1-直面する死
「……いない」
翌朝。目を覚ましたベルは、とっくに燃え尽きている焚き火のそばで体を起こす。昨夜、寝る前に暗がりで見たリチャードは、寝ている間にどこかへ行ってしまっていた。
「あ、おはようベルくん」
彼がぼーっと見回していると、起床に気がついたシエルが、小さな鍋を抱えたまま挨拶をする。
どうやら、ずいぶん早く起きて朝食を作っていたらしい。
鍋からは湯気が立っていて、柔らかい香りを周囲に漂わせていた。
「師匠、おはよう。あいつは?」
「その辺を歩き回ってると思うよ。彷徨ってる人を探して」
「……ふーん」
(まさか、マジでねてないのか? あいつはいいやつで、本当にすげーけど……そういうのばっかだな)
何をしているのかは聞けても、結局どこにいるのかはわからない。少し顔をしかめたベルだったが、すぐに気を取り直すと匂いをかぎながら立ち上がる。
「朝ご飯、スープ? よく作れたなー。
なんか手伝うことある? 作り直したりとか」
「そ、コーンスープ。ありがたいことに、ほとんど料理せずに作れるものもあるのよ。……夜には物足りないけどね。
だから作り直す必要はないし、お皿の準備とか?」
「オッケー」
朝っぱらから軽口を叩かれるシエルだっだが、ほぼ温めるだけとはいえ、料理に成功しているので言い返したりしない。
得意げににやっと笑いながら、残っている仕事を頼む。
少し驚いた様子のベルは、成功の秘密を探るように鍋などを見つめつつも、頼まれた仕事を始めていた。
荷物の中から食器類を取り出してテーブルに向かう。
お皿と、スプーンと、コップらと。
ひとまず2人分並べた彼は、しばらく黙って考え込んだ後、静かにもう一組の食器類を並べ出した。
それを見つめるシエルの目は、とても嬉しそうだ。
「さて、食事の準備はできました。
けど、何かがちょっーと足りないよね?」
「そうだなー、飯はみんなで食わねーともったいない」
綺麗に整えられた食卓を見下ろしながら、彼らは顔を見合わせ笑う。誰かのために戦うとしても、その過程にある旅は、日常は、常に楽しく安らかに。
目的や理想は違っても、2人の意識はバッチリ噛み合い、息が合っていた。すぐに片方が残り、もう片方がリチャードを探しに行くことに決まる。
「よーし、リチャード見つけるぞー。温め直せはするけど、どうせなら冷める前に連れてこないとなー」
まだ見ぬ森に踏み出していったのは、ワクワクと冒険気分のベルだった。杖で何かしているシエルに見送られながら、彼は旅に出てから始めて1人でずんずん進んでいく。
「行き先はわからないけど、いつもこうって話だから遠くには行ってないだろ。じゃなきゃ、あの2人はこれまでずっといっしょに旅なんてできてない」
比較的木々がまばらで、歩きやすい森の中を、彼は行き先について頭を悩ませながら進む。1人で探しに行くことを許可されただけあって、危険なことは起こりそうにない。
緩やかに舞っている葉っぱ、穏やかに鳴く小鳥の声。この森は、故郷の森よりも平和そうだった。
しばらくその和やかな空気を味わうように歩いてから、ベルは懐から文字に刻まれた石を取り出す。
「ただ、それは時間を気にしなかった場合だろうし……
冷める前に見つけるなら、急がないとな。
さっきもらった、このルーン石? 砕かなきゃ使えないってのがもったいなすぎるけど、遠慮なく使わせてもらうぜ。
対象はリチャード、道標のルーン発動!」
"P."
