混乱するのも当然だ。その光景を見ていたであろうリチャードは、淡々と話を切り上げようとしている。
「クエストが終わったら用無しってことだろ。
次に行くぞ。お前が勇者の役目を果たせば、この世界の魔王――魔王種ナイトメアの元に辿り着けるはずだ」
「なんだ、名前まで知ってるのかよ」
さっさと広間の入り口に向かう彼を追いながら、ベルは目を丸くして話しかける。まだ自分も呼ばれたことがないくらい名前を呼ぶのは珍しいので、すっかり意識を逸らされたようだ。
「何度も襲われているからな。それに、あれは人じゃない」
「……人だと、呼べないのか?」
「……」
最後の疑問に、リチャードは無言のまま何も答えない。
そのまま彼らは、広間の外の輝きに包まれていった。




