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酒罵微忘碌  作者: 久世
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傾奇者たちの日常

 歌舞伎町では、普通の街ではめったにお目にかかれない特殊な光景を目にすることが多い。


 さすまた。漢字だと刺股と書く。

 ときおりニュース報道などで耳にするあれだ。長い柄の先にU字型の金具がついている武器のようなもので、学校や貴金属店などに防犯用として常備してあることが多いようだ。武器と書くと語弊があるが、相手を攻撃する類のものではなく、刃物など至近距離の武器で武装している相手に対して複数人で距離を取りながら制圧し、捕らえるための道具である。

 さすまたが活躍している姿をすぐにイメージできない方は意外と多いかもしれない。というのも、そういうシーンではたいてい、特に海外の映画やドラマなどでは、銃での攻防を描くのがファーストチョイスになりがちなので、実際の使用シーンについて映像で目にする機会がとても少ないのだ。そんなさすまたのお噺。


 とある日の朝。例によってごきげんに血中アルコール濃度を高めた僕は、まっすぐ帰宅することなく、目的もなくフラフラと朝の歌舞伎町散歩を楽しんでいた。通勤中のサラリーマンたちで溢れかえっている靖国通りを遠目に見つつ、気だるさに支配される歌舞伎町をただ歩く。一般の方であればオールでもしない限りは味わえない朝の歌舞伎町の雰囲気はとても心地が良く、隠れたヒーリングスポットでもある。

 ただ散歩するだけでも気持ちが良いものなのだが、酔っぱらい客に狙いを定めて「最後の一軒どうですか?」と静かに近寄ってくるキャッチや、締めのエロスへといざなうべく猫なで声で近づいてくるたちんぼに足を止め、そんな気もないのに話を聞く素振りを見せつつ、ちょっとした会話相手になってもらうのもまた一興である。

 こんな状態の時は、特に目的を定めずに同じ場所を何度もぐるぐる周ることが多いので、二周目までは「一通り吟味して思い直して戻ってきたのでは?」との期待から再び声をかけられるのだが、何度も繰り返していると、ただの泥酔徘徊者で脈なしと判断される。あちらさんもお仕事だ。近くを通りがかっても目も合わしてくれず、誰にも邪魔されないソロサンポを存分に味わうことになる。


 そんな、飲んだあとの大人の嗜みに興じていると、なにやらヤンヤヤンヤと騒がしい。ふと、その音の方向へ目をやると、大柄な黒人男性の周りを数名の警察官が大声を上げながら取り囲んでいた。

 おクスリか何かの売人なのだろうか? そこまではわからなかったが、体格的には圧倒している黒人男性がターゲットのようで、四方から伸びる警察官のさすまたにいいように追い詰められ、徐々に逃げ場を失っていく。ときおり警察官を威嚇するように大声をあげ、拳を振りかざしながら一歩ニ歩距離を縮める素振りを見せるのだが、遠距離から複数人で取り囲むように柄が伸びてくるので、捕獲対象者からの攻撃は届かず、徐々に体力も奪われ、程なくしてお縄となった。大捕物とはこういうことを言うんだなあと、リアルの現場の迫力に少し感動したりしたものだ。日本一忙しい交番、歌舞伎町交番の真骨頂といったところか。

 ちなみにその黒人男性が捕獲されたビルの上からは、東南アジア系と思しきホステス風の女性が窓から身を乗り出し、警察官に対して金切り声をあげていたので、おそらくカップルなのだろう。こういった外国人カップルの行く末は少し気になるところだ。どういう境遇なのかは預かり知らないところだが、せめて日本の方にはしたがって、この平和を享受してもらいたい。幸運を祈る。


 さて、ほのぼの系の光景もおひとつ紹介してみよう。歌舞伎町の夜のお店で働いている女友達の話だ。いつもの会社のメンツで朝方まで飲んでいるところに、仕事終わりの彼女とその友達らが何人か合流したことがあった。普通の居酒屋で十数名でわいわいしていたのだけれど、なにやらテーブルの上を小走りに移動するくせ者が目の前を横切る。


「ピヨ、ピヨピヨ……」


ヒヨコがいた。なぜ居酒屋のテーブルの上に? これぞ「ザ・ヒコヨ」と言わんばかりのありのままのヒヨコがなぜ?

