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車内





   * * *




 決闘の結果は百一分け(・・・・)という、両者共になんとも()(がた)い結果に終わった。

 終わらせた張本人であるハムダン──ナイトたちの休んでいたオアシスに急派されてきた、黄金の波打つ髪がフランス人形めいた童女は、緑地の上にカナイとツァーカブを正座させ、反省を(うなが)す。


「もう。まったく。君たちの決闘癖は筋金入(すじがねい)りというか」

「……すーませんした」

「こんなときにまで貴重な時間を浪費するようなマネはしないの。わかってる?」

「……わ、わかっておりますわ、でもコイツが」

「でもじゃないの!」


 見た目には幼い子どもが女性二人をこっぴどく叱りつけているという異様な光景だが、同輩であるカアスにとっては見慣れたものであるらしく、素知らぬ顔で水袋をあおっている。

 二人へのお説教を一旦切り上げたハムダンは、黒白の小さな修道服を優美に着こなし、黄金の豪奢な十字架を背負いながら、ナイトの前で一礼してみせる。


「御挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、転移者様。私は、天使(マルアフ)教団所属のハムダンと申します。以後お見知りおきを」

「あ──ああ、よろしくお願いします」


 ナイトは童女から差し出された小さな手を取って、固く握手を交わす。

 ハムダンは懐かしいものを見る目でナイトを見上げ、自分がここへ来た理由を述べた。


「あなたを聖地エブスでお待ちしておりましたが、このオアシスから動きがないことを不審に思い、駆けつけた次第」

「それは、なんというか」


 自分がそこまで待望されていることに、こそばゆい心地を覚え、ナイトは頬をかくしかない。


「でも、まさか。ウチの後輩二人が足を止めさせていたとは。こちらの不徳の致す限り。誠にお詫びのしようもなく」

「い、いえ、そんな。気にしなくても」


 自分の背丈の半分ほどしかない童女に誠心誠意から謝罪の言を述べ立てられるのが、なんとも言えぬ心地悪さをナイトに(いだ)かせる。


「ですが、異世界転移者である貴方(あなた)様の聖地到着は、我等が教皇聖下(きょうこうせいか)も切望されておられます。一刻(いっこく)も早く、ご出立(しゅったつ)の準備を」

「きょ、教皇(きょうこう)聖下(せいか)?」


 その単語──身分の意味するところは、はっきりとは分からないナイト。

 だが、聖地の最上位者らしき人物が自分を待っているらしいことを知ると、自然と身震いすらしてしまう。


「さ。カナイ、カアス、ツアー、あなた達も。久々の聖地帰還なんだから、モタモタしてると置いて行っちゃうからね?」





   * * *




 ナイトと四人の聖徒はオフロードバイク、ではなく、童女ハムダンが顕現させた黄色のオフロードカーに乗り込んで聖地を目指した。

 とんでもない震動とモーター音が(とどろ)く中、ナイトはシートベルトをしっかり締め、上下する視界にも難なく耐える。

 塵埃(じんあい)と風砂、灼熱の太陽光にも悩まされない快適な旅路だったが、車内の雰囲気は最悪だった。


「二人とも、機嫌(きげん)を直してくださいよ~」


 後部座席で先輩二人に挟まれるカアスは涙声で訴える。

 カナイとツァーカブは窓外に顔を向けて、険悪ムードを振りまいていた。

 助手席に座ることができたナイトは複雑な心境で唇を閉ざす。


(俺が、予言のことを聞いたせい、だよな?)


 そこから、何かしらの軋轢(あつれき)が二人の間に(しょう)じたのは明らかだった。

 聞いてはいけないことだったのだろうか──だが、ツァーカブの様子を見るに、率先(そっせん)して話そうとする事項ではあるまいか。それをカナイが(しぶ)っている?


(わけがわからないな……)


 心の中でお手上げのポーズをとるナイト。

 運転席でハンドルを握り、巧みにレバーを操作する童女にたずねてみるのも、なんとなく気が引けた。それでまた、自分が揉め事の火種を生むかもしれないと思うだけで、そんな気力が湧いてこないというのが正直なところである。

