5-葬儀屋体験
葬儀屋が旅に加わってから、数日が経った。
その間もリチャードの無関心さに変化はない。
シエルにキツく言われているのか、夜は近くにやってくるが、日中は1人で先に進んで誰かを助けているようだった。
ベル達は移動中、たいてい修行をしているため、彼にもやることがあるのはいいことかもしれないが……
仲間なのにずっと別行動、夜もほとんど喋らないというのはやはり寂しいものだ。
そのため、一時的にとはいえ仲間が増えたことは喜ばしく、会話の増えた一行の雰囲気は心なしか明るくなっている。
場合によっては、1人を除け者にする状況になりかねないが、今のところは良い方に作用していると言えるだろう。
明るくなった面々の間では、リチャードも含めて気軽に言葉が交わされているのだから。
今朝もベルが焚き火のそばで目を覚ますと、さっそく葬儀屋が陽気に声をかけている。
「おーう、起きたか。タイミングがいいねぇ」
「ふわぁ……おはようおっさん。タイミングってなんだ?
てか、まだ結構暗いな? 早起きすぎねぇ?」
焚き火はとっくに燃え尽きており、辺りは肌寒い。
声のした方を振り返ってみても、葬儀屋の姿はぼんやりとしか見えないほど暗かった。
ベルは声で誰かを判断できていたが、どうやら普段より相当早くに起きてしまったようだ。葬儀屋は今起きたという感じでもないため、明らかに何かするつもりのようである。
「仕事が入ったんだよ。少し歩くがお前さんも来るか?」
「……誰か危ない目にあってんのか?」
「あぁ、もうシエルちゃんじゃ助けらんねぇくらいのな。
だから、メモだけ残して起こさずに行くぜ」
「えぇ? それ、オレ後で怒られないか?
もし何か起こっても、オレじゃまだ何もできないし」
連絡もせずに黙って行くと聞かされ、ベルはやや尻込みした素振りを見せる。早朝に、わざわざ自分だけを誘っているということで、多少ビビって警戒もしているようだ。
もちろん、一緒に旅をしているのは他の仲間全員と以前から面識があり、ある程度信頼できるからこそではある。
しかし、初対面の時に実力差は知っているのだから、怯えるのも無理はない。
その様子を見た葬儀屋は、特に気を悪くする訳でもなく、安心させるように笑いかけていた。
「大丈夫大丈夫、どうせリチャードは知ってるから。
何かあれば助けるだろうし、心配する必要なんてないぜ。
多分、今もどっかから見てるだろうなぁ」
彼はわざわざ伝えてはいないことを教え、暗に自分が危害を加えた場合の想定も含めて危険がないと語る。
その言葉を肯定するように、空からリチャードの剣が降ってきて地面に突き刺さった。
「……な?」
「はは、じゃあいっか。
連れてってくれ、おっさんの仕事に!」
目を凝らしてみれば、剣からは紛れもなくリチャードの気配を感じるので、彼の剣で間違いない。
奪われるはずもないし、仮に奪えるのならわざわざ引き離す必要だってないだろう。
一行は森を抜けているため、そこまで大きな木もなく、疎らに生えているだけなのだが……どこかしらから、リチャードは2人のことを見ているようだ。
剣を見たベルは、すっかり不安を払拭した様子で、いつもの好奇心旺盛な笑顔を見せていた。
とはいえ、無駄にシエルを心配させないようできるだけ静かに。2人は、死に瀕している人の元へ向かっていく。
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最初からしばらく歩くとは言っていた通り、死に瀕しているという人の元には中々辿り着かない。
下手したら夜と言える程の早朝なので、まだシエルが起きて心配することはないだろうが……その分、急がずひたすら歩くのは退屈だ。やがてベルは思い出したように質問をする。
「ところで、仕事が入ったってなんだ?
前聞いた感じだと、依頼される風じゃなかったよな?
他の仲間とかから連絡でもきたのか?」
神妙な面持ちで進んでいた葬儀屋は、少しぼんやりしていたが、話しかけられるとゆっくりと顔を向けていた。
「いーや? ただの感覚……まぁ、能力みたいなもんだな。
俺は死の気配を感じ取れるんだ」
「すっげー!」
「んー……正味、まったく凄くはねーだろ。
親がやってたからそれっぽい感覚が育っただけで、下位互換だしそれ以外に戦える力とかもねぇし」
「でも、オレだってもらった魔導書だけだぜ。
外付けの道具もなく、自分の力があるのは十分すごいって」
葬儀屋は自分の能力……特性を卑下していたが、本当に何の力もないベルからすれば、かなり羨ましいようだ。
やや不謹慎な力ではあるものの、町中なら人命救助、野外なら危険な場所を知るためにだって使える。
目を輝かせて見つめる彼に、葬儀屋は少し困った様子で力なく笑みを浮かべていた。
「道具に頼ってないってのは確かにそうだなぁ。
ただ、俺は今まさに死にかけてるやつしかわかんねぇぞ。
別に教わってねぇから、うちの親がどうか知らんが」
「あー、それはちょっと困るかもね」
「切実だぜ。普段からそこら中で死にかけてるやつの気配を感じてたら、葬儀屋以外の生き方とか無理だろ」
「力があればいいってもんでもないんだなー」
(よく考えたら、リチャードも似たようなもんかもな。
めっちゃ強いけど、人間らしさがないし)
最初は目を輝かせていたベルだったが、それによる苦悩なども聞くと表情を改め、色々と考え込み出して静かになる。
ここから先の道のりは、死の気配を辿るものらしく重々しい雰囲気を醸し出していた。
「……到着だ」
それからさらに十数分が経ってから、葬儀屋はようやく立ち止まる。促されて目を向ければ、視線の先には穏やかな流れだが深い川と、その中ほどにある岩場に引っかかっている人の姿があった。
「っ、なんであんなところに!?」
「徒歩にしろ馬車にしろ、魔獣に襲われて水中に飛び込んだんだろうなぁ。もう気配はないが、足跡がある。奪い合いをしていたこともあって、水中は手間で諦めたらしい」
前回同様、取り乱しているベルとは違って、葬儀屋はやはり落ち着き払って現場の分析をしていく。
煙草の煙で視界は遮られているのに、最早それに映し出しているとでもいうように正確だ。
しかし、じっくり周囲の観察をするのならば、当然すぐには救助を始められない。川を渡れず何もできないベルは、すぐに痺れを切らして詰め寄っている。
「いやいや、分析してる場合かよ!?
