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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
幕間

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18/75

2-寝不足な村

村に向かったベルたちは、誰かに呼び止められることもなく境を越える。柵の辺りにも人はいたが、門番であっても座り込んでいて無反応だ。


その大多数は俯いていたり、帽子を深くかぶっていたりして顔が見えなかったが、全員ではなかった。

中には仰向けになっている者もいて、その顔を覗き込んでみると…… 


「なぁ、もしかしてさ。この人たち、眠ってんの?」


すべての人間が、例外なく目を閉じて寝息を立てていた。

俯いている人の中には、まだ眠らずうつらうつらと船を漕いでいる者もいたが……なんにせよ、この村は眠気と戦っている様子である。


「うん。それも、ひどい悪夢に苦しめられているよ。

昼間から眠ってしまうくらいにね」


同じく、しゃがみ込んで顔を覗き込んでいたシエルは、帽子の下で苦悶の表情を浮かべている男性を見つめてつぶやく。

目の前にいる男は、叫んだりこそしていないものの、拷問を受けているかの如き険しい形相だった。


「じゃあ、この村は悪夢に苦しめられてるのか?」

「そうだね。昼も夜も、ろくに眠れず死にゆく村。

この時間ならまだ起きている人もいるだろうけど、あたし達にできることはないかな。せいぜい……その、食事を作ったりすることくらい?」


タイミングが悪いことに、喋っている途中で男性はいきなり叫び声を上げて跳ね起きる。だが、異性の顔が迫ってきたというのに、シエルはまったく驚かない。


まるで予期していたように指を伸ばし、彼の額を付いて止めてから、力なく笑って立ち上がっていた。

その目はどこか遠くを見つめており、料理をしなければならない可能性で頭がいっぱいのようだ。


ここ最近は葬儀屋が食事を作っていたため、料理への不安はベルにも共通するところである。

男性はいきなり顔を小突かれ混乱していたが、2人にはそれを気にする余裕はなかった。


「め、飯かぁ……作った方がいいなら作るけど、師匠みたいに人の食べ物じゃないとかって言われたくないなぁ」

「それはあたしもトラウマよ……」

「え、あの……あんたら誰だ?」


小さな村でも、身を守るために余所者への警戒はある。

しかし、男からしてみれば、悪夢から起きたら目の前で謎の料理苦手談議をされているのだ。


ベルたちも不審者ではあるが、それ以上に話に入れないのは地獄なので、敵意より困惑が勝ってる様子だった。

堪らず話に口を挟み、だが2人は料理を回避することに頭がいっぱいで、鮮やかにスルーされてしまう。


「でもさ、他にも仕事はあるんじゃねぇかな。

ほら、家も壊れてるから、その修理とか」

「いやいや、修理の方ができないよ。料理本はよく読んでたけど、建築本なんて読んだことないし‥」

「あんたら、いったい誰なんだよぉ!?」

「うわぁびっくりした!?」


ついに堪忍袋の緒が切れて、男性は怒鳴り声で2人の会話をかき消す。これには流石のベルたちも驚き、飛び上がって彼の方を見るが……


「ムニャムニャ……」


無視されて怒っていたはずの男性は、さっき見た時と同じように目を閉じて眠りこけていた。


怒鳴られたのに、誰も起きていない。

なんとも不思議で気の抜ける状況に、ベルは困惑するばかりである。


「……え?」

「あはは、眠気に勝てなかったのかな?

寝言で怒られちゃったね」

「えぇ……?」

「うーん、放って置くのもあれだけど、村人全員を運ぶのも大変だよね。ベルくん、どうする?」


呆然として突っ立っているベルとは違って、シエルは笑って辺りを見回している。門番自体はおそらく数人だが、中にも外にも人は累々と倒れ眠っていた。

彼らをどうするかは、ベルに任せるつもりのようだ。


「助けられるなら助けたい。けど、室内に運んでも解決にはならないし、意味ないのかな?」

「少なくとも寝やすいでしょうね。この村を魔獣が襲うことはないと思うから、外でも危険はないけれど」

「じゃ、がん張って運ぶ。師匠は村長とか探しといて」


村中から人を運ぶとなると、かかる労力も時間もかなりのものだ。それを小さな子ども1人でやるというのなら、1日でも終わるか怪しいレベルだろう。


しかし、絶対にそれをわかっていながら、ベルはすぐに村人を運ぶと決める。意識のない人々を持ち上げ、自分より大きな体を懸命に背負って進んでいく。


重さで顔は歪んでいるが、唇をキュッと結んでおり、無意味でもやり切るぞという強い意思を感じさせていた。


「……なるほどね」


しばらく黙って弟子を見守っていたシエルは、やがて表情を和らげると片手に杖を顕す。ベルには余裕がないので、反応をするどころか気付きもしない。何も認識できないうちに、彼女はふわりと歩み寄って杖を向けていた。


