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酒罵微忘碌  作者: 久世
7/26

この食い逃げ野郎〜!

 歌舞伎町の街も治安がよくなってきたとはいえ、ぼったくりというのは手をかえ品をかえ、いろんなパターンで生き残っている。


 心得ておくべき最低限の予防策としては、歌舞伎町初心者ならば、どんな状況であっても「客引き・キャッチにはついていくべからず」だ。歌舞伎町にくると、新宿警察署からの音声アナウンスが大音量で流れている。


「こちらは新宿警察署です。客引きの言葉は全部嘘です」


 注意のアナウンスにもいろいろなパターンがあるが、一日中流されているのだから、それぐらい被害も多いのだろう。


 キャッチの中でも、さらに黒人のキャッチは、99%ぼったくりだ。


 外国人差別とか黒人差別とかではなく、黒人のキャッチ=99%ぼったくりなのは間違いない事実なのでどうしようもない。99%と書いたのは、1%は、ぼったくりではないケースもあるからなのだけれど、それに出くわす確率は本当に限りなく低いので、もちろんお勧めはできない。


 僕だって、一か八かの冒険心で黒人キャッチに果敢についていって、結果として優良店だったという経験が、たったの一度あるに過ぎない。99%ぼったくりだと思いながらも自ら黒人キャッチに近づいて、あっという間に囲まれたり、明らかに腕力では勝てそうにないデッカいやつに肩を抱かれからの、しばしの会話を楽しめるようになるのは、結構な年月を要する。


「ヘイブラザー!  ドコイクノ。ノミキテヨ。ガイジンノオンナノコイルヨ」


 というカタコトのキャッチ相手に


「ここら辺の外人のキャッチはマジで全部ぼったくりじゃん、メーン!」


 なんて返しながら、ある程度は会話の中で見極めて行った結果、それでもやっぱりほとんど毎回負け、多くの敗戦を経て、ようやく辿り着いたビクトリーがたった一度だ。


 どうでしょう、この貴重さがわかりませんか。


 それらの多数の敗戦の中の経験の一つとして、「最後に会計をするとボラれる」というのがあるので、客引きとは支払いに関して事細かに色々と突っ込んで聞くことが多い。もちろん、ぼったくりを生業としている店、キャッチ、どんな強引な手段を使ってでも、店内に引き入れた瞬間に勝ちがほぼ揺るがないのだから、聞いたところでそれが事実だとは限らない。いや、むしろこれもまたほとんどが嘘なのだけれど、一応最低限のリスクヘッジとして、それは確認せねばなるまい。


 この日も


「こないだあなたみたいなのについて行って散々だったから行かないよー! 行きつけの店あるから、またね」


 なんて言いつつも、まだ向こうに声をかけ続けさせる隙をあえて見せながらノロノロと歩いていたんだけれど、


「ウチハゼンブ、キャッシュオン。イッパイチュウモン、ソノバデシハライ。マエバライ、アンシンネ。ウチノミセ、トーオーノオンナノコイルヨ。オイデオイデ」


 なんて言うものだから、いっぱいずつ払うのならまあ、大丈夫かなあなんて判断をして、いつもの興味本位でついて行った。


 実際、キャッシュオンだったんだよね。


 一杯の値段も少し高いけど、言っても歌舞伎町の夜のお店だと考えれば普通価格だし、「これなら大丈夫そうだ。今日こそは勝ったか?」なんて思いながら一人異国情緒を楽しんでいた。ついでにさっきのキャッチも店内でパソコンいじって暇そうにしていたもんだから、こちら声かけて「さっきは疑って悪かったね」なんて言って一杯ご馳走したりもしながら、それなりの時間が経過した。


 と、唐突に、頼んでもいないワインボトルを持ってくるブラザーキャッチマン。


 そこそこ酔っ払ってはいたものの、敗戦続きとはいえ、僕だって歴戦の猛者。記憶が曖昧なところで、高いお酒を頼ませようなんてそうはいかない。ふふ。ブラザー、お前の負けだ。


「それなに? 頼んでないよ」

「ワインオイシイヨ」

「知らないけどさ、注文してない。下げて」

「アー、コレネ、モウ、アケチャッタ。アケタラ、サゲレナイ、ウリモノナラナイカラ」

「は? 頼んでないから。って、かいくらよ」

「……エンネ」


 ワインとしてはあり得そうな価格ではあるが、数万円程度の金額を(とはいえ銘柄とかもわからないので価格が妥当なのかは不明)を口にするブラザーブラックキャッチマン。払えるか払えないかでいうと余裕で払える金額ではあるけれど、そもそも頼んでいないものを封を開けたからと言う理由で出されても困るわけで、何のためのキャッシュオンよと憤慨した僕は、この勝利を敗戦にしてはならないの一心。一呼吸おいて


「分かったよ。ちょっとトイレ」


と言い残し、そのままダッシュで逃げた! 逃げちゃった!!


 店舗は2階にあったたのだけど、階段を駆け降りた。小学生以来だろうか、2段飛ばしとかで階段をダッダッダッっと降った。酔っ払っていてもつまづくことなく走った。そうか、小学生時代の無駄にも思えた階段数段飛ばしの練習は、この日のためにあったのか。


 後ろから聞こえる、さっきまで仲良く飲んでいた東ヨーロッパ美女からの「コノ! クイニゲヤロー!」という生々しい叫び声が心地よかった。なんなら艶かしくも感じた。


 ブラザーブラックキャッチダッシュマンも追いかけてきていたようだけど、一瞬の隙をついた僕に死角はなく、しっかり撒いた。その勢いで、ホームのバーに駆け込み


「人生で初めて食い逃げしてきた〜」


 なんて、出来立てほやほやの酒の肴話を店主への手土産に、再び朝まで飲み直したのでした。


 ……勝ちなのか?

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