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酒罵微忘碌  作者: 久世
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歌舞伎町debut!

 ひとことに歌舞伎町デビューと言っても、いくつかの定義がありそうだ。


 まずは行く場所。ただの大衆居酒屋なのか、キャバクラやホストクラブ、外人パブ、サパーやガールズバーような水商売のお店なのか、はたまた性風俗店か、それともミックスバーやディープなノンベェ御用達バーなのか。


 そしてもう一つは立場。客なのか、働き手なのか。


 僕が歌舞伎町を歌舞伎町ライクに利用し始めたきっかけは、20代前半の若かりし頃、バイト先の先輩女性社員に「新宿ゴールデン街」に良いバーがあるからと言われ、仕事終わりに連れて行かれたのがきっかけだった。ディープな飲み屋街を客としてということになる。


 きっかり今時点での人生の折り返し地点ぐらいにあたるのだから、僕と歌舞伎町との関わりは、それなりに長く、そして意外なほどに結構深い。


 新宿ゴールデン街といえば、戦後の混乱期の闇市をその端緒としているのは有名な話。


 その後、場所を移転し、一杯飲み屋が集まるようになったようだけれど、その実、風営法の許可を取らない売春まがいの営業をする店が乱立していたと聞く。青線と呼ばれる非合法売春地帯だ。


 それも売春防止法規制により全廃させられると、改めて飲み屋やバーが集まる街が形成されていく。主に文壇バー、ゲイバー、ぼったくりバーなどで構成されていた街、大きな区切りの中でいうと、今のゴールデン街の一つ前の姿がその時代だ。


 八十年代には、不審火による火災や、地上げ、バブル崩壊などの紆余曲折を経て、一時期はゴーストタウン化もしていたようだけれど、九十年代に入ると、法やインフラ整備に伴い、徐々にニュージェネレーションたちによる出店も増えてくることになるのだけれど、今から20余年前のゴールデン街といえば、そういった流れを踏まえて、新たに形成された今のゴールデン街の基盤ができ始めた頃にあたる。


 今でこそ、ミシュランガイドに掲載されるような健全な街になり、連日多くの人で賑わっているけれど、僕がデビューした頃は、まだ「ぼったくりバー」的なものは頑固に生き残っていて、「慣れていない者が知らない店に一見で入るのはやめときな」と言われるぐらいには治安は良くなかった。


 実際、酔っ払ってフラフラになりながらも、始発に向けてなんとか重い腰をあげて店を出た直後に、お婆ちゃん二人に両脇をがっちりキャッチされ、全身こんにゃくのようにふにゃふにゃの若者が、老婆のか細い腕力に贖う(あがなう)こともできずに誘われるまま拉致されて別の店の奥の方へ……、なんてことも普通にあった。


 拉致された先で何が行われたかは、ここでは触れずにおこうと思う。何事もなかったんだな? と信じるのも自由だし、そうでない何かを妄想するのも、それまた一興だ。いずれにしても、泥酔した僕は、お婆ちゃん二人に朝方拉致され、どこぞのお店の奥の方に連れて行かれた。ここまでが事実であることは公言しておく。


 さて、そんな新宿ゴールデン街に「良いお店があるから」と連れて行ってくれた女先輩は、仕事中のバリバリ働く姿からは想像できないほど酒癖が悪く、いいや、酒癖というよりも男癖が悪かったようで、お店に来る若いつばめに手を出そうとしては店主に叱られ、酔っ払ってはワインボトルを倒して……を繰り返した結果、そのお店からは、数ヶ月もしないうちだったか、あっという間に出禁を食らってしまった。


 出禁という言葉自体は知っていたものの、その時初めて身近に出禁を食らった人物が現れたことになるし、出禁を言い渡した人も同時に現れたことになる。一粒で二度美味しい体験談だ。


 ゴールデン街にはいろいろな人種が集まるものだし、どのような客を好み、どのような店にしていくかは店主の気分次第。このお店は、割と積極的に出禁カードを切っていたので、その後も、いろいろな人たちが出禁になっていく様を見せつけられた。


 出禁になるような人に限って、その後も、とぼけているのか、覚えていないのかは定かでないが、何度も入店を試みるのは、何度目の当たりにしても、とても面白い景色だった。


 僕にとっては雰囲気を悪くする人たちばかりがそういう扱いになっていたようでもあり、だからなのか、そのお店や店主の醸し出す空気感はやけに居心地がよく、一人でも通うようになっていた。


 女先輩がどうなろうが無関係に、毎週金曜の夜に新宿駅におりたっては、そのお店に一直線に向かって入店する。そして、始発まで半日近くを飲み明かすという生活を送ることになる。


 毎週末恒例、約12時間の「酒っ勤」である。

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