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エターナルブレイバー  作者: 榛原朔
幕間-君を見ている

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4-力不足は事故の元

ベルがリチャード達に付いて旅に出た翌日。

彼らは相変わらず、村を囲んでいる深い森の中を歩いていた。


道中の様子も昨日とほぼ同じだ。リチャードは1人でさっさと先へ進み、ベルはシエルに訓練を見てもらいながら、必死に後を追っている。1つだけ違うのは……


「なぁなぁ、もっと色々教えてくれよー。

オレ、外のことなんにも知らねーんだよ」


好奇心が強いベルが、早くも戦う術以外のものに興味を示していることだ。知らないことばかりの彼は、練習用の魔導書で水球を操りながらも、しつこいくらいに質問をしている。


だが、師匠になってくれたシエルの方針としては、今すぐ色々と詰め込むつもりはないらしい。

足場の悪い森をおそらくは魔術で整えて、慣れた様子で進みながら、呆れた様子で窘めている。


「まだ魔導書も完璧に使いこなせてないのに、何言ってるの。そもそも、戦い方についてだって、大変になるからって細かい話はしてないんだよ? これが勉強メインの学校なら話は別だけど、今必要なのは身を守る術でしょ?

中途半端はよくないんだから、まだ我慢しなさい」

「ちぇー」


知りたい――学びたい意欲があっても、勉強を求めている訳でもその場でもないため、シエルの指摘は尤もだ。

リチャードは口を尖らせているが、大人しく従って修業を続けている。


昨日のように魔導書を目の前に浮かべ、開いたままページをめくらずに輝かせて神秘の力を高めていた。


「じゃあさ、せめてこの修業で大事なこととか、コツとかを教えてよ。今んとこ、自由自在に使える気がしねーんだ」

「ん、そうねー……昨日、あたしは神秘を支配しないとって話をしたと思うけど、それは別に押さえつけろってことじゃないの。獣が本能で操る代わりに、あたし達は意志で操るってだけ。だから、基本はやっぱり自然に触れることかな。

下手したら命にかかわる大自然の中で、彼我の差がなくなるほど密接に自然と一体化するの」

「ひがの差?」

「あなたと誰か、何かの差ね。例えば、水の中に入ると服が濡れて張り付くでしょ? ずっと中にいると、境界線だって曖昧になる。そういうのを、周りの環境すべてに感じるの」


基礎的な考え方を教えてもらい、ベルは一旦魔導書を閉じて目を瞑る。スピードこそ落ちているが、歩く足は止めないままだ。


危なっかしくもゆっくりと進んでいく。

視覚を封じたことで、より強く自然を感じて周囲を認識しているようだった。


「……空気とか?」

「そうそう。オーソドックスなのは、火水風土かな。

さっきも言った通り水の中に潜ったり、あとは土に埋まったり、風に吹かれたり、火で暖まったり……

そうやって、自然を身近なものにして力を高めるの」


目を瞑っているベルは、感覚を研ぎ澄まさざるを得ない状況に身を置いて、雄大な自然を感じ取る。


柔らかな風が吹き、頬を撫で、髪を揺らす。

一定の流れを感じるそれは、森の正しい道筋を示しているかのようだ。


同じように、周囲を埋め尽くしている木々もざわざわと風に揺れていた。何本あるか、どれだけの高さかなど、到底わかりはしないが……


たまに引っかかる根で、葉が擦れる音の重なりで、大きさも量もある程度は推測できる。その規模は、ただ何となく目で見ていた時よりも、はっきり捉えられることだろう。


風で揺るがない地面も同様だ。視覚に頼っていた時は、歩行よりも獣や木々などの障害物に意識が向くが、封じられたらそれ以前の問題になる。


安定して歩くには、やはり否応なしに意識を向けることになるのだから。地面の硬さ、凹みや傾きが、視覚を通さず直接脳に刻まれる。


普段、ほとんどの情報は視覚に頼って無意識に取り入れられているのだ。少し遮断しただけで、匂いや音などの情報量は、質も量も重要度もすべてが跳ね上がっていた。


それすなわち、さらに深い自然への理解であり、彼我の境界を超えて歩み寄る姿勢。昨日よりも神秘に順応したベルは、しばらくして目を開けると再び魔導書を開く。


「風……が、柔らかく、ふんわりと……」


今回魔導書から吹き出したのは、前回のような暴発じみた水ではなく、弱々しいながらもちゃんと制御されている風だ。

前髪を揺らしながら昇ると、ベルの制御によって極自然に不自然な軌道を描いてみせる。


その果てには、彼の足元に集まって風の船のような形で体を持ち上げ始めた。


「うおーっ、オレ飛んでんじゃん」

「あはは、上手い上手い。それにこれ、修業としても丁度いいかも。体勢を安定させて、移動までしてみなよ」

「おっす、師匠!」


目を輝かせて歓声を上げていたベルは、明確な指導を受けて嬉しそうにしながらも、表情を引き締める。


魔導書に手をかざして精神を集中させると、風でめくれそうだったページはもう動かない。ゆらゆらと不安定に動く足は次第に落ち着き、体は少しずつ前進していた。


思いの外すぐに安定させた姿に、シエルは感心した様子だ。

心なしか目を見開いてから、とても重要とは思えないような調子でポロッと助言をもらす。


「それから、魔術を使う時に自分が決めた呪文を唱えるとか、名前をつけるとかもいいよ。強い人はなしでもポンポン使ったりするけど、ルーティーンになってたりどんな現象を起こすかはっきりしてると、力の方向が定まりやすいから」

