2-寝不足な村
村に向かったベルたちは、誰かに呼び止められることもなく境を越える。柵の辺りにも人はいたが、門番であっても座り込んでいて無反応だ。
その大多数は俯いていたり、帽子を深くかぶっていたりして顔が見えなかったが、全員ではなかった。
中には仰向けになっている者もいて、その顔を覗き込んでみると……
「なぁ、もしかしてさ。この人たち、眠ってんの?」
すべての人間が、例外なく目を閉じて寝息を立てていた。
俯いている人の中には、まだ眠らずうつらうつらと船を漕いでいる者もいたが……なんにせよ、この村は眠気と戦っている様子である。
「うん。それも、ひどい悪夢に苦しめられているよ。
昼間から眠ってしまうくらいにね」
同じく、しゃがみ込んで顔を覗き込んでいたシエルは、帽子の下で苦悶の表情を浮かべている男性を見つめてつぶやく。
目の前にいる男は、叫んだりこそしていないものの、拷問を受けているかの如き険しい形相だった。
「じゃあ、この村は悪夢に苦しめられてるのか?」
「そうだね。昼も夜も、ろくに眠れず死にゆく村。
この時間ならまだ起きている人もいるだろうけど、あたし達にできることはないかな。せいぜい……その、食事を作ったりすることくらい?」
タイミングが悪いことに、喋っている途中で男性はいきなり叫び声を上げて跳ね起きる。だが、異性の顔が迫ってきたというのに、シエルはまったく驚かない。
まるで予期していたように指を伸ばし、彼の額を付いて止めてから、力なく笑って立ち上がっていた。
その目はどこか遠くを見つめており、料理をしなければならない可能性で頭がいっぱいのようだ。
ここ最近は葬儀屋が食事を作っていたため、料理への不安はベルにも共通するところである。
男性はいきなり顔を小突かれ混乱していたが、2人にはそれを気にする余裕はなかった。
「め、飯かぁ……作った方がいいなら作るけど、師匠みたいに人の食べ物じゃないとかって言われたくないなぁ」
「それはあたしもトラウマよ……」
「え、あの……あんたら誰だ?」
小さな村でも、身を守るために余所者への警戒はある。
しかし、男からしてみれば、悪夢から起きたら目の前で謎の料理苦手談議をされているのだ。
ベルたちも不審者ではあるが、それ以上に話に入れないのは地獄なので、敵意より困惑が勝ってる様子だった。
堪らず話に口を挟み、だが2人は料理を回避することに頭がいっぱいで、鮮やかにスルーされてしまう。
「でもさ、他にも仕事はあるんじゃねぇかな。
ほら、家も壊れてるから、その修理とか」
「いやいや、修理の方ができないよ。料理本はよく読んでたけど、建築本なんて読んだことないし‥」
「あんたら、いったい誰なんだよぉ!?」
「うわぁびっくりした!?」
ついに堪忍袋の緒が切れて、男性は怒鳴り声で2人の会話をかき消す。これには流石のベルたちも驚き、飛び上がって彼の方を見るが……
「ムニャムニャ……」
無視されて怒っていたはずの男性は、さっき見た時と同じように目を閉じて眠りこけていた。
怒鳴られたのに、誰も起きていない。
なんとも不思議で気の抜ける状況に、ベルは困惑するばかりである。
「……え?」
「あはは、眠気に勝てなかったのかな?
寝言で怒られちゃったね」
「えぇ……?」
「うーん、放って置くのもあれだけど、村人全員を運ぶのも大変だよね。ベルくん、どうする?」
呆然として突っ立っているベルとは違って、シエルは笑って辺りを見回している。門番自体はおそらく数人だが、中にも外にも人は累々と倒れ眠っていた。
彼らをどうするかは、ベルに任せるつもりのようだ。
「助けられるなら助けたい。けど、室内に運んでも解決にはならないし、意味ないのかな?」
「少なくとも寝やすいでしょうね。この村を魔獣が襲うことはないと思うから、外でも危険はないけれど」
「じゃ、がん張って運ぶ。師匠は村長とか探しといて」
村中から人を運ぶとなると、かかる労力も時間もかなりのものだ。それを小さな子ども1人でやるというのなら、1日でも終わるか怪しいレベルだろう。
しかし、絶対にそれをわかっていながら、ベルはすぐに村人を運ぶと決める。意識のない人々を持ち上げ、自分より大きな体を懸命に背負って進んでいく。
重さで顔は歪んでいるが、唇をキュッと結んでおり、無意味でもやり切るぞという強い意思を感じさせていた。
「……なるほどね」
しばらく黙って弟子を見守っていたシエルは、やがて表情を和らげると片手に杖を顕す。ベルには余裕がないので、反応をするどころか気付きもしない。何も認識できないうちに、彼女はふわりと歩み寄って杖を向けていた。
「っ!?」
「重いでしょ、自分で担ぐの」
いきなり体が軽くなったベルが、驚いて少女を見上げると、そこには魔術で大きな男性を浮かせるシエルの姿があった。
最初はポカーンとしていた彼は、初めて見る魔術にすぐさま目を輝かせる。
「すげー! やっぱそんなこともできるんだな!」
「うん、まぁね。気を抜くと大事故になるけど……
あなたもやってみる? 訓練用のなら魔導書でもできるよ」
「え、できるかな?」
「コツはねー、何人になっても個別で認識しようとせずに、最初の1人に重ねて風をあわせること。
そして、運ぶ人すべてを一塊だと思うことかな」
「まずは1人のコツを教えてくれよ……」
寝ている村人に近付いては杖で小突き、ふわふわと浮かせては重ねるシエルの言葉に、ベルは薄っすら表情を歪める。
実際に1人ずつ運んでいないので間違ってはいないが、段階を飛ばしているのもまた事実だ。
訓練用の魔導書を開いたまま、彼は緊張によって動けないでいた。
「この間、風で吹き飛んだでしょう? 人や物を浮かせるのも風だから、その前に浮いていた感覚を思い出してみて。
君が飛んだんじゃなくて、君が操る風が持ち上げたの」
ベルの言葉を受け、追加で助言するシエルだったが、村人を運ぶ手は一切止めていない。あっという間に入り口近くの人は浮かび、彼が助けられる人はほとんど残っていなかった。
その頭上には、最初のアドバイス通り一塊になった人々が、ブロックのように整列している。
「ちょ、師匠1人で運べるんじゃん!!
