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襲来





   * * *




 機属領・アシリアに向けて移動中の二等機属〈タホール〉──それを捕捉(ほそく)した使徒たちは、丘の上から二等機属の機影を(とら)える。


「あれで間違いないのね?」

『はい。前回の戦闘時に記録した熱紋と照合、完全に一致です、ハムダン先輩──』


 紅玉の戦闘機を操る斥候にして上空の偵察機、カアスが明言した。

 黄金の十字架をかつぎなおしつつ、ハムダンは誰にも気づかれないように嘆息する。

 聖地に留まっているツァーカブを除く使徒たちが、たったひとつの目的のために此処(ここ)へ、バシェン地区へ(つど)い来た、はずだった。


「ねぇ、お腹すいたんすけど?」


 翡翠(ひすい)色の十字架を背負う緑髪の修道女──“暴食”アフランがすねた声を発する。

 アツランの双子の姉であり、髪と瞳の色以外ほぼそっくりな、褐色肌の妖艶な美女。


「……超サボリたい」


 瑠璃(るり)色の十字架を背負う青髪の修道女──“怠惰”アツランが陰気な声をもらす。

 アフランの双子の妹であり、髪と同色の瞳には怠惰の感情に揺れ動いて見える女性。


(しゅ)よ、私は悲しい」


 紫紺(しこん)色の十字架を背負う短い黒髪の修道女──“悲嘆”ヤゴンが哀しみの涙を流す。

 常に悲嘆の感情によって泣いている瞳は黒く、普段から何事かを嘆く癖を持つ才媛。


「あーあ、憂鬱(ゆううつ)だわー」


 水晶色の十字架を背負う桃髪の修道女──“憂鬱”ディカオンが不満を募らせる。

 ゴテゴテした銀装飾を身に纏い、憂鬱に濁った瞳には生気が感じづらい少女である。


「はぁ……貴女たちねえ」


 ハムダンは小さい自分の頭をかかえたい気分だった。

 使徒たちの士気──というより、やる気は、最悪というレベルだ。

 普段は各地で貧民救済に尽力して長い四人であったが、今回の任務は“二等機属〈タホール〉の殲滅”が含まれている。しかも、とある“鹵獲(ろかく)対象”を捕縛するという最難関つきなのだから、不平不満がもれるのも自然の道理と言えた。

 これを指揮統率せねばならないハムダンも、ある理由で作戦には乗り気ではない。

 だが、教団が追撃と掃討の命令を下した以上、否とは言えない。


「ヤヒールちゃん」


 ハムダンは最も付き合いが長く、信頼に足る後輩を頼った。頼らざるを得なかった。


「双子を──アフランとアツランを率いて、内部へと侵入、ジズ保有者・内藤ナイトの鹵獲(ろかく)をお願いします」

「先輩はカアス、ヤゴン、ディカオンを率いて、敵機属の停止および異端認定者の破壊、でしょ?」


 わかっています、と男装の麗人はひとつに結った黒髪を揺らして応じる。

 ハムダンはあらためて確認しておく。


「“彼”が出てきた場合は──大丈夫?」

「…………」


 ヤヒールは応えなかった。

 メギドの闘技場にて、ハムダンが確認した生体反応。

 それは、機械をまとわりつかせていながらも、ハムダンとヤヒールの記憶になじみ深い人物のそれであった。


(どうして生きている、なんて考えてる場合じゃないよね)


