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三獣





   * * *




 メギドの丘にある鋼鉄の闘技場は、護送バスや大型ヘリなどでやってきた聖地の住人たち──観客たちでごった返していた。

 皆が口々に「教皇聖下に拝謁(はいえつ)できる機会だ!」「予言の体現者が現れたそうだぞ!」「この儀式が終われば、世界は平和になる!」と言って、わかりやすいほどに熱狂していた。


「……」


 そんな観客たちを尻目に、一人冷然と、立見席で儀式の始まりを待つ黒衣の老人がいる。





   * * *




 闘技場、地下収容所にて。


「──ベヒモスの起動状況は?」

「……第一から第七拘束具、除去。スタンピードモード・オールグリーンです、ハムダン先輩」


 ベヒモスを感慨深い眼差しで見つめていたヤヒールが、遺漏なく報告を述べあげる。


「うん。ありがと、ヤヒールちゃん……レヴィアタンの方は、どう?」

「こちらの方も、オールグリーンでしてよ!」

「テンション高いなぁ、ツアーちゃん」

「ええ、もちろん!」


 高笑いしつつバレリーナのように一回転するツァーカブは、純白の十字架を鋼鉄の床に接続しつつ、居丈高に告げる。


「闘技場の防壁生成も(とどこお)りなく進行しておりますし、あとは、外からくるウルサイ機属共の探査と征」

「あーあー、黙って仕事しろ、淫売」

「だから! 誰が淫売ですの!」

「まぁまぁ、先輩方」

「カアス! あなたはドチラの味方ですの!」

 

 カナイたちは、儀式の下準備の最終段階に入った。

 各々が闘技場全域および地下収容所に安置された『二匹の獣』の管理を請け負いつつ、細かな雑用などを聖騎士たちに伝達し遂行させる。

 儀式の準備は万端(ばんたん)整った。教皇聖下の到着も確認され、あとは、ナイトが闘技場に引き出されるのを待つばかりである。


「……」


 カナイは漆黒の十字架を鋼鉄の床に接続しコンソールを操作しつつ、秘匿通信が舞い込む可能性を考慮して、それなりに準備していた。

 しかし、ナイトからの連絡はない。


「カナイ先輩?」


 見目麗しい後輩、女装姿が様になる銀髪紅眼の少年が声をかけて来た。


「なに?」

「ナイトさまの事を案じておられるのですか?」


 一瞬だがカナイの計画がバレた可能性を想起させるが、そうでないことは彼の挙動言動を見れば明らかだった。


「私も、出来得ることなら、このような儀式にナイトさまが駆り出されるような事態は避けたかったのですが──どうしようもありませんでした。ナイト様の願いが、元の世界へ帰ることである以上は」

「カアス。そういえばアンタ、儀式は初めて、だったね」

「? ええ。私が駆動したのは、ここ十五年ほどのことですから」

「十五年か。それなら、前の儀式を経験していないのも無理ないわな」

「?」


 疑問符を浮かべ続ける後輩とは対照的に、カナイと同時期から活動し続けているツァーカブは、疑念疑心に満ちた声色で問いかける。


「あら、カナイ。あなたは儀式の内容を否定する気?」

「そう聞こえたか?」

「そう聞こえましたが?」

「はいはい。二人とも喧嘩しないの」


 一触即発の空気が、大先輩たる童女・ハムダンが割り込むことで中和される。

 ふと、男装の麗人──黒髪に褐色肌の乙女・ヤヒールが声をかける。


「先輩、大司教から通信──『転移者が到着した。中央昇降機を闘技場へ上げろ』と」

「はぁ──了解」





   * * *




 鋼鉄の闘技場の中央が口を開けたように割れていく。

 大司教シホンに肩を掴まれるように直立する異世界転移者・内藤ナイトの姿を確認すると、会場のボルテージは最高潮に達した。

 大司教はナイトに聞こえる声で呟く。


「盛況だなぁ、此度の儀式も」

「……」

「そんなに緊張することはない────おお、見たまえ、教皇聖下の、おなりだ」


 大司教が空いた手で示す先。

 ナイトが見上げると、特別観覧席らしき場所から、杖を突いた人物が見て取れる。


(子ども?)


