3-生死を超えて届くもの
ベルが葬儀屋と共にいるリチャードを見つけてから、数十分後。彼らはシエルが待つ森の中へと戻り、ようやく彼女が用意していたスープを飲んでいた。
もちろん、リチャードは食事をするつもりも会話に交ざる気もないようで、離れた木陰で遠くを見つめているが。
他の3人は、たまたま3人分スープが用意されているテーブルに着いている。
「いやぁ、相変わらずだなぁシエルちゃんの料理は!」
スープは作ってからそれなりに時間が経っているはずだが、不思議と冷めてはいない。かといって、温められすぎて蒸発し、量が減っているということもなかった。
だが、ほどよい温かさで劣化もなく、ほとんど作ったばかりにしか思えないからといって、味の良さとは無関係だ。
大皿で豪快に飲んでいる葬儀屋は正直に笑い、それを聞いたシエルはジト目で彼を問い詰めている。
「相変わらずって、それどういう意味ですか葬儀屋さん」
「んー……心がこもってるって意味だな、モチロン」
「はぁ、そういうことにしておいてあげます。
あんまり上手じゃない自覚はあるし」
目を逸らしながらごまかす葬儀屋を、シエルはそれ以上追及することはない。
案の定知り合いだったようだが、ベルとは違って旅の仲間ではなく、年も離れているため、友人という感じではないようだ。
今朝は料理の腕を笑われても、特に言い合いに発展したりはせず軽く流されている。意地を張る相手であるベルは、素直に感心して夢中になってスープを飲んでいた。
「ぷはぁ、ごちそうさま! なぁおっさん。あんたって目的地とか決めてないんだろ? もう少し話聞かせてよ」
「んー? まぁ、遺体はどこにでも生まれるからなぁ。
しばらくは付いてってもいいぜ。何が聞きたいんだ?」
「そりゃあもちろん、あんたの仕事について!」
スープを飲み終わったベルは、日頃から死に触れている葬儀屋に真剣な眼差しを向ける。村はよく人が拐われていたが、彼は遠ざけられていて普段死に近づくことはなかった。
先ほど見た光景自体も、その対応や認識も、あまりに自分の常識とかけ離れていたため、理解しようとしているようだ。
しかし、葬儀屋はその視線を受け止めながらも、やや釈然としない様子で首を傾げている。
「別にいいが、仕事についてってなんだ?
俺は遺体や死にかけているやつを見つけたら、可能なら話を聞いて埋めるだけだぜ?」
「いーや、それだけじゃないね。あんたはさっき、居場所を彼方の誰かに伝えるって言ってた。そういう仕事もしてんだろ? あと、同業者も少なからずいる。
それがどんな感じなのか知りたいんだ」
葬儀屋からしてみれば、本当に遺体を埋めて覚えておくだけの仕事なのだろう。知りたいことを具体的に聞いてなお、『なんも面白くねぇんだけどなぁ』といった風だ。
とはいえ、何も面白くないのだから、隠す必要もない。
シエルが片付けをしているのを横目に、彼は望まれた通りに"葬儀屋"の仕事について話し出す。
「さっき軽く話した通り、俺は遺体を探して旅してる。
目的は魔獣共に食い荒らされないようにすることとちゃんと家に帰すこと。だから、死にかけのやつも対象だ。治せそうなケガなら治療もするが……大抵は楽にしてやることが多い。その場合、名前や遺言も聞けるから記録して、旅の中で聞き込みをする。知り合い・友人・家族を探してな。話を聞けなかった場合は……不謹慎かもしれねぇが、顔を記録する。
なかなか手に入らない代物だが、カメラってモンがあるんでそれを使う。あとは、亡くなった場所だな。
進路から目的地や出発地点を予想して、地道に探して歩くだけだ。……目的こそ人の尊厳を守るためだが、尊厳が守られるからって1人ぼっちは悲しいからな。相手の意向にもよるが、家族なんかを見つけたら、護衛しながら墓場に戻る。
そんで、再会した死者は故郷や家に帰っていくのさ。
ほら、別に面白くねぇだろ?」
淡々と話す葬儀屋の言葉からは、何の感情も読み取れない。
だが、表情は真剣に命と向き合って生きている者のそれで、瞳の奥には薄っすらと苦しそうな色が揺らめいていた。
「……おっさんは、その仕事のことをどう思ってんだ?
