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酒罵微忘碌  作者: 久世
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酒宴の終焉

 僕の酒場での長い旅は、意外にもあっけなく幕を閉じた。


 身体を壊したのだ。タイミング的には、放っておけばいつ死んでもおかしくない状態だと言われる状況の時だった。

 幸いにも生還したし、肝臓の方は壊れてはおらず、アルコールを摂取する行為にドクターストップがかかったわけではないのだけれど、死と直面するような状況になってまで狂ったようにアルコールを欲する人間ではなかったようだ。

 いや、もしかしたら、もうどうしようもないという段階には至ってなかったから、そう思えたのかもしれない。どうあっても手遅れという状況であれば半狂乱のまま酒場で人生を終えることになったのかもしれない。それはまあ想像に難くない。

 しかしアルコールとは、わりとすんなりと決別した。


 長い旅とは書いたが、実際に長かったのか、あるいは短かったのかはよくわからない。客観的な年数で言うと二十年をゆうにこえる期間になるのだけれど、実感としてはあっという間だったようにも思えるし、しかし実に半分ぐらいの記憶は、アルコールが消化されるのと同時に消えていっているのだから、そういう意味ではやはり短かったというべきかもしれない。

 一方で、経験した物事の密度という意味では、昼を過ごしたそれよりも、はるかに濃密だったとも思う自分もあり、捉え方次第でどちらにも取れよう。評価というものは常に多面的で、ひとつの軸に集約するためには目的が必要だ。そしてその目的は、評価者の思惑により、ある程度操作される。

 そんな論はさておき、実態としては、最強のコミュニケーションツールでもあった酒との別れを告げたというただひとつのファクトが存在するだけであることには違いがない。これで自発的に歌舞伎町を訪れることもなくなるんだろうな。そう思うと、それなりの歳月を重ねた成人男性には似つかわしくない涙が頬を伝う。


 実はゴールデン街で出会ったとある女性と結婚したりやがて離婚することになったのだけれど、本人に無断で書くのはなんとなく申し訳ない気持ちがあり、そのことについては、この酒罵微忘碌では触れなかった。ここで書かれたエッセイは、結婚前であったり、離婚後の話が主だった時期だ。ただ結婚生活中にも、歌舞伎町や酒場へ足が遠のくこと自体はほとんどなかったのだから、酒場はとんでもない魅力を抱えているのだなと思う。

 あの雰囲気。一期一会の出会いや、ときめく瞬間。予想だにできないアクシデント。アンコントローラブルな世界。もう一人の自分に会える空間。

 そんな時間を二度と楽しめないんだなと思うと、筆舌に尽くしがたい大きな喪失感におそわれる。


さようなら、歌舞伎町。さようなら、酒場。


……そんなふうに思っていた時期がほんの一瞬だけあった。意外にも、ソフトドリンクでも、酒場を楽しめる人種にマイナーチェンジできたようだ。あれからしばらくの時間を要したが、夜のお店にも以前ほどではないせよふらっと顔を出したりもしているし、平気でクローズまでの延長を繰り返したりもするのだから、人間ってかわれるようで、かわれないもんだなと実感する。


 僕の酒場での長い旅は、ノンアルコールでノンストップに続く。


 酒罵微忘碌 2024年4月28日 了

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