あんたが察知したってことは、まだ生きてんだろ!?」
「もしまだ魔獣いたらどうすんだよ。
俺は人を助けるために死ぬ気はねぇぞ」
「むぐぐ……」
「それに、名前なんかを聞けるに越したことはないが、必ずしも聞かねぇと成り立たない訳でもない。
俺達は結局、あくまでも死者を弔うための葬儀屋だ。
最優先は、確実に体を回収して死を届けること」
「わかってるっての!!」
ベルは別に葬儀屋ではないので、彼らのやり方に従う必要はない。だが、助けるために命を捨てないというのは、まさに正論である。
わざわざ付いてきたのも、最初から葬儀屋の仕事を経験するためなので、焦れったくても待つしかなかった。
その様子を見た葬儀屋は、呆れたように苦笑しながら背中の棺桶を下ろす。
「ただ、この場合は確かに緊急だな。
まだ生きてんなら、相当な苦しみだ」
「じゃあ!」
「おう、渡るぞ。ワイヤーから落ちんなよ」
「うわぁ!? いつの間に棺桶増えてんだ!?」
流れが変わったことで表情を変えるベルだったが、気付くと隣に突き刺さっていた棺桶を見て、堪らず飛び上がる。
慌てて葬儀屋の背後を見るとさっきの棺桶があるため、隣のものは確実に新しいものだ。
どこかから出したにしろ、この場で作ったにしろ、どちらにせよ人並み外れた神業である。
しかし、当人からすれば日常的なのだろう。
着々と助ける準備を進めながら、彼の声にも動じず澄まし顔で返事をしていた。
「ん? 特技、"一瞬で棺桶を作る"だ」
「それは最早なんかの能力だろ!?」
「凡庸な技能も極めりゃ魔法ってな。
まぁ、そんな大したことじゃねぇからサクサクいくぞー」
「大したことじゃねぇってっ……そうかよ、わかったよ!」
目を剥いていたベルだったが、望み通りにすぐ助けに行けるとなれば、それ以上言っていられない。
この短時間で、ワイヤーを結ばれた棺桶が岩場近くまで放り投げられていたため、迷わずその道に足を伸ばす……
「どわぁぁぁぁッ、めちゃくちゃ不安定じゃねーか!?」
ワイヤーは、投げられた棺桶と後ろに置いた棺桶の間に伸びているだけの、非常に細くて揺れも激しい道だ。
最初の方ならまだマシだったが、岩付近まで近付くとそれはもう揺れる。川面は平坦なのに、反復横跳びでもしているのかというほど揺れ動いていた。
ただ立っているだけでも大変なのだから、まともに進むことなど当然できやしない。それでも進まざるを得ないベルは、両手両足で必死にしがみつきながら、絶叫していた。
だが、やはり慣れている様子の葬儀屋。
地上と変わらない様子で先を進むどころか、自身から揺れを発生させることなく振り返り、言葉を投げかけている。
「ただのロープに盤石の足場を期待するもんじゃねぇよ。
あと一応言っとくけどよ、俺じゃ助けられる自信ねーから、マジで落ちるな? 死にゃしねーとしても、遭難すんぜ」
「他人事のように言うなよ!?
ほんと、シャレに、なんねぇってぇぇぇぇっ!!」
葬儀屋の注意も虚しく、ベルは揺れるワイヤーに弾かれる形で吹き飛んでいく。
最終的にはかなりの振れ幅になっていたため、反動で飛距離は相当なものだ。びよよ〜んと弾け飛び、綺麗な弧を描いて空高くから水面へ……
「バカタレ!! 自分のツッコミで揺れてんじゃねぇ!!」
水面へ、小さな体が叩きつけられる直前。
怒鳴った葬儀屋の腕から伸びるワイヤーが彼を捉え、先端のミニ棺桶を軸にぐるぐると絡め取る。
「ぐえぇ!?」
「あー……まぁあれだ。上手いこと受け身取ってくれや」
「やめろぉぉぉぉっ!! 遭難より先に死んじまうぅぅぅっ!!」
たとえワイヤーが捕らえても、そのままでは結局川に落ちるだけ。続けて行われるのは、もちろん力尽くでの上陸だ。
すなわち、大きく弧を描いた威力のまま叩きつけられる、命懸けの墜落である。
体が引っ張られ、水面から引き剥がされ、段々と岩が近付いてきたのを見て察したベルは、力の限り叫んでいた。
しかし、ワイヤーの上で体勢が安定している葬儀屋も、なぜか焦った様子で怒鳴っている。
「お前さんが死んだら俺が殺されるんだぞ!?
受け身を取れぇぇぇッ、死ぬなぁぁぁぁッ!!」
「なんであんたが怒るんだ!?
それならやめろよぉぉぉぉぉ!?」
「あぁぁぁぁぁッ!!」
「うわぁぁぁぁっ!?」
川の上には、2人の叫び声が響き渡る。
だが、そのほんの数秒後。いつまでも轟くと思えた騒音は、さらに大きな地響きによってかき消された。