そりゃ悪いことじゃないけどさ……」
「あはは。まぁ、大事なのは助かることだもんね。
でも、その負担をわけることは悪いことじゃないよ。葬儀屋さんだって、自分を犠牲にしてまで弔わないでしょ?
ベルくんだから人を助けるんじゃなくて、元気なベルくんだから人を助けるの。他の人も同じ。
助ける人を取り合ってるんじゃなくて、同じように助けてる人に楽させてあげるって考えてみよっか」
「わかった!」
仲間ではなく自分自身が助けたいという思いは、褒められたものではないんじゃないか。そんな葛藤は、シエルによっていとも容易く解消される。
開かれた魔導書は光を強め、もう迷いを感じさせない。
この間にも増える村人に急かされるように、だが決して雑にならないように、ベルは柔らかな風を吹かせていく。
「ん? いつの間にか修行になってないか?」
数人ならば、同時に浮かび上がらせ運べるようになってきた頃。疲れ果て、苦しそうにしているベルは、ようやく理解して首をかしげる。
最初からそのつもりだったシエルは、未だに彼よりも多くの村人を運び、かつ寝具の準備まで行いながら笑っていた。
「いいじゃない、自然と当たり前のことになるなら。
覚醒は窮地にこそ至るかもしれないけれど、成長とは何でもない日常の中で得るものだよ」
「……それはたしかに。うん、がんばろ」
唐突に疑問に思ったのと同様に、納得するのも一瞬だ。
ふらふらのベルは、素直に頷いて人助けを続ける。
続けようとは、していたのだが……
「お前ら、何してるんだ?」
いつの間にか到着していたリチャードに声をかけられ、手を止めることになる。ヨロヨロと声のした方を向くと、屋根の上に座っている少年の姿があった。
「なにって、外で寝ちゃってるから、中に……」
「そんなことをしても悪夢は終わらない。時間の無駄だ。
姉、何で止めなかった? 見ればわかるだろうに」
「えっと、ベルくんが助けたいって言うからかな。
解決にはならないけど、無意味ではないし」
リチャードは無表情で、口ぶりも淡々としたものだったが、どこか責めるような響きがあり不機嫌そうに感じられた。
しかし、普段から彼を気にかけているはずのシエルは、特に慌てない。作業を続けながら、事もなげに返事をしている。
助ける。それは、リチャードが日常的に行っていることだ。
とはいえ、同じ行為でも個性は出るものであり……
「……『助けて』と、言われた訳でもないのに」
暗い目をしたリチャードは、誰にも聞こえないくらいの声で、小さくつぶやいた。
「……」
「え、なんか言ったか?」
シエルには内容がわかっているのか、無反応だ。
表情は見えないが、淡々と作業を続けている。
ベルだけが返事をし、不思議そうにしていた。
その反応がリチャードにとって、どんな意味があるのかはわからない。何にせよ、彼は次の瞬間ベルの真後ろに現れる。
「このガキを連れて悪夢を解決する。お前は要らない。
それでいいんだよな、姉?」
「……えぇ、よろしくね」
「うわぁっ!? どうやって移動したんだよお前!?」
ベルが驚いている間に、話は一瞬で決まる。
なぜかリチャードは普段より強引なので、状況を理解する暇もない。疲労的にも実力的にも、当然抵抗は不可能だ。
暴れる彼は軽々抑え込まれ、一瞬で村の上空までジャンプで連れ去られていた。
「もうちょっと説明しろよ!! オレ今クタクタなんだけど!?」
「疲労は自業自得だ、騒々しい。耳障りだから寝てろ」
「うっ……」
ベルはなおも足掻き、説明を求めるが、リチャードは辛辣に切り捨て歯牙にもかけない。連れ去られる彼が、意識を失う前に見たのは、迫る森だった。
人は眠り、夢を見る。
それは願望の具現かもしれないし、はたまた経験の再現かもしれない。何にせよ、それはある種もう1つの現実である。
仮想の現実、異なる世界。
我々は日々、異世界へと旅に出るのだ。