 あんな状態から生きている──否、生き返った方法など、ハムダンたちは知るべきではないのかもしれない。


「全使徒、パワードスーツ装着」


 ハムダンの幼くも厳粛な命令口調が場を支配した。

 アフランとアツランの双子はおそろいのパワードスーツ──翡翠色と瑠璃色のそれを身に纏い、ヤヒールの皇族を務める。

 ヤゴンは涙を拭って紫紺のパワードスーツを展開し、最後に憂鬱そうな調子で水晶のスーツをディカオンが装着する。  


「目標は“浮遊要塞”二等機属〈タホール〉および異端者カナイの完全破壊、そして最優先鹵獲対象の捕獲──」


 ハムダンは黄金のパワードスーツを顕現し、ヤヒールも蒼氷色のスーツに身を固める。





   * * *




『敵機捕捉、その数、七──間違いなく使徒様クラスです~』


 訪れた〈タホール〉の広大な艦橋(ブリッジ)で、バロンは舌を巻いた。


「数が七ということは、ほぼ全使徒が動員されたわけだ」


 当然、こういう事態になることも想定済みだったバロン。

 何しろ敵の儀式の(かなめ)──最大の獣と称されし巨鳥・ジズを奪取したのだ。相手が総戦力をかき集めるのは当然の選択と言える。

 そのジズも、内部工場で与えたあっだまんティンの鋼材で七割がた修復できている。

 ただし、コクピットの損傷が激しいため搭乗は現在不可能だ。


「ハムダン──ヤヒール──」


 襲来してくる敵機の中に、見知った黄金と蒼氷色の機影を確認して、懐かし気に目を細める。

 無論、即座に反撃準備をさせることも忘れない。


「〈タホール〉、全ビーム砲門、ミサイル発射管を開け。積層防壁(せきそうぼうへき)を同時展開。相手が使徒だろうと容赦するな。敵を近づけさせるなよ」

『了解であります~』


 敵の狙いは間違いなくジズ──それを保有するナイトであることは疑いようがない。

 浮遊する百メートル級の球体から、小型の飛行端末が駐機場から出撃していくのを見送りつつ、バロンもまた準備する。


「〈タホール〉、居住区画・治療室にいるカナイとナイトへの護衛を百機追加しておけ」

『了解です~。それで、ダンナさまは~?』

「敵の迎撃には俺も出撃()る」





   * * *




 使徒七人からなる部隊は、ビームとミサイルの驟雨(しゅうう)にさらされた。

 機属の小型端末が群れをなして飛来し、積載している重火器の一斉射をお見舞いしてくる。

 無論、使徒たちも黙ってやられるわけがない。強化装甲で弾雨をはじき、敵端末をビームソードで駆逐(くちく)していく。

 だが、迎撃に放ったビームカノンと大型ミサイルは、〈タホール〉本体の積層防壁に(はば)まれ、白銀の偉容を突破できない。

 しかし、それは想定内の出来事。


『す、すごい戦闘です!』

『うひー、腹が減るー!』

『もう疲れたー、帰っていー?』

『おお、なんて不毛な戦いなのでしょう』

『あー、やる気おきねえー。誰か代わってー?』


 通信回線から聞こえてくる僚機たちの悲鳴じみた嘆声が、交響楽のように折り重ねられていく。

 そんな中で。


『ハムダン先輩』

「ヤヒールちゃん、わかってる……敵の防壁に“穴をあける”」


 そのために、ハムダンは最高峰で〈タホール〉の動力中枢へとハッキングを仕掛けていた。


(並みの機属なら数秒で突破できるのに)


 戦闘中にハッキングなど、万能型の十字架を与えられたハムダンにしか行えない偉業であった。それでも、〈タホール〉の厳重なセキュリティを突破するのは至難を極める。


(さすがは二等機属、だけど!)


〈タホール〉の積層防壁に揺らぎが生じる。

 同時に、ハムダンに積載されていた大型ミサイルが防壁を抜けて、白銀の要塞に傷をつける──直前。


「な!」


 ミサイルが空中で急停止し、次の瞬間にはあさっての方向に吹き飛ばされ折り曲がりながら爆破される。

 二戦目のカアスが即座に見抜いた。


『あれは、反重力機関です、先輩!』

「そう。──出てきたのね」


 ヤヒールが息を吞むのをハムダンは聞き逃さなかった。

 途端、ノイズが走った。

 ハムダンの秘匿通信に、聞きなじんだ青年の声が聞こえる。


《よぉ。久しぶりじゃないか──ハムダン》


 黄金の童女は、パワードスーツの内で苦い声を漏らす。


「……百年ぶりだね──バロンくん」






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