御業
* * *
「おおい、水だ! 水が飲めるぞ!」
ただ干からびていくばかりだった街の中心から、その声は瞬きの内に伝播した。
「給水プラントが動いた!」
「でも燃料の備蓄なんてなかったはずじゃ」
「聖女様ご一行が恵んでくださったんだと!」
「しかも、むこう一年は水に悩まされずに済むって!」
命の水の出現に対し、街の中央へ続々と集結しつつある人々。
墓場のように陰気だった街の空気が、爽やかな砂漠の風で吹き飛んでしまったかのようだ。
「おいしい!」
シスター・カナイが入れる水入りのコップを呷る子供の声が、中央広場に大きく響く。
子供たちが優先的に水分補給の列に並び、動けない傷病者や老人の家に、飲料水を満載した配給隊が訪れていく。
「お見事です、ナイト様」
街の中央塔(各地区に同種のものがあるらしい)にて、ナイトは銀髪紅眼の聖徒に純粋な賛辞をおくられる。
「異世界転移者さまとしての権能、ですか。驚くべき機神の格納能力です。まさに奇跡の御業です」
「いや、そんな。自分はできることをしただけで、その」
恐縮し頭をかくナイト。
自分だけが扱えるステータスウィンドウ──その道具一覧にある大量の鋼材と燃料。あの〈カヴォート〉からでた残骸は、余すところなくジズの格納スペースとやらに収納されている。それでも、まだまだ余剰スペースには事欠かない。
カアスはナイトの恐縮ぶりに微笑してしまう。
「そんなに卑下なさることはありません。我々の予定よりも数倍の量の物資を運搬できたのは、ナイト様の実績です。それを誇りに思ってください」
「は、はぁ……」
「先輩もあんなに嬉しそうにしてらっしゃるのですし」
「うれしそう?」
ナイトの見た印象だと、カナイの様子に普段との違いは見られない。だが、カアスにははっきりと見て取れる変化があったようだ。
注意深くカナイを観察するナイトの視線に気づいたのか、カナイと視線が交わる。
婉然と微笑むカナイの様子は、確かに普段の彼女よりも、どこかしら楽しげな雰囲気が感じられた。
「あ、ありがとうございます」
あらためて頬を熱くするナイト。
ふと長老がナイトの方に注意を向けると、街の住人らが殺到し始める。
彼は、街の住人達からの感謝と濁流にもみくちゃにされつつ、自分が救うことができた人々がいる事実に相好を崩しかけた、その時だった。
「この音は!」
街の外から、けたたましく発せられる機械音声。
それと共に街の守備兵隊からの無線が、街中を飛び交う。
《敵襲! 敵襲だ!》
歓喜の時間もどこへやら。一挙に天国から地獄へと叩き落とされ、これ以上にないほど混乱する街の住人達。
カナイとカアスが即応し、中央塔を駆け上り、上層階から街を俯瞰する。ナイトも遅れてその後を追った。
「方角は 数は? どのタイプだ!」
「先輩、十五時の方向。距離三千!」
二人は冷や汗を拭うのを忘れ、見やった。
「じょ、冗談だろ……おい……!」
「さ、三等機属〈スィムハー〉!」
ナイトの肉眼にも、それは見えた。
全高五十メートルの、単眼を持つ白い石柱。
それがユダ地区の街を包囲するように、その数にして十三基が、整然と悠然と、荒野を行進してきていた。




