6-またねはいつかの合言葉
「はぁ……ひでー目にあった」
地響きがあった数分後。川の水に濡れる岩場には、大の字になってため息をつくベルの姿があった。
どうやら受け身を取れずに激突してしまったらしく、頭からは止めどなく血が流れ出ている。
しかし、魔導書で神秘を扱うようになってから、かなり丈夫になっているようだ。
勢いをつけて叩きつけられれば、普通は流血するだけでは済まない。頭が砕けて顔が真っ赤になるか、下手すれば粉々になっているだろう。
その点、今の彼は平気で起き上がっており、血も拭い続けていれば少しして止まっている。
元よりタフな方ではあるのだろうが、相当なものだった。
実際、葬儀屋も死の気配を感じていないのだろう。
隣に立っている彼は、特に焦る様子を見せずに仕事を進めようとしている。
「ったく、危なっかしいったらありゃしねぇ。ほれ、生きてんならさっさと動け。死は生者を待ってくんねぇぞ」
「オレもけっこー重傷なんだけど?」
「重傷者がペラペラ喋れるかっての。
あーヤダヤダ。あんだけ焦らせた上に泣き言たぁな。
俺は話し相手にお前さんを連れてきたつもりはねぇぞ」
「こいつッ、自分は無傷だからってぇ……!!」
危機を逃れて安心したからか、かなり強く煽ってくる葬儀屋に、ベルは歯を食いしばる。
彼はあの後、結局最後までワイヤーを渡り切らず、しなりを使って飛んで来ていた。それなのに、ケガをしないどころか痺れた様子もない。まったくの無傷なのだ。
ベルとは違って自ら飛んだとはいえ、同じくらい高く飛んで顔色一つ変えないのが、相当悔しいらしい。
葬儀屋は煽りの気配を残しつつも、励ますような声色で苦笑している。
「ははぁ、生きた年月が違うんだ。当たり前だろ。
だが、死だけは平等に訪れる。どれだけ生きていたくても、抗えないほど呆気なくな。……人に止まってる暇はねぇぜ?」
「わかったよ! この痛みは無駄にしねぇ。ここまで付いてきたんだから、ちゃんと向き合って糧にする」
「安心しな。眠らせる必要があっても、俺がやるからよ」
ケガも構わず騒いでいたベルだったが、これから死に触れるということで、少なからず腰が引けていたようだ。
挑発されるとわかりやすく意を決し、葬儀屋の後ろについて水際まで近づいていく。
「……おは、よ」
「おう、騒がしくしてすまねぇな。
ギリギリ生きててよかったぜ」
岩に引っかかっていたのは、身軽そうな服装の女性だった。
幸いにもまだなんとか息はあったらしく、2人の騒がしさで意識もはっきりしてきた様子で挨拶している。
だが、わかっていたことではあるが無事ではない。
どこから流れてきたのか、全身がびしょ濡れなのでこれ以上ないほど衰弱しているし、下半身に至っては……
「生きて、る……!? お姉さん、足は……」
ケガしているどころではなく、食い千切られたのか既に存在していなかった。川辺からではよく見えなかったが、周囲の水も赤く染まっている。もう相当出血しているようだ。
葬儀屋に引き上げられ、タオルの上に寝かせられた彼女は、口から血を垂らしながら懸命に言葉を紡ぐ。
「少し、上流で……」
「勢い余って川に落ちたか。力尽きる前に止まってよかったな。奪い合いが激化したお陰で、俺達はここに来られた。
ところでお前さん、名前は?」
「……エイ、ン」
「なるほど、エイン。出身地か居住地は答えられるか?」
「住んで、いたのは……アルゲン、自治区……
だけど、故郷は……もっ、と……」
「遠いのか。その様子じゃ、名前もない小さな集落だな。
んー、どうすっかな」
最低限、送り出すために必要な情報収集を終えた葬儀屋は、困ったように顔をしかめる。
