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酒罵微忘碌  作者: 久世
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終電廃止政策

 夜の呑み屋で必ず目にするのが、終電間際の攻防戦だ。


 なんとしてでも終電では女子を帰宅させまいとするおじさんのトークもなかなか香ばしいものだけれど、一人できているような男性客からも、「ラスト一杯」であるとか「今日は終電で帰る」との声があちらこちらから聞こえてくるようになる。


 そのようなことは宣言せずに、今あるものを飲み干して、さっとお会計を済ませればよいものの、なかなかどうして、そうもいかないもので。往生際の悪いものになると、お会計後に「ごめん、もう一杯」とキャッシュオンでさらにラスト一杯をおかわりしたりし始める。酔っ払ったおじさんだって、甘えたりちょっとした注目を浴びたい瞬間はあるんだ。


 かく言う僕もそうだった。終電が近くなると、いやにソワソワし始め、あと何杯飲めるだろうか、ここで帰って正解なのだろうか、と自問自答し始める。


 たいていは、「ラスト一杯で! 今日は終電で帰ります帰ります詐欺」になるのだが、客層的にそれほど楽しい雰囲気でない日や、逆にうるさい客に圧倒的に支配されちゃっているような夜なんかは、正直に帰宅することもあるもので、全てが帰るフリというわけでもない。


  とはいえ、概ね詐欺行為なわけで、ほとんどのケースは始発まで、あるいはその時間までいると、店主が店を閉めるまで、あるいは閉めたあとの店主とのアフター飲みやアフター寿司、アフターラーメンまで付き合う気で満々になっていたりもするものだ。


 20代の若い頃はそれで良かったのだけれど、さすがに30代に入ってくると、毎週末の半日コースは少しずつしんどくなってくるのもまた事実。肉体の衰えというのは、いつの日も、顕著に現れる。


 気持ちはいつだって朝まで飲むぜ! なのだけれど、身体がどうしても言うことを聞かないだとか、急につまらない空気になったときなんかに、「ああ、始発まで長いなあ」と思わずにいられる方法はたった一つ。


 終電のない世界へ移り住むことだ。


 30代に入ってからは、概ね歌舞伎町から自宅まで徒歩20分から30分圏内の場所を転々とし続けていた。なんなら徐々に歌舞伎町に近い場所に引っ越しを繰り返すようになった。ほとんど2年周期で、ちょっとだけ歌舞伎町に近づいて、ちょっとだけ家賃も上がるという無駄極まりないルーティーン。


 しかしながら、これにより、不要なカロリーを使う「終電で帰るつもりの演技」にリソースを割く必要もなくなるし、つまらなくなったらいつでも帰宅できるぞという余裕を持ちながらも、朝までコースを決め込むことができるわけだ。


 ぐでんぐでんに酔っ払ってしまったって、タクシーさえ捕まえれば1000円もあれば玄関に連れて行ってくれる距離であれば、もはや何も恐れるものはない。


 地球は自分を中心に回っているのかと錯覚するレベルの環境である。泥酔の結果、回っているように感じていたのでは、けっしてない。


 結果として、僕の場合は、大久保駅や西新宿駅、中野坂上駅を最寄りとする、西新宿・北新宿といった町を転々とする十数年を送ることになった。今もそうだ。ちょっと近所を散歩をするだけで、過去の自宅5,6箇所ぐらいを巡るツアーが可能だったりもする。


 上京して二十余年、うち半分以上をこの界隈で過ごしているのだから、歌舞伎町が自宅だとまでは言わないにしても、あそこはオレの庭だと喧伝してまわったとしても、誰も怒ることはないだろう。


 順調だった終電廃止政策ではあるが、世の中がコロナ禍に突入するよりも少し前ぐらいから僕の歌舞伎町ライフは徐々に影を潜めはじめていた。体力的な問題か、金銭的な問題か、優先順位が変わったのか、興味の矛先が変化したのか、環境の変化か、はたまた大人になったのか、もしくは普通のオトコノコになっただけなのか。


 原因は一つではないにせよ、そうありつつあった矢先に、コロナで拍車がかかったのは事実であって、今となってはめったに足を踏み入れることもなくなったのだから、人生というのは何があるのかわからないものだ。


 LINEのトーク画面を埋め尽くしていた、夜の女の子たちやバーの店主、キャッチたちとも疎遠になり、未だに連絡を取り合うのはほんの一握りほど。


 特にそれに対してことさら寂しさを感じることはないけれど、自分の中のライフステージの変化だったんだろうなと認識するにつけにつけ、その影響の大きさも大いに感じつつ、色んな意味を込めて、この言葉を残そう。


 さようなら、新宿歌舞伎町。


 それでもなお僕は、この場所に屍のように生きています。

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