酒の世界に男も女も関係ねぇ
飲み屋ではそこかしこに恋が生まれる。
露骨なナンパなどが行われるような場所には立ち寄らないが、それでも毎月、あるいは毎週、なんなら毎晩のように顔を合わせる独身の男女が横並びに座り、毎回数時間もアルコールと共に同じ空間を過ごすのだから、それも当然である。
一般的に男女二人での初めての食事デートをすると想定するならば、まずはそういったお誘いができる程度に親密になり、その先でなんとか連絡先を交換し、ようやく食事へ誘うというステップ。うまく許諾を得たとしても、比較的早い時間帯から二時間や三時間を目安に、といったやや堅苦しい交際マナーに則したプランで進める必要があるが、飲み屋の客同士である男女であれば、そのステップというものが最初から一切存在しないというのが強みと言えるだろう。
しかも、「今夜はこのコを酔わせて……」なんて気合を下心に注入する必要もなく、相手もそもそも飲みに来ている前提があり、放っておいても勝手に酔っ払っていくわけなので、ガードが緩んだ状態で何度も顔を合わせることになる。ノーガードでの熾烈な打ち合い。これこそが呑兵衛界のリングの醍醐味である。ここらへんは、同じ飲み屋といっても、おしゃれなバーよりも、やはり一杯呑み屋系で客同士で自然とわいわいやっているような店がその傾向が強いし、そもそも異性との出会いや恋人探しに来ているわけではなく、「ただ呑みたくて」来ている流れで「そうなる」事が多いというのが、ポイントでもある。そもそもガードをしていないし、攻めようとも思っていないからこそ、容易にマッチングしてしまうという逆転現象。
店主が客とできてしまうことや、店主が客同士をくっつけようと画策することもあるが、そんなはからい不要とばかりに、勝手にくっついているカップルの多いこと多いこと。「え、あいつとあいつが?」みたいなのは日常茶飯事だ。それも知り合ってから何年も経過し、ただの飲み友達として昇華しきったと思っていた関係性の人同士でも結果そうなっちゃうことも多いもので、人間の心理というのは、なかなかに面白い。おそらく本人等も、どこからちゃんとした恋に変化したのか、はっきりとはしないのではないだろうか。
面白いといえば、ことこういった飲み屋では、女性から男性を誘う、あるいは襲っちゃうといったパターンも平気で存在したりする。
一般世間で、こういうケースはごくごく稀な気がするが、嘘のような本当の話。実しやかな都市伝説ということではなく事実である。信じるか信じないかはあなた次第でもない。
なぜ知ってるかって?
そりゃあ経験談だからだ。それも一度きりではない。両手までは使わないものの、複数回女性の方から付き合うことを提案されたり、あるいはそういう契約ごとをすっとばして襲われかけたことがあるからにほかならない。
いずれも年上ではあるが、恥も外聞もな……いや、酸いも甘いも知り尽くした中高年たちの世界ということでもなく、僕も相手も二十代から三十代。お店で知り合った呑兵衛女子であったり、はたまた飲み屋側の店員であったり、中には一緒に飲みに来ていたバイト先の社員さんであったりと、パターンはいくつか存在する。
共通点はといえば、お互いベロンベロンで、最終的には女性宅に誘われ、無防備にも訪問し宅飲み、そしてお泊りという流れ。まあ、逆の立場目線だと「これで拒否るなんてありえない!」ということになるのだろうが、僕はというと、この女性から誘っていただくケースについては、結果としてすべて拒否権を発動した。
中には、女性側から「とりあえずお試しでいいから付き合ってみようよ」とか、「君が気づいていないだけで、私たちめっちゃ合うと思うよ。いいじゃん?」とか、「養ってあげるからさ」みたいなものまで、半ば強引なお誘い文句を突きつけられたり、あるいは、リアルに寝込みを襲ってきたりと、それはそれは、まあ、赤裸々な感じのケースもありはしたが、そこの貞操は、我がチーム自慢のディフェンダーがしっかりとブロック。鉄壁の最終ライン。
呑兵衛たるもの紳士たれとは誰が言ったであろうか。
どんなに酩酊していたとしても、紳士の矜持は忘れてはならない。きちんとした気持ちがないまま、流れでそういうことにはなってなるものかという理性が最終的には働いている。
そんなことなら、「自宅まで行くなよバカ」「ひとつの布団に一緒に入ってんじゃねえよ」なんて声が聞こえてきそうではあるが、よく考えてみてほしい。女性が同じようなことを経験し、その顛末を発言した場合に、面と向かって同じことを伝えられるだろうか。それこそ、最近のネット世論であれば、「その気もないのに行くほうが悪い」論は大バッシングを受けた上で大炎上だろう。
とはいえ、不適切ではないにもほどがあるよねと、いつも酔いが冷めてから自問自答することにはなる。
人間の心理は、本当に不思議なものです。




