2-人は死して名を留む
ようやく倒れている人を確認できたベルの前で、斬られた男女は首から勢いよく血を吹き出す。
たとえ魔術があろうとも、既に手遅れの状態なら助けることはできない。彼らはどうしょうもなく亡くなっていた。
2人の服装は、質素だが小綺麗にしている様子のもの。
決して武人ではなく、ぱっと見た感じ悪人でもない。
どう見ても、ただの旅人や商人の類だ。
だというのに、棺桶を背負った男は彼らを殺し、リチャードもそれをただ傍観していた。間違っても事故などではなく、善くない行為を見て、ベルは魔導書を構えて激昂している。
「なに、してんだよお前!?」
「だから、仕事だっての。お前さんこそ誰だよ」
今にも襲いかからんばかりのベルを前にしても、棺桶男は刀を納めてまともに取り合わない。髭面の厳つい成人男性で、体格も随分と良いため、気にするまでもないようだった。
背負っていた棺桶を地面に突き刺し、適当に返事をしながらそこら辺に落ちていた木を拾い集めている。
もう一人、本当なら仲間であるはずのリチャードとは体格差がないが……彼の場合、そもそもの性格があれだ。
いつも通り、何事もなかったかのように空を眺めている。
この場で身構えているのはベルだけで、怒りは増すばかり。
もちろん、リチャードには勝てるはずもなく、仮に彼と敵対せずとも棺桶男と一対一で勝てる見込みもない。
しかし、当たり前のような顔をしてろくに説明もされないため、彼はさらに気炎を上げて詰め寄っていく。
「オレはそいつの仲間、ベルだ! ほら質問に答えろよ!!」
「そうか。俺は葬儀屋だ、よろしくな」
「よろしくじゃねーよ! 自分で殺しといて何が葬儀屋だ、ただの人殺しじゃねーか!」
「ははぁ、ひでぇ言われようだな。
純粋なガキの視線が痛ぇぜ」
「事実だろ!?」
「事実……んまぁ、たしかに間違っちゃいねぇがなぁ。
要するに、まだ教わってねーんだろ?
とりあえずさ、もっぺん周り見てみろよ」
語気荒く問い詰められる棺桶男――葬儀屋は、流石に鬱陶しくなったのか、パタリと拾うのをやめる。
やれやれ……といった様子で突き刺した棺桶を横に倒して座ると、煙草を吸いながらベルに周りを見るよう促していた。
「……? 魔物がたくさんいるな。普通の動物っぽいのも」
教わってないと断言されると、ベルは自分に落ち度があったのかと素直に周りを見回す。その目に映るのは、リチャードや葬儀屋がいるからか、まったく近寄ろうとはせずに遠巻きにこちらをの様子を窺っている、無数の獣たちだ。
脅威を感じた大型の魔獣たちも、それと生存競争を行う普通の動物たちも、侮れない小型の魔獣たちも。
誰も彼もがこちらを意識し、だがそれを感じ取られないよう自然に景色に馴染んでいる。
他に意味がありそうな部分はない。
風で草が揺れ、かすかに水音が聞こえているくらいで、いまいち意図がわからなかったベルは首を傾げていた。
「けど、オレはずっと村にいたから、他の草原との違いとかわかんないぞ。何が言いたいんだよ?」
「自分で口にした通りだ。人里を離れれば魔獣が多い。
そんな場所で旅人が死んだらどうなるよ?」
「だから、殺したのはあんた‥」
「重要なのは誰が殺したかじゃねぇ。その後どうなるかだ」
「……魔物に食われる」
「そう、食われちまうんだ」
ようやく答えに辿り着いたベルに、葬儀屋は厳つい見た目とは裏腹に人懐っこい笑顔を見せる。
直前に2人も殺したとは思えないような笑顔だ。
これにはベルも、意表を突かれて口をつぐむ。
泡を吸った様子で瞬きを繰り返していた。
「それで、なんだ? 殺したは殺したんだろ?」
「おいおい、お前さんもうわかってんだろ?