 聞くと彼女が何かのお祭りでゲットしたそうなのだが、その時はなぜか自宅を引き払っていて住所不定のため飼う場所がなく、仕事中はお店のキャスト用のロッカーに預け、あとは彼氏という名のM男くんの家と(彼女は女王様業もたまにやっていたが、プライベートでもそういう趣向の人だ)ネカフェなどを転々としながら生活しているため、常時カバンに入れて持ち歩いているとのまことしやかな回答を得るにいたった。エルメスにヒヨコねえ。

 ちなみに、夜の仕事も転々としていたので、その時は東京だけでなく、日本各地にふらっと赴いては、その土地その土地で体験入店などで日銭を稼ぎつつ遊んでいるというのだから逞しい。必然的にヒヨコも都を脱出する。

 ヒヨコをカバンやロッカーで飼育するということについてはさすがに動物虐待だろうと思ったのだが、彼女は普段から常識にとらわれず、感じたまま思うがままに自由に生きている人で、しかも、のほほんとした天然キャラで通ってもいるので「このままピヨ子を育てるの〜」と声高に宣言する彼女を真剣に特に批難するものもいなければ、現実的に難しい点が多々ありすぎることを指摘する者もいなかった。

 ヒヨコのピヨ子。ちなみに、後日聞いたところによると♂だった。


 その数カ月後、同じようなシチュエーションで、彼女と会うことがあった。


「久しぶり〜」


「コッコッコッ、コケーッ!」


「ピヨ子、おっきくなっちゃったあ」


 育っていた。

 しばらくはカバン持ち歩きで飼っていたようだったが、さすがに大きくなり鳴き声もあるので、その時には彼氏(二度目だが書いておこう、奴隷くんである)の家に置かせてもらっているが、今日は成長した姿を見せたいので、わざわぞ連れてきたそうだ。カバンから首だけ出した状態で……。

 身内であっても歌舞伎町の人びとは意表をついてくる。


 身内といえば、こんな事もあった。

 ホストやキャバ嬢同士の喧嘩なんてものは、いたるところで日常的に勃発しているので珍しくもなんともないのだけれど、近づいてマジマジと見学することは、もちろん、まず、ない。常識的に考えて。


 これまたある日の早朝。複数のホスト風の連中が一人のホスト風の男を取り囲むようにして罵倒していた。一通り殴る蹴るのくだりは終わっていたのだろう、一人の方は地面に這いつくばっている。理由はもちろんよくわからないが、とにかく一対複数で暴力行為が行われた結果、一人のホストが這いつくばり罵詈雑言を浴びせられているという場面だった。


 興味を持ったのだろうか? 酔っぱらいがニヤニヤと不敵な笑みをうかべながらその現場に近づく。よほど腕に自身があるのか警戒するそぶりもなく、連れの男性に「こいつらなにやってんだろね?」とでも言いたげに、指さしながら距離を詰める。

 と、その瞬間。


「ドゥドゥドゥドゥドゥードゥッ、ドゥドゥードゥッ、ドゥドゥードゥーッ、ドゥドゥドゥドゥドゥ……」


 と、ドリフ世代はご存知のあのベース音を自ら口ずさみ、ホストたちの周りを華麗なヒゲダンスで踊り乱れるではないか。

 見事な奇襲作戦。傾奇者とは、かくいう者のことであろう。あっぱれ、お見事。

 ふたりとも酔っぱらいとはいえ、さすがに連れの男性の方はマズいと思ったのか、「先輩、それは違います。違いますって、ヤバいからやめましょう。今ここでそれはないですって。行きましょう、行きましょう。」と大慌てでホストと彼の間に割り込み、ホスト側には「すみせん! すみません! この人泥酔してるんで。連れていきますんで、ごめんなさい!」と謝りたおしながら、アイドルの握手会の剥がしスタッフばりに泥酔者を連行していった。


 と、このお噺、聞いた話ではあるものの、何度考えてもそんな馬鹿なことするやついないだろう、酔っぱらいとはいえさすがに危険察知能力低すぎるだろうと思うのだけど、ヒゲダンスの先輩って僕なんだよね。どうにも記憶というやつは儚いものであり、酔っぱらいの行動原理とは摩訶不思議なものだと感心する。


 歌舞伎町には、さまざまな人が多様な目的で訪れる。時には常識では考えられないキテレツな思考回路をもつ傾奇者たちによって、日夜いたるところで破天荒な歌舞伎ショウが行われている。

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