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酒罵微忘碌  作者: 久世
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メガネ割らせろおじさん

 ゴールデン街なる場所だけではないだろうが、バーで初対面の人にあれこれとプライベート、特に仕事内容なんかを詮索するのは御法度なことが多い。


 仕事なんて忘れるために飲み屋に来ているわけで、呑んでる最中にまでそんなことに脳のメモリを消費させたくない。なんなら仕事のつながりなんかもできたらいいなあなんて勘違いしつつ通っている若造なんてのがいたら速攻で説教部屋行きだ。


 実際に何年も店ではとっくに顔馴染みで、同席すれば当然話をするし、店外でもバッタリ出くわせば声もかけるし、店主催のイベントなどにも一緒に参加するような仲の人であっても、詳しい職業はおろか、本名や連絡先すら知らない(普段は店での呼び名で覚えることが多い)ような人も結構いたりする。


 もちろん、多数いるそういった飲み屋仲間たちの一部には、仕事の話もするような間柄の人もいるのだけれど、それは長年の付き合いの中で生まれてくる相手との距離感や空気感から自然とそういう話もするようになっただけであって、けっして初めましての段階で「私はこうこうこういうもので、普段はこういう仕事をしておりまして……」などという飲み屋界におけるTPOをわきまえないすっとんきょうな自己紹介を繰り出したわけではない。


 ちなみに、少し話題が逸れるけれど、店主催のイベントというとどんなものを思い浮かべるだろうか? 店内で行う周年記念のパーティ的なものは想像に難くないだろうし、キャバクラではなくても、女の子が店に立っているようなお店は、やれクリスマスだ、やれハロウィンだ、何かにつけてコスプレで出迎えてくれるようなイベントモードになることも多い。


 店内イベントといえばそんなところだけれど、店主によっては、イベント活動はさらに多岐にわたる。


 僕の馴染みの店は、休日にボウリング大会が開催されたりだとか、バスを貸し切ってみんなで富士急ハイランドへ行ったりだとか、店の常連中心に構成された常設草野球チームがあったりだとか、常連の中でも仲良しグループを集めて少人数で温泉旅行にいったりだとか、店外で行われるイベントごとも盛りだくさんだったが、そういった多くのイベントは、直接的には店の売り上げには影響しない。


 もちろん終わった後に店に集合したりはするものの、そもそもゴールデン街の店舗はどこも7、8人前後の席数しかない狭い店内。イベント参加者全員が入れるわけでもなく、大勢集めたからといって、売り上げが増加するわけではないのだから、何を目的に開催していたのかは謎に思われるかもしれないが、「みんなが楽しんでくれてる空間を作って、その場に居るのが楽しい」そうだった。


 泊まりで出掛けておいて、本当の名前も職業も連絡先も知らない人たち。でも何年もの付き合いがあって、仲も良い飲み友達。それを遠くから見守る店主。そういう不思議な関係性があちらこちらに構築されるのも飲み屋の醍醐味でもある。


 閑話休題。


 プライベートや仕事の話は御法度と書いたものの、中にはことさら自分語りをしたがる猛者もいる。


 仕事の話と書いたが、単純に「俺すごい」自慢というやつだ。


 まだゴールデン街に行きたての頃、いつもの店の常連に、見るからにヤンチャ、というよりも、ヤのつく別の職業の方により近いイメージの、少し年上の男性がいたことがある。どこかで見たことがある……と思ったら、その当時住んでいた賃貸アパートを世話してくれた仲介の営業マンだった。当時はまだバンドで飯を食おうと世間に抗っていたフリーター時代だから、当然お求めの賃貸もお安いところ。


 一見で行った僕が「安い客」と早々に見限った彼は、5分もしないうちに、新卒営業にすべてをゆだね、自分は別の太客の方の接客に戻って行ったのを覚えていた。


 つまり、彼には世話はされていない。


 いろいろ話していて、その時のことがつながった僕たちは、「あー、あの時の……」という部分から、他のお客さん同士よりも若干接点がある状態から関係性がスタートすることになるのだけれど、彼が横暴、横柄、暴力的で、自分を大きく見せ、人を上から罵倒するのが大好きな人物だということを知るのに、そう長い期間はかからなかった。


 会うたびに「お前、今いくらも稼いでいるんだ。お前の歳の頃ぐらいには、俺はとっくに一本こえてたぞ」「営業は安い客に無駄に時間を取られないことがコツだ。お前みたいなやつを、早々に切り捨てるんだよ」「バンドなんて食えねーんだからさっさと辞めちまえ。いつまでも貧乏顔見てるとこっちが萎える」とまあ、思いつく限り罵倒されながらも、元来気弱な僕は、他の客のためにも嫌な空気を作らぬようにという配慮もあいまって、できる限り穏便にその場を過ごせるように、いじられキャラを演じ続けていたものだ。


 酔っ払ってくるとさらにエスカレートしていき、「気分が悪い。そこに立て。俺が殴ってメガネ割れなかったら一杯奢ってやる」なんて発言をのうのうとし始めるものだから、その都度、店主がたしなめてくれていた。どこのジャイアンだよ……。


 まあ、実際ぶたれたぐらいはあったんだけれど、それでも激昂することなく、おどけながらも席を移動するにとどめた僕は賢いのか、ただのアホなのか。


 そのメガネ割らせろオジサンは、僕に対してだけではなく、あらゆるところで武闘派っぷりを披露していたようで、しょっちゅう他の常連客ともいざこざを起こしていたし、幸い僕は不在の時ではあったけど、警察沙汰になったこともあったようだ。まあ、警察を呼んだのは張本人は店主なんだけれど。


 しばらくしてから、メガネ割りオジサンの顔は見なくなった。まあ……、当然出禁というわけだ。


 もうちょっと早めに判断してくれればなあとも思いながらも、割と仲良くしている他の常連も多かったようだし、店もオープン直後で、線引きを決めかねていたということは、後から店主から聞いた話だ。客商売も大変です。


 メガネは割られなかったけど、僕のチープな自尊心は、あえなくボロボロに砕かれた。

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