砕く。ベルがそう念じて握りしめるだけで、硬そうな石は内側から光を発して砕け散る。
それは1回だけの使い切りだが、その代わり、砕けば誰でも魔術が使用可能な代物だ。昨日魔術を知ったばかりでも同様で、ルーン魔術は光の道となって標となっていた。
「……あっち、なのか? ルーン魔術って便利だなー。まぁ、これだけを頼りにしてると、いざという時どうにもならなくなるんだろうけどさ。勇者の旅について行くなら、身を守る術にしちゃダメなやつだ。あくまでも補助用だな」
数秒ほどポカーンとして光の筋を眺めていたベルだったが、魔導書で最初よりは魔術にも慣れている。
派手さもなかったため、簡単に魔術が使えたことに放心することなく道標を追い始めた。
「さまよってる人を探してるって言ってたっけ」
道標は魔術なのだから、その先にリチャードは必ずいる。
だというのに、どれだけ歩いても姿が見えないどころか、痕跡や気配すらもまったくない。
「もしかして、本当に誰か見つけたから遅いのかな?
じゃないと、いくらなんでも遠くまで来すぎだろこれ……」
しばらく黙々と歩いていたベルは、やがて困惑した様子で立ち尽くす。森を抜け、首を傾げている彼の目の前には、山を背景にした草原が広がっていた。
森から草原に変わるほど、彼は歩いてきたはずだ。
しかしここまで来ても、光の筋は依然としてリチャードの元まで辿り着かない。
ひたすら道標を追うだけだったベルは、初めて見る光景に心を奪われ、目を輝かせながら見回している。
「すっげー広い……けど、ちらちら魔物っぽいのもいるな。
ん? 他にもなんかある。あれは乗り物……? 馬車か!」
光の筋から意識がそれたベルだったが、草原に異質なものを見つけるとすぐさま我に返る。小型でも油断ならない魔物、波風立てずに生きる屈強な動物、大型で恐ろしい魔物。
それら、気を抜けないものの中に混じっていたのは、完全に横転しボロボロになっている馬車だった。
いくら獣にも喋れるものがいても、馬車を使うのなんてほぼ確実に人間だけ。どう見ても助けを求める人がいる光景に、彼は反射的に駆け出していく。
「はっ、はっ、はっ……あれは、リチャード?
それから、もう一人誰かいるな。遠くてよく見えねー」
向かう馬車の側には、見覚えのある小さな影がある。
どうやらリチャードは、朝っぱらから遠くで助けを求めている人を見つけ、助けようとでもしているらしい。一見無気力で自分から動かないくせに、行動は誰よりも勇者だ。
そしてもう一人、破れかけた幌の向こう側にいてよく見えないが、だいぶ背の高い大人も近くにいるようだった。
その人物が助けられているようには見えないものの、周りに倒れている人も見当たらない。
壊れているとはいえ、まだ落ち着ける馬車の中にいるのか、その影に横たわり、隠れてしまっているだけなのか。
いまいち彼らが何をしているのかがわからないまま、ベルは助けるべき人の元へ駆けつける。
「おーい、リチャード! とっくに飯の準備ができてるぞ!
こんな時間にこんなところで何してんだ?」
「……」
「ん?」
ベルの呼びかけに、リチャードは相変わらずほとんど反応を示さない。見ていないと言われても信じるほどかすかに顔を上げ、一瞥しただけで、すぐに視線を落としていた。
だが、一緒にいた人物――なぜか棺桶のような物を背負っている男性は、まだまともな人物のようだ。
怪訝そうにしながらも、しっかりと彼の方を見ている。
片手に握った、鋭い刀を振りかぶりながら。
「ちょ、あんた何やってんだよ!?」
「あ? 仕事に決まってんだろ、なんだこのガキ」
棺桶を背負った男の行為を察したベルは、さらにスピードを上げて駆け寄っていく。まだ魔導書を自由に扱えはしないが、それでもなんとか止めるべく拳を振り上げて。
しかし、既に刀を構えている相手を捉えるには、距離がありすぎた。それ依然に、身体能力も経験も、何一つ足りていなかった。
刃は止める間もなく振り下ろされ、堪らず殴りかかった彼は簡単にいなされ、弾き飛ばされてしまう。
「っ……!!」
ぐるぐると回転したベルが着地し、ようやく横たわっていた人を視界に入れた時。地面には、綺麗に首を斬り裂かれた男女の姿があった。




