2-仲間として
ベルが暴発的に放った業火は、地下牢を容易く吹き飛ばすどころか薄暗い洞窟も塗り替えていく。
難なく突破し隣に現れたリチャードには効いていないようだが、周囲の景色はひとたまりもない。
心が閉じこもる洞窟も、多くの犠牲者がいた城や村も、全部溶かしてなんの変哲もない森へと変わっていた。
「それで? この悪夢って複数人で共有してるのか?
あの村の状況……もしかしなくても魔物とかのせいだよな」
馴染みのある場所に立ったベルは、すっかり落ち着いているようだ。ホッと一息つくと、一気に脱力してリチャードに確認を取り始めた。
先程は手厳しく注意を受け、スルーされてしまったが……
全面的に頼る訳ではないため、今回は彼も無視するつもりはないらしい。
しばらくぼんやりし、ベルをジッと見つめていたが、やがて何事もなかったかのように疑問に答えていく。
「あぁ、たまに俺達を襲ってくる魔王種だ。
悪夢を見せるらしい。個別でも共通でも、どちらも可能だ」
「魔王種なのかよ。……ところで、魔王種ってなんだ?
村の洞窟でもこの前言ってた気がするけど」
村では子猿にすら手を焼いたこともあって、魔王種と聞いたベルは顔をしかめながら問いかける。
視線の先にいるリチャードは、危険な悪夢の中……
それも、自分で相当手強いことを保証したような敵の手中にいるというのに、マイペースに火を焚いて座り込んでいた。
表情はいつも通り無表情で、なんの感情も読めないが、もしかすると今はまだ安全だと確信しているのかも知れない。
明らかにじっくり話す態勢になっている。
「……まだ教わっていないのか? なら、昨日までに教わったことを確認しておこう。繰り返しにならないように」
「だな。オレが昨日教わったのは、身を守る術についてだ。
魔導書ってやつの説明を受けて、さっきの本をもらった。
あと、村に入る前にルーン石ってのも何個かもらったな」
「なるほど。だが、魔王について聞いたことくらいはあるな? 今の世の中で、最も恐ろしいモノなのだから」
「当たり前だ。具体的にどうのってのは聞かれても困るけど、名前とこえーのは知ってるさ」
どこか挑発的にも思える確認に、ベルは鼻を鳴らす。
だが、力だけでなく知識もまったく足りていないことは自覚しているため、素直に教えは乞うようだ。
懐から取り出した3つのルーン石をしまい、焚き火のそばに寄りながら真剣な顔でリチャードを見つめている。
夢だからなのか、周囲の森は頻繁に映像がブレていたが……
適当に発されている彼の威圧感に、無理やり森の景色を保たせられていた。
力尽くで維持されている安全圏――見慣れた森の中で、2人の少年は焚き火に照らされながら講義を続ける。
「……この世界には、魔王と呼ばれる存在がいる。
それはかつて、人類を滅亡寸前まで追い込んだ超常者たちだ。もちろん立ち向かった者――この時代では、俗に勇者と呼ばれる存在もいたが、誰一人相手にもならなかった。
そうして一方的に世界を蹂躙し、実質的に現在の世界を支配している者が魔王だ」
「種になると、何が変わるんだ?」
「単純に実力だな。魔王であれ魔王種であれ、奴らは魔獣と同じように、この星に宿る神秘をその身に宿す。
外から魔力を取り込む必要のない、生物から外れた規格――もはや神秘そのものとすらいえるモノに成っているんだ。
その中で、まだ人が抗える可能性のある者が魔王種。
種としては魔王と同じ規格を持っているが、絶対者である、正真正銘の魔王に従う配下にすぎない存在が魔王種だ。
仮に、魔王に対抗できるだけの力をつけた魔王種がいれば、それも魔王と呼ぶことになるだろう。世界が魔王と認めずとも、他の魔王種を従えるなら実質的な魔王と呼んでいい」
魔王と魔王種、そしてその説明に欠かせない神秘について。
火に照らされて顔色がよく見えるリチャードは、いつになく長々と、この旅で重要な話をしてくれる。
誰かを助けるために旅をするのなら。
彼と同じように勇者を目指し、仲間になるというのなら。
決して避けられない、打ち倒すべき巨悪の話を。
魔王種の子猿としか対峙したことがなく、まだあまり現実味を感じていないのか、ベルは淡々と情報を飲み込んでいた。
「んー……つまり、オレ達と違って魔力を自分で生み出せる奴の中で、頂点にいるのが魔王。部下が魔王種ってことだな」
「あぁ。魔王と魔王種は、在り方としては同じだからな。
