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前日





   * * *




 ナイトが“神の御柱(ミグダル)”に来てから、四日が経過した。

 異世界転移者として、最上位者クラスの待遇を約束されたナイトは、美味(おい)しい食事も、あたたかな風呂も、柔らかな寝具も、どれもが一級品の格を(そろ)えたものに囲まれ生活することに相成った。これまでに経験した、荒廃した貧民街での飲食や、砂漠地帯での野営中に寝転んだ寝袋など、すべてが嘘だったかのような変転ぶりである。

 無論、ナイトは慣れはしなかった。

 元の世界で言うところのロイヤルスイートルーム(天井まで高さ五メートルはある)を十室、風呂トイレが四つずつ、シャワールームが二つ、書斎が五つ、ダイニングルームを二十室、おまけに全周囲バルコニーやプライベートプールも完備と来た。こんな住環境など、ナイトの元の生活基盤からしても程遠いレベルである。

 そして何より、


「……」

「……」


 各部屋に必ず常駐している召使いの女中(メイド)が計三十人、ナイトを見守り世話をするという名目で配置されている。

 無論、彼女たちが只者(ただもの)ではないことは、立ち込める雰囲気でそれとなくわかる。顔を目元まで隠すヴェールをしているからではない。身のこなしや挙措の無駄のなさは、メイドというよりもカナイたちに感じた戦闘者としての空気が随所に隠れ見える。また、部屋の出入り口には、これまた“護衛”という名目で白銀の甲冑と青いマントを羽織る聖騎士の少女兵らが鎮護しており、ナイトに退室の許可を与えなかった。

 彼女らいわく、


(“儀式”までの間、世の不浄なるものから遠ざける為の措置です、か)


 そう言われたら反論のしようがないナイトである。

 聖地の街に降りてみたいという主張も叶わず、この広く豪華な一階層(ワンフロア)に『軟禁』されている状態にある。


(『不便をかけることになると思うが』って、こういうことだったのかよ)


 せめてカナイやカアスたちと会いたいと要求したこともあるが、こちらも別の理由で却下されている。


(聖徒の皆様は“儀式”の準備で忙しい、か……)


 本当にそうなのだろうか。

 せめて顔を合わせて茶飲み話に(きょう)じるぐらいの時間はあるのではあるまいか。

 そんなにも儀式とやらの準備というのは入念に行われなければならないことなのか。


(いやいや当然だろう。俺を元の世界に帰してくれるためにやってくれていることだぞ)


 本当にそうか?

 疑心暗鬼の芽は、ナイトの心の土壌に、幾重にも根を張っていて取り除けそうにない。

 すべてはシホン大司教、彼から聞いた予言の話──彼の瞳に感じた不信感が根底にあった。

 一言一句、あやまつことなく思い返すことができるのは、ナイトのステータス画面にある“記録(ログ)”項目があるからだ。


(『この三匹の獣は、世界終末の時に相争(あいあらそ)い──死ぬ』)


 そして、


(『三匹の獣の(むくろ)は、終末を生き残った人々への供物(くもつ)・食料として、(にえ)となる』)


 聞いた瞬間を何度も思い出してみては総毛立(そうけだ)つ。

 自分が何か、食物連鎖の底辺に位置する存在だと断じられたような、薄気味の悪さが()()を満たす。

 ステータスウィンドウを横に振って消し去る。メイドたちの眼には見えていないとしても、それを確認する作業はどこか危険を(ともな)う気がしてならない。


「どうかなさいましたか?」

「なんでもありません、水を一杯いただけますか?」


 ベッドで仰向けになる少年を心配してくれるメイドに、ナイトはぶっきらぼうな声音で返答するしかない。

 かしこまりましたと答礼して退室するメイドが扉の奥に消えるのを眺め、改めてアイコンを手際よく操作する。


(シスター・カナイが隠してたのも納得だよな)


 あんな気味の悪い予言を聞いて、果たしてそれでも、ナイトは聖地へと足を運ぶことができただろうか?

 今では彼女の優しさが身に染みてわかる。

 わかるが「何故もっと早く話してくれなかったんだ」という理不尽な問いが、ナイトの脳内を席巻(せっけん)しようとする。


(考えても(らち)が明かない)


 とにかく。儀式は明日に(せま)っている。

 明日の儀式とやらで、ナイトは機神ジズを教団に献上もとい提供することで、元の世界へ帰れる。


(はず)


 確信はない。

 確証もない。

 何より、あの大司教、シホンという男が見せた笑顔の底にある感情が、ナイトには大きな気がかりとなっていた。


(あの()──)


 あれは、憐れな年下の少年へ、世界の迷い人たる子供へ、恩人だのなんだのと(うそぶ)いていた存在へ向けてよい色彩と温度では、断じてなかった。

 巧みに隠された、純粋な“敵意”の(いろ)だった。


(あの寒気……まるで、……)


 そう、まるで──


機属(・・)と相対した時の感じだったぞ)


 あまり考えにくいことだが。

 あれは、

 本当に、

 人間なのだろうか?