「へー! じゃあ、例えば"ストーム"とかって言ったら、森をなぎ倒すくらいにできんのかなぁぁぁぁぁぁぁッ……!?」


シエルの言い方が、あまりにもサラッとし過ぎていたのだろう。制御のことなど考えず、なんの気なしに今起こっている現象を定義したベルは、途端に風を暴走させる。


船の形をしていた微風は渦を巻いており、もはや術者をぐるぐると振り回すだけの凶暴な嵐だ。


これでは再び風を安定させるどころか、自分の状態や現在地すらもわからない。結果として、彼は一瞬のうちに青空へと羽ばたいていった。


「……あちゃー、やっちゃった」


より具体的に言うと、地面をえぐりながら木々を薙ぎ倒し、姿が見えなくなるほど高くまで吹き飛んだ。

突然のことで見送るしかなかったシエルは、ポカーンと空を見上げて困り顔を浮かべている。


しかし、既に姿が見えなくなっているとはいえ、このまま何もしない訳にはいかない。ベルは魔導書こそ持っているが、さっきのようにすぐ暴発するくらい未熟で、自力で着地できるとは思えないのだから。


どうにかしなければ、落下死してしまう。

実技が苦手と言う割に驚くほど冷静な彼女は、いつの間にか周囲を浮いていた石を1つ、杖の一振りで砕いた。


"A.(アンスル)"


どうやら、石を砕くことで彼女は何らかの魔術を発動させたようだ。目の前には、空間の歪みのようなものが生まれる。


向こう側は現在地とは明らかに違う場所の景色で、中には人に頭を下げられているリチャードの姿があった。


「ごめん、リチャード。ベルくんが吹き飛んじゃった。

方向は君のいるところから‥」

『見つけた。助ければいいんだな』

「うん、あたしもすぐに‥」


シエルの連絡を受けたリチャードは、やはり最低限の言葉を交わすだけで行ってしまう。詳しく場所を聞くまでもなく、自力で探知できたようだ。


ものの数秒で空間を消され、彼女は悲しげに肩を落とすが……すぐに気を取り直すと、先程のような石をいくつも浮かべ、砕き、複数の魔術を発動して自身も追跡を始める。




~~~~~~~~~~




同刻、空。目を回しながら吹き飛ばされるベルは、とうに雲を突き破って顔を青ざめさせていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!?」


普通の人間では到達できない高所であること、魔術の暴発で力が抜けること、回転しすぎて今にも吐きそうなこと。

様々な条件が重なって、自力での制御など不可能だ。


魔導書の輝きは弱まり、チカチカと不安定な光になってきてはいるが……現在地は人の手が及ばない天空である。

周囲の大自然が宿す神秘が供給され続け、嵐はまるで弱まる様子を見せない。


「や、ヤバかった!! 思ってたより、ヤバい力だったぁ……!!」


その中心で、ベルはただ涙ながらに叫び続けるしかない。

巨大な鳥、生き物のように動く雲、支配者の如き風格の竜。


遮るものがない分、地上よりも遠くまで……多くの神秘が一望できる大空に、情けない悲鳴が響き渡る。


暴走している嵐がなければ、自ら居場所を教える彼は、周囲の環境にとって餌でしかなかったことだろう。

だが、居場所を知るのは決して捕食者だけではなかった。


幸いにもこの危機の元凶は、身を守ると同時に助けを求める役割も果たしていて……


「って、えぇッ!? リチャード!?」


運良く視界に入った仲間を認識し、ベルは目を見開いて驚きの声を上げる。さっきの今で助けに来てくれた事自体、驚くべきことではあるが……特筆すべきは、その居場所だ。


リチャードは普通考えつくように、地上で待ち構えて、落下したところをキャッチしようとしているのではない。

どういう訳か、直接空を飛んで助けに来ていた。


それも、特に道具や魔術を使っている風でもなく、両手を体の横に力まず添えての自由飛行だ。

自分を見据えながら、真っ直ぐ弓矢のように飛んでくる勇者など、誰から見ても恐怖でしかない。


体を引き裂かれているのに、飛んでくるだけで嵐を消し飛ばした彼に、ベルは堪らず悲鳴を上げる。


「何当たり前みたいな顔して空飛んでるんだよお前!?」

「学ばないやつだな。舌を噛むぞ、黙ってろ」

「ぐえぇ……!! ここ、空なんですけどぉ!?」

「上から、下だろ。誤差だ」


元々自分ではどうしょうもなかったので、ガシッと掴まれたベルは強制的に落ちることになる。

予想外だったのは、勢いが消えるまで待って自然に落ちる訳ではなかったということだろう。


「んな訳、あるかぁぁぁアァァァッ……!?」


風圧だけで空を飛べるとでも言うのか。

リチャードは爆発的な蹴りで無理やり軌道を変えると、隕石と見紛うばかりの勢いで、ベルごと地上に落ちていった。




~~~~~~~~~~




「……ひどい目にあった」


その日の夜。昨日と同じく焚き火のそばで横になるベルは、治療された手を見つめながらぼやく。

ふざけたスピードでの落下はやはり無事では済まず、結局あの後ずっと、治療で1日が終わったのだから無理もない。


しかし、やはり同じように暗がりにいるリチャードは、苦情をまともに取り合ってくれなかった。

明かりとの境目辺りに立って、冷たくあしらっている。


「自業自得だ。さっさと寝ろ」

「ちくしょうめ」

「恩人だが」

「結果はそうでも過程は鬼だろ」

「……なるほど」


意外にも納得したのか、彼はポツリと呟いて背を向ける。

その後ろ姿を見つめながら、ベルはゆっくりと眠りに落ちていった。


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