下手したら野獣に食われかねん場所で、わざわざ殺してて、葬儀屋だぜ? さっきみたく、素直になれよ」
「……この人達は、元々重傷だった?」
「正解」
今度こそ答えを見つけたベルに、葬儀屋は満足気だ。
再びニッと笑いながら、空を見上げて煙草の煙を吐き出している。
改めて殺された2人を見てみると、葬儀屋が斬った首が致命傷でこそあるが、その他にも全身にケガを負っていた。
葬儀屋が彼らを殺したことは、間違いない。
だが、それはただ命を奪う行為などではなく。
これ以上苦しませることのないように、死後に遺体を食い荒らされないようにするための処置のようだった。
それを理解した彼は、この間もずっと開いて構えていた魔導書を閉じ、頭を下げる。
「ごめん。事情も知らずに。早とちりしてたみたいだ」
「おー、わかったならいいんだ。殺しは殺しだからな。
助けられる可能性が、0だった訳でもない。
俺は俺の役割に則って、安定択を取っただけだ」
かなり強く責められていた葬儀屋だったが、批判された内容を否定するつもりもないらしい。心なしか悲しそうにしながら、試すような目でベルを見やる。新たな情報を提示された彼は、少し考え込んでから口を開く。
「うちの師匠なら、治療できたかもってことだな」
「そう、その通り。お前さん、理解が速くていいなぁ。
そこのリチャードとは雲泥の差だ。まぁ、やつは単に話す気がないだけだろうけどな。俺を認識してるのかも怪しいぜ」
「流石に認識はしてると思うけど……まぁそれは置いといて、師匠の話な。確かに、師匠はオレの村でもリチャードの治療をしてた。けど、このケガ……」
横たわる遺体を観察していたベルは、途中で言葉を切ると、難しい顔で言い淀む。致命傷になったのは確かに首だったので、真っ先に目に付くのはもちろんその傷だ。
しかし、その他のケガも十分致命傷だった。
一体どんな事故や襲撃にあったのか、腹が裂けて内臓が溢れかけていたり、腕が変な方向に曲がっていたりと、目を逸らしたくなるような状態である。
すぐさま治療できないのであれば、どちらにせよ亡くなっていたことだろう。これでも、恐らくは葬儀屋が隠したり取り繕ったりの処置をしているのだ。
助けられたのではないか、と責めることはできない。
同じ結論に達したと見た葬儀屋は、神妙な面持ちで淡々と言葉を紡ぐ。
「おう、移動させるのはちとキツい。
呼んでくるのも、間に合うかわからねぇ。
そもそも、先に見つけたのは俺の方でな。
だったら俺のやり方でやってやろうってことよ。
こっちはシエルちゃんの居場所なんざ知らねぇしな」
「なら、この結果は最善だよ。おっさんに落ち度はない。
……勝手に責めて、ほんとにごめん」
他の選択肢まで聞かせられたベルは、完全に納得して再び謝罪する。最初は極悪人のような扱いだったが、もうすっかり善人認定しているようだった。
「ところでおっさん、名前は?
葬儀屋ってのは職業だろ?」
「悪いが、俺に名前はねぇよ。森か山か……とにかくどっかの自然の中で拾われたクチでなぁ。育ての親が名付けてくれなかったもんで、仕方ねぇから葬儀屋と名乗ってる。
同業がいないこともねぇが、あんまメジャーな仕事じゃねぇしな。葬儀屋と言えば、まず間違いなく俺のことよ」
「そう、なのか……」
同じ孤児でも、より悲惨な境遇にいる葬儀屋の話を聞いて、ベルは表情を曇らせる。それを見た葬儀屋は、励ますように豪快に笑って立ち上がった。
「ハッハハハ! そうしんみりするなよ。名前がないからって、別にぞんざいに扱われた訳じゃねーよ。
ちゃんと育ててもらったから、今こうして生きてんだ」
「そりゃそうだけどさ」
「ほら、さっさとこの2人を弔うぜ。
食われちまったら、何も残せねぇからな」
「……!!」
葬儀屋は一瞬で雰囲気を変えると、さっき拾っていた木々を並べていく。燃やすにしても、やたら綺麗に並べていて目的は不明だったのだが……答えが出たのは本当に一瞬だ。
彼の言葉で顔を上げたベルの目の前には、いつの間にか棺桶が作られており、目を見開いて驚愕することになる。
「え? え?」
「俺たち葬儀屋は、時に死を見つけ、時に安らぎを与え、彼らの尊厳を守る。魔獣に食い荒らされないように、安心して逝けるように、終生の場を作る。場合によっちゃあ、遺灰のこともあるが……いずれにせよ、被葬者は我らに名を残し、居場所を彼方の誰かに伝えるのさ。たとえ命は既になくとも、越えられぬ境界に阻まれていようとも、いつの日か、大切な人たちと再会するためにな」
「……」
言葉を失って見守るベルの前で、葬儀屋に呼ばれたリチャードが慣れた手つきで穴を掘る。それは、もちろん棺桶が魔獣に脅かされないよう、安置されることになる場所だ。
目にも留まらぬ剣戟で、棺桶と同様に一瞬でくり抜かれた穴の中に、彼らは収まり眠りについた。




