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懸命





   * * *




『損傷甚大、損傷甚大──戦闘不能、戦闘不能──』


 ジズが警告音を発すると共に、赤い警告灯が明滅する。


『生命維持装置、最大出力。生命維持装置、最大出力──』


 火花(スパーク)がモニターや計器を焼くコクピットのなかで、内藤ナイトは生きていた。

 しかし──


「…………」


 寒い。

 冷たい。

 視界が赤い。

 手足に力が入らない。

 意識を保つことすら難しい。

 肺で呼吸することもままならない。

 自分はどうなってしまったのかもわからない──どうなってしまうのかも。

 ただ、一心に思う。


(帰りたい)


 今になって、取り返しがつかないことだということは分かっている。

 それでも、思わずにはいられない。


(父さん……母さん……俺……謝るから……)


 だから、


(……いえに……かえりた、い……) 


 ナイトが意識を手放しかけた時。

 ふと、横倒しになっていた機体が宙に浮く気配を感じる。

 なにか異様な力で移動させられている。それが何によるものかわからないが、ナイトには抵抗する余力どころか、目を開ける気力すら残っていない。

 ただひたすらに血の色に染まる闇の中で、自分をこの世界ではじめて助けてくれた──金髪褐色の修道女──カナイの声が、遠くから聞こえた気がした。





   * * *



 カナイは必死に追いすがる。ブースターを全開にして。最高速度を維持しながら。


「ナイト、返事をしろ──ナイト!」


 老人がかざす手に運ばれる機体に、カナイは呼びかけ続ける。しかし、応答はない。

 コクピットブロック──左胸に鋼材の破片が突き刺さったジズの様子からしても、中にいる少年は無事では済んでいないことが(うかが)い知れる。

 カナイは焦りと不安で眼下を見やる。気づけばヨルダ川──この国で最大の大河地帯にまで飛行していることに気づいたのだ。


「おい、じいさん! アンタ、ナイトをどこに連れてく気だ! 答えろ!」

「ああ、その前に」


 黒衣を(まと)う老人はピシャリと言ってのけた。


「君の十字架を秘匿(ステルス)モードにしてくれ。位置がモロばれだぞ?」

「は? いやでも」


 それはつまりパワードスーツの飛行を解除するということ。このご老体が発揮する謎の飛行力に並走できないことを意味するが、


「ああ、もう、わかったよ!」


 四の五の言っている場合ではない。

 カナイは言われた通りパワードスーツを解除し、砂漠へと落ちるように降下する。

 同様に、老人も砂漠へと降下し、半壊状態のジズの機体を丁寧かつ慎重に砂漠の大地へと横たえた。

 カナイは秘匿(ステルス)状態にした十字架を老人に見せつけてやる。


「これでいいんだろ? さぁ、ナイトをどこへ連れていく気だ!」

「その前に。確認したいことが、いくつか」

「なんだよ! こっちはそれどころじゃ!」

「君は教団の聖女──いや使徒だろ? 何故ジズを、この少年を助けた?」


 老人の、意外にも若々しい詰問(きつもん)の声に、カナイは即答する。


「ナイトは、私が聖地へ連れてきちまった──こうなった責任を果たしたい」

「なるほどな。では次の質問」


 まだ何か確認すべきことがあるのかと眉を(ひそ)めかけるカナイだったが、


「君は、この少年のために、命を()けれるか?」

「──それは」


 どうなんだと即応を要求する老人に対し、カナイは口ごもる。

 老人はあきれたように肩をすくめた。


「命を懸けれるほどの相手ではないのなら、ここでお別れだな。せいぜい教団に戻って、厳罰に処されるといい」

「待て!」


 老人の言い分が(しゃく)(さわ)ったわけではない。

 ただ、カナイは粛々と、熱砂の上に悔悟(かいご)の言葉を落とす。


「私のせいなんだ。私が、ナイトを、転移者の存在を教団に報せたのが、そもそものはじまりなんだ。だから、この命を懸けることだって」

「だから?」


 老人は意外にも鋭い、鷹のような目つきで、カナイを射すくめさせる。


「だから罪滅ぼしをしたいと? 命を懸けることで? そんなことができると本気で思ってるのか? だとしたらおめでたい思考回路だ。この少年はおそらく一生、君のことを許さないだろう。それほどのことをしたという自覚はあるのかね?」

「──ああ。ある」


 事前に逃がしてやる道もあったが、それも叶わなかった。

 ナイトが決意してくれていたら──などというのは、都合の良すぎる仮定の話である。

 カナイは熱砂を蹴り飛ばして老人に詰め寄った。


「私の罪は(あがな)いきれない。私は罪を犯した。彼を騙した。彼を騙して、殺し合いの場へと導いた。どうあがいても、なにをしても、命を懸けたところで、ナイトにしたことへの報いは受けるだろう──それでも」


 老人の手前で、カナイは膝をついて懇願する。


「私を、彼と共にいさせてください」


 お願いしますと誠心誠意を込めて、カナイは頭を下げる。謎の老人は、その姿に感じ入った様子はなく、ただじっと時を待つ。


「──迎えが来たようだが、驚いて武器を構えるなよ?」

「迎え?」


 砂漠のど真ん中で、迎えなどどこから来るのかと疑問を差しはさむ前に、地響きがカナイたちの足元を揺らした。


「りゅ、流砂? いや、地震?」

「いいや、どちらも違う」


 砂漠の大地を割って現れたのは、全高百メートルはある鋼鉄の球形。浮遊する白銀の威容。

 カナイは突如出現した脅威に目を(みは)った。


「ふ、“浮遊要塞”──二等機属〈タホール〉!」


 カナイは戦闘反射的に十字架を構えかけて、老人に手で制される。

 瞬間、間延びした機械音声が、カナイたちの耳朶(じだ)を叩いた。


『ダンナさま~、首尾(しゅび)はいかがです~?』

上出来(じょうでき)だ。と言いたいところだが、珍客(ちんきゃく)が一人いる」

『あれれ~? 使徒がいるんですか~? そんなの予定にありませんでしたよね~?』

「ああ。だが彼女も連れていく──異論は、まさかあるまいな、シスター・カナイ?」

「え……えと」


 命を懸けるとは言った。しかし、機属と行動を共にするとは聞いていなかった──

 カナイは今更にすぎる問いを唇から(こぼ)す。


「アンタ、いったい、何者なんだ?」

「それは〈タホール〉の中で話すとしよう──生命維持装置が働いているとはいえ、急いで治療しないと、ジズの中の彼の命が(あや)ういからな。そして──」


 老人は厳正な声で告げる。


「君には文字通り、命を懸けてもらう」





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