ずっと見続けて……死を、どう思ってるんだ?」
遠ざけられていたベルと、自ら探し歩く葬儀屋。
善人であるため殺人を止めようとした勇者の仲間と、救いとして手を下した孤高の葬送人。
行為以外で対極だと言えるのは、それぞれの思想だ。
互いに救いを望むという善性の土台がある上で、真逆の選択をする思想。
外の世界の話を聞いて、今まで知らなかった世界を知って、ベルの選択肢にも葬儀屋に近いものが増える可能性はある。
だが、きっと根幹は変わらない。
昨日までなら決して取らない選択を選んできた、彼の想いを知ることが重要だった。
ズカズカと心に踏み込んできて、普通なら避けるような話題を聞いてくるベルに、葬儀屋は『お前さん、ほんと変わってるなぁ』といった様子で苦笑している。
「俺は育ての親が似たようなことをしててよ。
端からは非情に見えても、優しい仕事だと思ってるぜ。
だから、死に対する認識はやっぱ救いだろ。
この世界は理不尽だからな。人は懸命に生きてるのに、より強いやつが簡単にすべてを奪っていく。ただでさえ、人生は先の見えないトンネルを掘ってるようなものなのに、強く、自由に行き来できるやつらは、必死で見つけた宝石を眺めることさえ許さない。俺達は、いつ崩れるかも分からない暗闇の中で、たった一瞬の光を求めて苦しむんだ。
その苦痛を、死ねばもう感じずに済む。
もちろん人が死ぬ時だって、たいていの場合は失い、失い、失い……恐怖が増すばかりの苦しみに満ちたものだろう。
だが、誰かに見送られ、後に何かを残せたと感じた時、人は希望を持って眠れるんだ。人生とは、いかに安らかな死を迎える準備を整えられるかだからな。俺はせめて、自分の人生は無意味ではなかったと、安心して逝ってもらいたい」
「……ある意味、想いを継ぐんだね」
「そうさ。他の時代、名前通りの葬儀屋は知らねぇが、俺達が名乗る葬儀屋は、死後の郵便屋だ。ちと血生臭ぇがな」
優しい顔で語っていた葬儀屋は、ベルの反応を見て微笑む。
立場、境遇、趣向など、ただ違うだけのものならいくらでも挙げられるものだが……想いはきっと、正しく伝わっていた。
「ハハ、お前さんの勇者観に変化はあったかい?」
「そうだな……オレは、やっぱり命を助けたい。
けど、そういう救いも悪くないって、そう思う」
長々と話していた葬儀屋は、どこかスッキリとした表情だ。
きっと、今までずっと1人で死と向き合い続けていたので、溜まっていた思いはあったのかもしれない。
新たな知見を得たベルも、信念は曲げないながらも、最初のように悪いことだと断じることはなく理解を示している。
近くで静かに見守っていたシエルは、思わぬ課外授業の結果に満足げにしていた。
「あぁ、1つ言い忘れてたな。俺らはまだ足掻きてぇやつを無理に眠らせたりはしねぇ。できる限りのことをして、無理ならいつも通り名前や言葉を聞いてから送り届けるぜ」
「一方的じゃ、届ける想いもないもんな!
正直、もっと話を聞きたいけど……」
ひとまずは、葬儀屋という仕事や思想について。
話が一段落ついたことで、ベルは手持ち無沙汰だったシエルを振り返って、様子を伺う。
既に荷物をまとめていた彼女は、大きなカバンなどを虚空に消しながら笑いかけていた。
「ふふ、気にしてくれてありがとね。……うん、そろそろ出発しよっか。他の話なら、多分旅をしながら聞けるから」
シエルの言葉を受けたベル達は、すぐさまテーブルから立ち上がる。それらも片付けたら準備完了だ。
しばらく同行することになった葬儀屋を伴って、すぐに歩き始めていたリチャードを追って旅を再開する。
「同業者の話、聞きたい!」
「俺と同じ仕事してるやつらの話がぁ?」
「オレ、村の外のことまったく知らないんだよ!
他の場所では、どうやって戦ってるのか知りたいんだ!」
人が増えれば、それだけで楽しい。
リチャードは相変わらずさっさと進んでいくが、3日目で旅の感覚もわかってきたベルは、この先の道のりを感じさせないくらいに笑顔だった。