「失礼いたします、ナイト様」

「ああ、どうぞ」


 ナイトはウィンドウを手早く閉じた。

 メイドが扉を開け、水を入れたガラスピッチャーを持ってきた。部屋に備え付けの、よく磨かれたグラスに透明な液体が注がれる、その時だった。 


「? なにやら騒がしいですね? 少し見てまいります──ナイト様は此方(こちら)に」


 水を受け取ったナイトには聞こえないが、メイドの長力では何やら変事があったらしい。

 止める理由もないため、ナイトは頷いて待った。

 すると五分後。


「だから、ちょっとだけでいいんだって!」

「こ、困ります! このようなことが、大司教猊下の御耳に入ったら!」

「大丈夫! 黙っててくれりゃいいから!」

「……なんだ?」


 部屋の外が、にわかに騒がしくなった。

 そして、ノック音もなしに、ロイヤルスイートの寝室の扉が押し開けられる。


「よっ。ナイト」

「し、シスター・カナイ!」


 どうしてここにという疑問符と、来てくれたことへの感嘆符が、同時にナイトの頭上に現れる。





   * * *




「話には聞いてたけど。本当に最高級の部屋だな、ここは」


 二十室もあるダイニングのひとつへ場所を移し、二人は平然とお茶を(たしな)む。

 カナイは首元に秘匿(ステルス)モードにした十字架をさげて、ダイニングテーブルをはさんでナイトの対面にどかっと座る。


「茶葉も特級と来たか~。いい生活してんな~、ナイト」

「えと、すいません」

「謝ることねえよ……むしろ謝るべきなのは、私の方だ」


 ティーカップを皿に戻し、カナイは組んでいた足を解く。


「聞いたんだろ。予言の話」

「あ……はい」

「悪かったな──黙ってて」


 ナイトは慌てて手と首を振った。


「そんな。むしろ感謝すべきですよ!」

「……感謝?」

「俺を気遣(きづか)って、予言のことを伏せていてくださったんでしょ? 本当に、ありがとうございます」

「感謝されるようなことなんて、私は何もしちゃいねえよ」


 カナイは苛立(いらだ)ちまぎれに黄金の髪をかき上げた。


「私は言うべきことを言わず、教えるべきことを教えず、おまえを聖地にまで案内しちまった。その罪は重い」

「罪だなんて」

「いいや、これは私の罪だ」


 カナイはティーカップの中身を飲み干すと、やおらナイトの肩を掴んで顔を口づけできる勢いで引き寄せる。

 そして、額と額を突き合わせ、ひそめた声で告げる。


「ナイト、ここから逃げるか?」

「逃げ? え? なん……で?」

「私がおまえを逃がしてやる。儀式なんて、んなもの受ける必要ねえ──とにかく、ここから逃げるんだよ」

「……カナイさんは、どうするんですか?」

「そこ気にするかー」


 気にするに決まってると同じく声をひそめるナイト。

 ナイトの強権で、このダイニングルームには二人しかいない。

 が、部屋の外には戦闘訓練を積んだメイドや聖騎士が待機している。

 逃げ道は全周囲を眺望(ちょうぼう)できるバルコニーしかなかった。


「私のことは気にするな。って言ってもムダなんだろうな、おまえは」

「あたりまえですよ、だって……」


 ナイトは(かす)かに(くち)ごもり、(ほほ)に若干の赤みを差して述べ立てる。


「だって、カナイさんは俺の恩人です。置いていくなんて、考えられません」

「……それじゃあダメなんだよ、ナイト」


 何が駄目なのか本気で理解できない様子の少年に、カナイはこめかみをおさえて状況を説明する。


「移動手段を持ってる私が(おとり)になってる隙に、あんたはどこか遠くに逃げ延びる……それ以外の方策が、現状ないんだ」

「ふ、二人で逃げれば!」

「私が使徒であり聖徒である以上、位置は必ずバレる。この十字架は、秘匿モード以外だと、全自動で教団に居場所を(しら)せる仕組みになっている。それじゃあ、いつか必ず追いつかれる。そして、秘匿モードだと私は、戦闘どころか砂漠の移動も困難になる、いいお荷物だよ」


 そもそも論として「何故、儀式を受ける必要がないのか」の説明を求めるナイト。

 カナイは非常に言いにくそうに五秒ほど沈黙して、口を開いた。


「あれは、ナイトを元の世界に戻すなんて儀式じゃあない」

「そ、そんな!」


 大声が漏れかけるのを必死に抑え込むナイト。


「じゃあ、いったい、俺は何の儀式を?」

「終末期の再現。それによってもたらされる世界の安寧。三匹の獣を殺し合わせ、その残された(むくろ)を永遠の供物(くもつ)とする、そういう儀式だ」


 唾棄(だき)するように言い終えるカナイ。

 ナイトは膝から崩れそうになって、ダイニングチェアに背中を預ける。


「殺し、合う……俺が?」

「そうだ」

「そんな、……まさかっ」

「嘘じゃない」


 かすれ声にノック音が重なった。

 カナイは立ち上がった。聖騎士やメイドたちに言い含めておいた残り時間的に、今すぐナイトを連れだすことは厳しいと判断できた。


「逃げ出す気になったら、いつでも私の十字架の秘匿通信にアクセスしな。やり方はジズに乗った時にわかっただろ。私はもう行かないと」


 頭をかかえ項垂(うなだ)れる少年を残して、カナイは部屋を()した。


「帰れるって──そう言ってたのに──」


 少年の涙声を残していく事が、つらい。

 カナイは本気で このどうしようもない状況に嫌気が差していた。






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