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記録





   * * *





 朝になった。

 砂塵の舞う一夜の間、ナイトは右下端にあるアイコンの操作に夢中になっていた。

 まるでホログラムのように空中に投影される画面と、夜を徹して睨み合い続けた。


「……なんなんだよ、これ──」


 アイコンから分岐する項目を、タッチパネルの要領で立体ウィンドウを操作すると、様々な情報画面に推移していく。

 自分の諸々のパラメータ──体力や魔力、攻撃や防御、各種属性値などの能力(ステータス)、装備着用している道具(アイテム)(学校の制服)、そして魔法(マジック)技能(スキル)仲間(パーティ)、その他などが存在していたが、初期ステータスしかないナイトは称号(ノーブルランク)として、「騎士の中の騎士」というのを与えられている以外、特筆すべきものは持ち合わせがなかった。それでも、すべての項目が“無”というわけではない。


 それは全日記録──タイムログの存在──である。


 ナイトは過去ログをスクロールさせ、適当な場所で止めるのにも慣れてきた。昨日の夕刻あたりの行列を止めて、見る。


《貧民街顔役:内藤ナイトと接触。1ダメージを被る。》

「1ダメージ……」


 おそらくというか、十中八九、装甲車を避けた後の接触によるものだろう。彼らが因縁を吹っ掛けてきた理由だ。

 あの程度の衝撃でもダメージ計算は適用されるということなのだろうか。敵か味方も分かっていない相手に対し、攻撃作用が運用されているというのか。それとも──

 ナイトは更にスクロール上部、過去のタイムログを閲覧しようと試みるが、


「やっぱり……だめか」

《内藤ナイト:異世界転移者となる。》


 その直後の行は、《貧民街・ウツ地区に転移した。》という文字列が続くだけ。

 これ以上の記録(ログ)がない。

 (さかのぼ)ることができない。

 あの真っ白な空間や、そこにいたと思う人物の情報にまでは言及されていない。

 当然と言えば当然なのかもしれない。この地味すぎるアイコンが出現したのは、こちらの世界に転移してから。

 ナイトはベッドに寝そべり、考えを整理する。


「俺は、トラックに跳ねられたはずだ」


 凄まじい衝撃を覚悟していた。迫りくるヘッドライトの光量。甲高いブレーキ音。──だというのに、気が付いた時には、この異世界転移が遂行され、ナイトは訳も分からず、悪党どもに追われ、修道女にして聖女と呼ばれるカナイに、救われた。

 考えるだにゾッとする。

 もしも金髪褐色の女性に救われなければ、今頃自分はどうしていただろうか。

 ボコボコに痛めつけられた体を、宿なしの身で横たえてたかもしれない。

 そう思えば、悪くないスタートを切れたと思える。

 それでも。


「疑問だ」


 顎に手を添え、眼鏡の淵をおさえて考える。

 シスター(いわ)く、ナイトが見ているアイコンやステータスウィンドウというものは、この世界の存在には見えていないらしい。

 にもかかわらず、内藤ナイトの知覚できる範囲、これは現実と遜色がない。それでも、ゲームのような画面が見えてしまう現実などありえるのか?


「もしかして、ここは、何かのゲームの世界、なのか?」


 そう考えれば何かと説明がつく。

 異世界人には見えていないアイコン。

 それを知覚し、使用し、閲覧することができる唯一の存在。

 それが自分。

 とすると自分は、この何らかのゲーム世界における、ただ一人のプレイヤー、ということになる、のか?

 そんな荒唐無稽ながらも、それ以上の最適解を導き出せないナイトは頭を振った。


「考えても(らち)が明かない」


 あくびをひとつ噛み殺すのもつらくなってきた。

 異世界転移やアイコンの発見による興奮と不安で一睡もできなかったが、そろそろ睡魔が大量にナイトの全身を覆い始める。

 眼鏡を外すのも忘れ、ベッドに背中を預ける。


「……あの子は、無事だと、いいけど……」


 自分が助けるべく突き飛ばした女児のことを思い返しつつ、重い瞼を下ろした。

 ベッドの弾力を味わいつつ、睡眠の帳がナイトの全身を覆う、直前であった。

 ──朝の空の遠方で、とんでもない轟音が鳴り響いたのは。

 ナイトは眠気も吹き飛んで飛び起きる。


「な、なにっ!?」

「無事か、ナイト!」


 朝の支度をしていた途中だったのだろう、お玉と鍋蓋を掴んで現れたカナイが勢いよく扉を蹴破ってきた。

 ナイトは思わず叫び返した。


「ぶ、無事です!」

「ヨーシ! それはなにより!」


 そして、カナイは調理器具を放り出して、機械の十字架を展開──それを“着用”。

 十字架に背中から飲み込まれるように機械と“融合”──あるいは“変身”していく修道女カナイの姿に少年心をくすぐられつつ、ナイトは地響きと破壊音が近づくのを肌で感じ取る。

 瞬間、鋭くも激しい声で告げてきた。


『“キゾク”の敵襲だ!』

「き、貴族の、てきしゅう? こんな朝っぱらか……ら?」


 ナイトは窓の外を見て驚愕し硬直する。

 貧民街の建物を踏み鋳つぶす、白亜の巨躯。

 その超重量を支えている四肢は鋼の装甲を纏い、手足の鉤爪で破壊の限りを尽くしていた。

 全高およそ二十メートル程度。四足獣のごとき雄々(ゆうゆう)とした、野性味あふれる肢体(したい)は、朝の光を受けて輝いてみえる。背中には翼のようなリング状の構造物が煌々と輝いているのも見て取れるが、あの巨体を飛行させるほどの機能はない──ある種の装飾品のように思えた。

 ナイトは己の認識の違いを嫌でも痛感した。

 ──シスター・カナイの言語ログが、キゾクから正しい表記に書き変えられる。


「あ──あれが、き、“機属(きぞく)”!」






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