 そんなナイトの視線に気づいた童女は、微笑みを横顔に浮かべる。

 砂漠の悪路を走破しつつ、ハムダンはナイトに感謝の意を捧げた。


「此度は本当にありがとうございました。我々の聖地招請をお受けくださって」


 いやほとんど成り行きで、という言葉を寸前で呑み込むナイト。

 ハムダンは(はかな)げな表情で彼方(かなた)を見据えていた。


「異世界転移者様の確認は、実に百年ぶりの出来事。聖地は、とくに教団内ではすっかりお祭り騒ぎで」

「はぁ」

「ハムダン先輩。黙って運転したらどうです?」


 唐突に、カナイが声をかけてきた。その語気は荒っぽく、(つね)の彼女らしくないものを感じるナイト。

 金髪褐色の修道女が見せる挑発的な態度に、白髪縦ロールの修道女が即座に噛みついた。


「不敬ですわよっ、カナイ!」

「不敬? あいにくだけど、私はアンタら“八悪”とは違う組織網(そしきもう)に属してんの。使徒の大先輩であることは認めてるけど、別にそれ以上の敬意を込める必要性はないし?」

「てめえ、言わせておけばぁ! オモテに出やがれですわぁ!」

「上等だコラァ! 今度こそ黒星(くろぼし)の数を増やしてやろうかァ?」


 ハムダンが「やれやれ」といって運転席のボタンをふたつ「ポチ」っと操作する。

 すると後部座席のドアが急に開き、二人の修道女が座っていた座席が外へとジェット噴射で強制排除──パージされる。

 もちろん、座っていた二人諸共(もろとも)に。

「ちょ待っ」「嘘でしょ」という言葉を遥か後方に置き去りにした後、オフロードカーは何事(なにごと)もなかったかのように後部ドアをバタンと閉じる。

 ナイトは車窓から身を乗り出して後方を確認しつつ(たず)ねた。


「だ、大丈夫なんですか、あれ?」

「表に出たがってたから、まぁ大丈夫です。カーゴハッチにあった十字架も、自動で切り離してあげましたし。あの程度で死にはしませんよ」


 幼い声の紡ぐ容赦のなさに、空笑いを浮かべるしかないナイト。

 後部座席にただひとり残されたカアスも、苦笑いを浮かべて体を四角くこわばらせている。


「あ、あの、ハムダンさん」

「どうかなさいましたか、転移者様?」

「俺、予言がどうのって話を聞いたら、あの二人が決闘をはじめてしまって──なんなのでしょうか、予言っていうのは?」

「それは……」


 ハムダンはバックミラーでカアスの様子を確認したようだった。

 長い沈黙の後で、童女は簡潔に言ってのける。


「……それは、聖地にいる教団上位者に聞くのが確実でしょう──見えてきました」


 目的地周辺にたどり着いたことをハムダンは教えてくれる。


「転移者様。あれが聖地エブス──神より約束された白亜の神聖都市・エブスです」


 ナイトは、その都市の有様(ありさま)を前に絶句する。

 堅牢(けんろう)かつ絢爛(けんらん)城壁(じょうへき)門扉(もんぴ)。これまでの貧民街とは比べようもない豪華かつ重厚な(みやこ)

 そして、都市の中央に(そび)え立つ巨大な柱は、見上げても見上げても先が見えない。まるで天上にまで到達しているかのように、その偉容は雲の中に途切れている。いったいどのような建造技術があれば、これほどの偉容(いよう)を完成させられるのか、ナイトには見当もつかなかった。


「す……すごい」

「中はもっとすごいですよ。──さぁ、参りましょう」


 圧倒されて語彙力(ごいりょく)を失うナイトの様子にご満悦(まんえつ)かつ(なつ)かし()な様子で、ハムダンはアクセルを踏み込んだ。





   * * *




 頭から砂丘(さきゅう)に突っ込んだ修道女たちは、無論、無事だった。


「プハっ──ちょっと! ほんとに置いていかれちゃいましたですわよ!」

「ケホっ──先輩だけのオフロードカー顕現っての忘れてた。……さすがに、言いすぎたか?」


 白と黒の十字架と共に、砂漠のど真ん中に放り出されたツァーカブとカナイは、各々砂塵を振り落とし、それぞれ十字架を引き寄せて背中に背負う。


「で、どうする? ガチでもう一戦やってく?」

「は。ご冗談を。ナイト様を送り届ける使命をほっぽって、決闘でなく私闘に明け暮れたとあっては、大司教猊下にお叱りを受けてしまいますわ」


 お叱りで済めばいいけど、と口内で独語(どくご)するカナイは、煙草を一本取り出し一服(いっぷく)

 白煙が砂漠の青空にたなびくのを見送った。


「じゃ。とりあえず。先輩の車に先に追いついた方が勝ちっていうのは?」

「それなら異議なし、ですわ」


 二人はパワードスーツを同時に展開。

 黄色のオフロードカーを追って、ブースターを全開にし、大空を疾駆(しっく)する。







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