ベルはアルゲン自治区すらわからないので、大人しく結論を待っていた。
そんな彼らの目の前で、タオルは女性の体から溢れ出てくる液体により、ジワジワと赤く染まっていく。
「方角、近くのギルド、有名な場所なんかはわかるか?」
「西……ギルド、とかは……」
「そうか。正直、俺としちゃアルゲンギルドに届けたいとこだが、家族や親しいのは故郷だろ?」
「はい……」
「しゃーねー、お前さんもリスト入りな。
写真を撮らせてもらうぜ。地道に探す」
女性のお礼を受けながら、送り先を決めた葬儀屋は立ち上がる。具体的な場所が不明なので、彼女は一度、埋めることになるだろう。
しかし、どちらにしてももう命を救うことはできないため、楽にしてあげなければならない。
彼は岩場に突き刺さった棺桶の元へ向かうと、前回と同様の刀を携えて戻ってきた。
「残念ながら、お前さんが助かる見込みはない。
もし治癒術師がいても、足生やすなんてのは専門にしててもほんの一握りしか無理だからな。確実に死ぬ」
「……はい」
「もうわかってると思うが、俺は葬儀屋だ。
棺桶に入れて送り届けるか、埋めるか。
今回は場所を探す必要もあるんで、後者を行う。
どちらにせよ、今生の別れにはなる訳だが……
できるだけ痛みなく眠らせてやるから、安心しな」
丁寧な説明を受けた女性は、目を瞑ったまま黙って頷く。
騒ぎで起こされ、ここまで懸命に保っていた意識は、段々と薄れてきているようだ。
「……言い残すことはあるか?」
「家族、に……いっぱい、活躍したよ、って……
たくさん、ありがとう……あと、できれば貯金を……届けて。
パパ、ママ……カガリ。大好き、愛してる」
ぽつりぽつりと言葉を絞り出した女性は、疲れ切った様子でぐったりとしてしまう。少し間を置いてから、すべてを話し終えたと判断した葬儀屋は、刀を抜いて振りかぶる。
「……承った。お前さんの言葉、願い、生きた証は、俺が必ず故郷まで送り届ける。またな」
ほとんど音もなく、綺麗に斬り裂かれた首からは、血が吹き出す。相当冷えていたようで、草原の男女よりは控えめだが……それでも、途切れた命はじんわりとこの世界に広がっていた。
「……なんで、またなって言ったんだ?」
しばらく経ってから、沈黙を破ってベルは問いかける。
今回は最初から最後まで見届けたからか、より苦しそうな顔をしていた。
やはりいつの間にか増えていた棺桶に、遺体を丁寧に納めていた葬儀屋は、神妙な顔付きで滔々と語っている。
「彼女はこれから、永いこと地面の中で眠ることになる。
だけど、俺がちゃんと故郷を見つけて戻ってくれば、家族と一緒に俺とも再会するだろ。だから、またななんだよ。
これは、必ず死者を送り届けるという誓いの言葉なのさ。
尊厳ある死は、永遠の別れじゃねぇ。
その死は、明日もまた会うためにあるんだ」
「……そっか」
女性はもう死んでしまったのだから、本当の意味で、今まで通りに再会することはもう絶対にない。
だが、思想は往々にして救いになり得るものだ。
また別の再会がある可能性だって、否定はできないだろう。
魔法なんてものが存在しているのだから、人智を超えた存在が跋扈している魔境なのだから。
たとえそれがなくとも、死の間際に安らぎを与えただけで、確実に生きた証が残るだけで、意味がある。
であれば、ベルの取るべき行動は1つしかなかった。
「……またね、エインお姉さん」
その死はきっと、明日また会うために。ゆっくりと閉じる棺桶で眠る女性に対し、誓いを込めて、思いを込めて、ベルは静かに最後の挨拶をしていた。
岩場から川辺に戻り、棺桶を埋めた後。
結局、葬儀屋はベルを危険な目にあわせたとして、シエルに延々と説教されることになった。
――1幕完