 直感的にそう感じさせるほどの矮躯(わいく)だったが、ナイトには確証はない。小さな御老体という可能性も捨てきれないのだ。もっとよく確認しようにも、教皇の姿を拝謁した聖都の住人達──観客が爆発したかのような大歓声をあげてくれて、確認するどころではなくなった。おまけに、片膝をつくシホンの握力と足払いによって、ナイトもまた無理やり片膝をつかされる。闘技場の砂塵が、目に飛び込んできて、もう最悪だった。

 教皇がひとしきり手を振り終えると、その姿は特別観覧席の奥に消える。

 再びシホンの操り人形のごとく直立させられるナイト。


「これより! 我等、天使(マルアフ)教団は! 教皇聖下の御前において! 世界終末再現の儀を執り行う!」


 大司教シホンの、拡声器など必要としない大音声によって、会場中が熱気と狂喜に沸騰する。

 ナイトは(つと)めて冷静に、呼吸を整えながら最後の可能性に希望を託す。

 この儀式とやらを、勝って切り抜ける。

 それ以外の道は他にない。


「皆も知る予言の獣──最高の獣・ベヒモス──最強の獣・レヴィアタンは、既に我等が手中に収まっている! そして今日! 今この時に! 残された最後の獣・ジズが供されることと相成った!」


 大司教の布告に、観客たちは腕を上げて吼える。

 シホンはナイトを拘束していた腕を離し、そして言祝(ことほ)ぐように(のたま)う。


「さぁ。機神ジズを顕現させたまえ。それで、儀式は開始(はじまり)となる」

「言われなくても!」


 ナイトの体表を赤い線が蹂躙する。

 驚く観客も見守る大司教もすべて意に介することなく、ナイトは自分に与えられた戦装──体高二十メートルはある真紅の機体を、白日の下にさらす。


「見よ! これこそが最大の獣・ジズの威容である!」


 明々と朗々と、宣告を続ける大司教の肉体を、ナイトはこれまでの意趣返しを込めて、ジズの片脚の爪先で軽く蹴り上げようとし──


「な!」


 軽く(かわ)されてしまう。

 大司教シホンはジズの暴力など素知らぬ顔で、続けざまに宣言する。


「では、出でよ! 残る二匹の獣──ベヒモス──レヴィアタン!!」


 大地が震動し、闘技場の左右広場が口を開けて何かを地表にせり上げる。ナイトを、ジズを挟むようにして現れたのは、腕を胸の前で組んだ二体の人型。

 その色は、ジズが真紅であるのに対し、それぞれが青銅(せいどう)常盤(ときわ)──青と緑の色。

 それ以外は、ジズに瓜二つの機体であった。体高も。体格も。


「あれが、ベヒモスと、レヴィアタン?」

『照合。ベヒモスとレヴィアタンと、完全に一致』


 コクピット内でジズが冷徹すぎる解答を下してくれるが、続く言葉は意味不明だった。


『注意。闘技場内部に強力な防壁生成を確認。脱出は困難を極める』

「は? 防壁? 脱出って?」


 その必要性を考えられないナイト。

 今も棒立ちになっている二機を破壊してしまえば、それで済む話ではないか。


『警告、警告。二機の内部に、巨大なエネルギー出力を感知』

「……なに?」


 ナイトは誤解していた。

 二機は棒立ちになっていたのではない。

 ありとあらゆる手段を講じられ、その暴虐性を封じ込められていただけだった。

 二機の腕を拘束していた、最後の拘束具が、()かれる。

 瞬間だった。




《 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ‼‼‼ 》

《 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ‼‼‼ 》




 それはまさしく(ケダモノ)の悲鳴。

 世界そのものを(こだま)させる轟音。

 両眼を血の色に光らせ、雷霆や津波のような暴声を(ほとばし)らせる口腔を開けて、ベヒモスとレヴィアタンは両腕を突き出し、真紅の獲物めがけ跳躍する。


「う、うわあああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ナイトは生存本能に従うまま、レバーを手繰(たぐ)り、ペダル思い切り踏み込んだ。

 初撃(しょげき)を何とか回避したが──


《ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!》

《ガアアアアアアアアアアアアアアッ!》

「うわあああああああああああああっ!」


 ここに、三獣の生死を賭けた闘争劇──儀式が、幕を開けてしまった。









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