異世界のカフェで聞こえてきた女子トークがおかしい
幻邏様の「ランチのひととき」シリーズを見て触発されてしまいました。
旦那に浮気された上、逆切れで殺されてしまった私は異世界へ転生した。
どうせなら貴族のご令嬢とかに転生してみたかったが非常に残念な事にちょっと若返ってスキルを盛られての転生だった。
何やかんやで冒険者になって生計を立てている私はとあるカフェでくつろいでいたのだが……
「やっほー、ジョセリン。ここいい?」
「ユズカちゃん。もちろんだよ」
学生っぽい少女二人が隣の席についた。
片方は活発そうなスポーツ少女。
もう片方は内気そうな少女。
それぞれ制服が違っていた。
「ホント、久しぶりって感じだよねー」
「3日前にも会ったけどね……」
「あれ?そうだっけ?」
二人は友達らしくユズカと呼ばれる少女は細かい事を気にしないタイプっぽい。
この世界の学生ってどんな話をするのかな?
「この前さ、彼氏にフラれちゃってさ」
「え、ユズカちゃん彼氏できたの?」
「そうそう。何か告白されてさ。前からちょっと気になってたしいいかなぁと思って」
「でもフラれちゃったんだよね」
「そうなんだよねー」
やっぱ異世界でも女子トークと言えば恋バナになるのかぁ。
でもどんな理由でフラれたんだろう?
まあ、男ってのは勝手な生き物だからなぁ。
「その彼氏とヤッたんだけどさ。あれがダメだったみたいでさ」
あら大胆。
やっぱり異世界でも学生さんはそういうのあるんだ。
ていうかその彼氏もヤリ捨てかよ。最低じゃない。
「ユズカちゃん、どんな感じだったの?」
「普通にグラウンドで一戦交えたんだけどね」
異世界の恋愛事情って大胆!
え、グラウンドって運動場だよね?
異世界の子ってそんな事するの!?
「開幕ダブルアームスープレックスの一撃で沈んだわ」
「あー、それは酷い」
ダブルアームスープレックス!?
プロレス技の!?
え、もしかして『ヤッた』って『戦った』って事!?
「ユズカちゃんさ、それは流石にダメだよ」
そうだよね。そりゃいかんよ。
言ってやれジョセリンちゃん!
「開幕から攻めすぎ。まずは打撃で様子を見ながら戦わないと」
あれ、ジョセリンちゃんも何かおかしくない?
「もうさ、先生に怒られるわ、その後でお父様とお母様が呼ばれてさらに怒られるわ、彼氏にフラれるわで最悪!!」
「災難だったね」
多分一番災難なのは彼氏だと思う。
ちょっと叡智な雰囲気にドキドキしてたらダブルアームスープレックスだもんなぁ。
「冒険者コースのコだから腕は立つと思ったんだけどなぁ。思ったより遥かに弱かった」
「あれ、ユズカちゃんって確か……」
「あたしは総合コース。本当は冒険者コースに行きたかったけどお母様が許してくれなかったんだ」
「おばさん厳しいもんね」
「箱入り娘っていうかもう檻入り娘だよホントに!でもさ……それだけあたしの事をしっかり見て気にかけてくれてるんだよね。ホント、マジ感謝感激雨あられだよ」
あら、意外にいい子。
両親の事を『お父様、お母様』って呼んでるし育ちの良さがにじみ出てるわ。
というかこの世界にも『感謝感激雨あられ』って言葉あるんだ……
「ジョセリンはどうなの?彼氏とか?」
「うーん、そういう人はいないかな。ほら、私って魔導学院じゃん?それで、おばあちゃんがあれだし」
「あーそっか、ジョセリンって学園長の孫だもんね。男が寄り付かないのか」
ふたりともお嬢様なのかぁ。
そんな事を考えていると店員が彼女たちのテーブルに何かを運んできた。
「あっ、私の来た。先貰うね」
「うんうん。いいよー」
一応相手より先に来たら断り入れるんだ。偉いなぁ……ってあれ?
ジョセリンちゃんの目の前に置かれたのは巨大なジョッキだった。
え?お酒?学生だよね。
「ねーねー、何それ?」
「これ?『プロテイン』だよ」
いや待って。今プロテインって聞こえた?
ジョッキでプロテイン?
ていうか異世界でプロテイン?
「うわぁ、素敵!!」
何が素敵だよ!
明らかに量がおかしいでしょ!?
ていうか魔導学院の生徒がプロテイン?
頭の中で疑問が駆け巡る中、ジョセリンちゃんはジョッキに口をつけ『ゴキュゴキュ』と飲み始める。
いや擬音おかしい!!
何でそんな某格闘漫画みたいに豪快な飲み方してるのよ!!
「ふぅ、これが筋肉に効くのよね」
「わかるー」
わかるの!?
女子学生がカフェで飲むのって普通おしゃれな紅茶とかそういうのよね?
ジョッキでプロテインってそれが異世界の常識?
もしやと思って周りの席に目をやるがそんな酔狂な事をしているのは彼女だけだった。
「あっ、あたしのも来たよ。ちょっとスイーツを頼んだんだ」
そうそう。女子学生と言ったらスイーツじゃない。知らんけど。
「ギガグリズリーのステーキで御座います」
ちょっと待て!
カフェでステーキ……っていうかスイーツ!?
しかもあれ、600gくらいない?
「うわぁ、美味しそうだね」
言うと思ったよ!
ジョセリンちゃんも何かおかしいもん。
「お夕飯までまだあるしさ、ちょっと旨いもの欲しくなったんだよね」
やっぱりおかしいよ。
ちょっと『甘いもの』じゃなくて『旨いもの』だもんね?
しかもそれ、どう考えても夕飯のメニュークラスのウェイトでしょうが!!
このカフェどうなってるの?ステーキやってるんだ……
「いただきまーす!!」
丁寧にナイフとフォークでステーキを切っていく。
やっぱりこういう所作にも育ちの良さがにじみ出てるなぁ。
そんな事を考えているとユズカちゃんは切り分けた大きな塊を口に放り込んで『モギュモギュ』と咀嚼する。
いや擬音!後、一口のサイズがおかしい!!
ちょっと待って。さっきのひと口、150gくらいあったよね!?
片やプロテインをジョッキで飲む少女、片や超大盛ステーキを喰らう少女。
しかも食べてる間は会話が一切ない。育ちの良さが……以下略!!
プロテインを飲み干し、ステーキを平らげた彼女たちは満足した様子で笑顔であった。
「ユズカちゃん、この後どうする?」
「うーん、ちょっと食べ過ぎたから走ろうかな?ジョセリンは?」
「私は訓練所で自習しようかなって思う」
うん。自習って言ってるけどきっと『筋トレ』だよね?
本当に魔導学院の生徒なのかな?
「そっか。実はさ、走りついでに御祖父様と御祖母様のお墓参りに行こうと思ってね」
育ちの良さ!
「そっか。それじゃあ私も行っていいかな?最近、お墓参り行けてなくてさ」
「孫が二人も会いに来たらきっと喜ぶよ。行こ!!」
ああ、この二人従姉妹だったんだ。
道理で似た感性なのね。
仲良くカフェを出て行く二人を見送り、私はテーブルに置かれた食器を見て小さくため息をついた。
「異世界ってすげぇ……」