それが人でも獣でも、魔王に類する種だ。その他、有象無象の魔獣は雑魚だ。単なる魔族と呼ぶのもおこがましい。
少しタフなだけの野生動物だな」
自分が瞬殺できるからと、リチャードは神秘の力を扱える獣――魔獣を雑魚の野生動物とまでのたまう。ベル達は魔物と呼び、村全体でずっと苦しんできたというのに、酷い言い草だ。
瞬殺どころか、これまでは倒すことも難しかった彼は、その言葉を聞いて呆れたように口を開く。
「いや、普通の人間ならそれでも勝てねぇよ。
あの熊みたいなやつってことだろ? ……そういえばあいつ、炎になってたけど魔王種じゃねぇの?」
「あれは限りなく近いだけで、まだ単なる魔獣だった。
肉体に変化を及ぼすのなら、人間にだって魔術でできる」
しかしリチャードからしてみれば、魔獣に勝てないのも同じ力を使えないのも、方法を知らないからに過ぎないようだ。
努力は必要だろうが不可能ではないらしく、迷いなく断言している。
やはり知識面に自信がないベルは、あまりにも堂々とした物言いに首を傾げながらも納得せざるを得ない。
「そ、そうかぁ……? そうかぁ」
「……ここで重要なのは、この星の神秘を扱えるのか操れるのかということだ。神秘そのものに成れば、その力に順応して魔力にする必要がないというだけのこと。質や量がずば抜けているだけで、似たようなことは上達すればできる。
どれも元は俺達と同じ生物だからこそ、その規格から外れた奴らが異常で特別なんだ」
「なるほどなぁ、なんとなくわかったよ」
魔王や魔王種が、自身で持っている神秘の力を操るのに対して、魔獣のような存在は借り受けるに近い形で扱う。
自分たち村の人々の場合は、借りてすらいない。
暮らしの中で勝手に溜まって出てくる力を、少し使っているだけだ。それぞれを比較されたベルは、本当の意味で理解した様子で頷いていた。
「さて、これでようやく一歩目を踏み出せたな。
お前は次に何を考える?」
今自分たちを狙っている魔王種について理解したところで、今回の講義は終了だ。夢の中でも、きっちり火を消しているリチャードは、思考を促しながら立ち上がる。
彼に応じて腰を上げるベルは、再び魔導書を呼び出しながら間髪入れずに答えていた。
「そりゃーもちろん、この悪夢を生んでる魔王種の撃破だ。
寝不足で倒れてるあの村を、助けないとだからな!
魔王種ってことは、まだ抗える存在なんだろ?」
「あぁ。だが、今回俺は手を出さない。お前が1人でやれ」
「はぁ!? なんで!?」
立ち上がった時は勇ましいベルだったが、いきなり梯子を外されると堪らず目を剥く。その手の上で浮かんでいる魔導書も、無意識にか輝きを消していた。
彼は昨日旅に出たばかりで、それまでは戦う術もろくに知らなかったのだから、無理はない。信じられないといった風に見つめる瞳は弱々しく、懇願していると感じられる程だ。
しかし、リチャードにはリチャードで事情があるようで、欠片も動揺を見せずに淡々と答えている。
「姉に実戦経験を積ませてやれと頼まれた。幸いここは夢の中。死ぬことはない。修行の場として最適だ」
「理くつとしてはそうだけどさぁ……
現実的に見て、オレがちゃんと戦えると思うか……?」
「お前は魔導書をもらっているし、ルーン石もある。
前者は既に使っていたし、後者はただ砕けばいい。
立ち向かう勇気さえあれば、問題ないだろう。
……俺についてきて頼るばかりじゃ、何も成長しない。
繰り返すが、お前自身がなるんだろ?
誰かを助けられる、勇者みたいな人に」
見方によれば、突き放したとも捉えられる言葉を受け、ベルは表情を引き締める。リチャードは我を感じない割に容赦がなく、だからこそ効果は絶大だ。
真っ直ぐ放たれた指摘は鋭く刺さり、彼は再び魔導書を淡く輝かせながら威勢よく宣言していく。
「そうだな。やってやるよ、魔王種の単独撃破!!」
「……まぁ、万が一の時は助けてやる。そう頼まれた」
「おう、無理そうなら普通にすぐ助けてくれ」
勇ましい宣言をした直後だが、彼はまったく躊躇うことなくもしもの場合の助けを乞う。頼り切ることはなくても、いざという時には助け合えるのが仲間なのだから。
相手が超人的な勇者でも、何もおかしなことはいない。
魔導書を構え、ルーン石の確認もし、『助けてくれ』という言葉も口に出した。魔王種に立ち向かう準備は万端だ。
リチャードの威圧は抑えられ、森は段々と解けていく。
不安定になっている夢の中で、世界は一気に悪夢に叩き落された。