「っ!?」

「重いでしょ、自分で担ぐの」


いきなり体が軽くなったベルが、驚いて少女を見上げると、そこには魔術で大きな男性を浮かせるシエルの姿があった。

最初はポカーンとしていた彼は、初めて見る魔術にすぐさま目を輝かせる。


「すげー! やっぱそんなこともできるんだな!」

「うん、まぁね。気を抜くと大事故になるけど……

あなたもやってみる? 訓練用のなら魔導書でもできるよ」

「え、できるかな?」

「コツはねー、何人になっても個別で認識しようとせずに、最初の1人に重ねて風をあわせること。

そして、運ぶ人すべてを一塊だと思うことかな」

「まずは1人のコツを教えてくれよ……」


寝ている村人に近付いては杖で小突き、ふわふわと浮かせては重ねるシエルの言葉に、ベルは薄っすら表情を歪める。


実際に1人ずつ運んでいないので間違ってはいないが、段階を飛ばしているのもまた事実だ。

訓練用の魔導書を開いたまま、彼は緊張によって動けないでいた。


「この間、風で吹き飛んだでしょう? 人や物を浮かせるのも風だから、その前に浮いていた感覚を思い出してみて。

君が飛んだんじゃなくて、君が操る風が持ち上げたの」


ベルの言葉を受け、追加で助言するシエルだったが、村人を運ぶ手は一切止めていない。あっという間に入り口近くの人は浮かび、彼が助けられる人はほとんど残っていなかった。


その頭上には、最初のアドバイス通り一塊になった人々が、ブロックのように整列している。


「ちょ、師匠1人で運べるんじゃん!!

そりゃ悪いことじゃないけどさ……」

「あはは。まぁ、大事なのは助かることだもんね。

でも、その負担をわけることは悪いことじゃないよ。葬儀屋さんだって、自分を犠牲にしてまで弔わないでしょ?

ベルくんだから人を助けるんじゃなくて、元気なベルくんだから人を助けるの。他の人も同じ。

助ける人を取り合ってるんじゃなくて、同じように助けてる人に楽させてあげるって考えてみよっか」

「わかった!」


仲間ではなく自分自身が助けたいという思いは、褒められたものではないんじゃないか。そんな葛藤は、シエルによっていとも容易く解消される。


開かれた魔導書は光を強め、もう迷いを感じさせない。

この間にも増える村人に急かされるように、だが決して雑にならないように、ベルは柔らかな風を吹かせていく。




「ん? いつの間にか修行になってないか?」


数人ならば、同時に浮かび上がらせ運べるようになってきた頃。疲れ果て、苦しそうにしているベルは、ようやく理解して首をかしげる。


最初からそのつもりだったシエルは、未だに彼よりも多くの村人を運び、かつ寝具の準備まで行いながら笑っていた。


「いいじゃない、自然と当たり前のことになるなら。

覚醒は窮地にこそ至るかもしれないけれど、成長とは何でもない日常の中で得るものだよ」

「……それはたしかに。うん、がんばろ」


唐突に疑問に思ったのと同様に、納得するのも一瞬だ。

ふらふらのベルは、素直に頷いて人助けを続ける。

続けようとは、していたのだが……


「お前ら、何してるんだ?」


いつの間にか到着していたリチャードに声をかけられ、手を止めることになる。ヨロヨロと声のした方を向くと、屋根の上に座っている少年の姿があった。


「なにって、外で寝ちゃってるから、中に……」

「そんなことをしても悪夢は終わらない。時間の無駄だ。

姉、何で止めなかった? 見ればわかるだろうに」

「えっと、ベルくんが助けたいって言うからかな。

解決にはならないけど、無意味ではないし」


リチャードは無表情で、口ぶりも淡々としたものだったが、どこか責めるような響きがあり不機嫌そうに感じられた。


しかし、普段から彼を気にかけているはずのシエルは、特に慌てない。作業を続けながら、事もなげに返事をしている。


助ける。それは、リチャードが日常的に行っていることだ。

とはいえ、同じ行為でも個性は出るものであり……


「……『助けて』と、言われた訳でもないのに」


暗い目をしたリチャードは、誰にも聞こえないくらいの声で、小さくつぶやいた。


「……」

「え、なんか言ったか?」


シエルには内容がわかっているのか、無反応だ。

表情は見えないが、淡々と作業を続けている。

ベルだけが返事をし、不思議そうにしていた。


その反応がリチャードにとって、どんな意味があるのかはわからない。何にせよ、彼は次の瞬間ベルの真後ろに現れる。


「このガキを連れて悪夢を解決する。お前は要らない。

それでいいんだよな、姉?」

「……えぇ、よろしくね」

「うわぁっ!? どうやって移動したんだよお前!?」


ベルが驚いている間に、話は一瞬で決まる。

なぜかリチャードは普段より強引なので、状況を理解する暇もない。疲労的にも実力的にも、当然抵抗は不可能だ。


暴れる彼は軽々抑え込まれ、一瞬で村の上空までジャンプで連れ去られていた。


「もうちょっと説明しろよ!! オレ今クタクタなんだけど!?」

「疲労は自業自得だ、騒々しい。耳障りだから寝てろ」

「うっ……」


ベルはなおも足掻き、説明を求めるが、リチャードは辛辣に切り捨て歯牙にもかけない。連れ去られる彼が、意識を失う前に見たのは、迫る森だった。


人は眠り、夢を見る。

それは願望の具現かもしれないし、はたまた経験の再現かもしれない。何にせよ、それはある種もう1つの現実である。

仮想の現実、異なる世界。

我々は日々、異世界へと旅に出るのだ。


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