3話 仮宿
気づいたら赤子に生まれ変わっていて、そこは魔法のような力が使える世界で、しかも生まれ変わったのは前世で自分が描いた女の子の姿で……。
そろそろ驚愕の事実も打ち止めかと思いきや、共に生まれ落ちたお包みは魔力を浴びせると復元する、魔法の道具だったことが判明した。
先ほど切れ端になったのが嘘であるかのように、お包みは再びその存在感を取り戻していた。端をつまんで持ち上げて、ひらひらと揺らしてみても白い布切れは何の反応も示さない。
「お前ってすごいヤツだったんだな……」
広げたお包みは正方形で肌触りは綿に近い……が、不思議パワーで再生する不思議素材なので本当に綿であるかは甚だ怪しい。一辺の長さは――転生して長さの尺度になるモノがないので正確にはわからないが、赤子の悠一が四人は寝そべられるほどには大きかった。
完全に沈黙を保っているお包みはひとまず置いておき、改めて《裁縫》によって作り出された衣服を確認する。
全身、素材のままに白一色。
基本の形はゆったりとしたガウンだ。翼を出すためのスリットが背部に腰まで伸びていて、裾が遊ばないよう翼の下で結ぶ紐がついている。袖の手触りを確認してみるとどうもお包みよりも滑らかさが増している気がする。材質を変化させたのが素材の特性なのか、《裁縫》の拡張性なのかはわからない。
ガウンの下はベビーインナーが着用されており、肌面積は小さく済まされていた。
衣服全体に洒落た意匠は施されているものの、飛行や野外活動の邪魔になるほどの華美な装飾は見当たらない。
淫魔ゆえ衣服も性的主調に富んだものにならないかとヒヤヒヤしていたが、さすがに《裁縫》の技能も、種族よりも年齢を重視してくれたようだった。
「衣服が確保できた以上、次の段階に進まなきゃな」
より文明人に近づくために――。それは暮し向きの残る二つ、食か住である。
長期的に見れば間違いなく食であるものの、それはおそらく狩りや採取に精を出すよりも、魔法もどきで技能を得たほうが安全かつ早いはずだ。そしてそれは住の確保で飛行を使えば、魔力チャージも兼ねられる。
よって、次にすべきは今夜の安全確保。
幸いにして寝床作成のための素材には事欠かないだろう。さらに《裁縫》の字面から、この技能の守備範囲は衣服にとどまるまい。
「差し当たっては《裁縫》の検証だよなー……」
取り返しのつかない事をしでかしてしまった時の絶望感は、先ほど大いに味わったばかりだ。例えば、切れ端も残さず布地を使い切ってしまったらもう再生できない……などとなったら、今度こそ立ち直れそうにない。
「描きかけのデータの保存を忘れるのとはワケが違うわ……」
前世のやらかしを自嘲し、転じて未然の戒めとなす。
その教訓を踏まえ、切れ端は予備を多く取っておくことを固く決心した。
よし、と気合を入れて《裁縫》の技能を使いお包みを裁つ。真っ二つになったお包みに対し、まずは片方の布地に対し魔力を浸透させると、たちまち欠損は復元し元の一枚のお包みとなった。
さらにもう片方の切れ端にも魔力を与えると、同様に復元した。
「これは少しまずいかもしれない……」
二枚になってしまったお包みを前に頭を抱える。
単純に考えれば、素材がいくらでも増やせるのだから、お包み一枚以上の材料が必要な布製品も作り放題であり、それは喜ぶべきことだ。だが、試しにお包みを手に余るほど増やした上で外敵に追われるなどしてそれらが散逸してしまった場合、――他人の手によって増殖させられ、上限に達したので手元の切れ端ではもう増やせない……などという事もありうる。一枚でもすでに悠一の身体よりはるかに大きいのだから、必要な時以外はむやみに増やさないことを用心しておきたい。
その後もお包みと《裁縫》の検証を続ける。
二枚のお包みをそれぞれ裁ち、魔力を通したら四枚になってしまったので、それ以上の倍々ゲームはやめることにした。復元の際には材質の変化を起こせなかったので、それはどうやら《裁縫》の特性のようだ。
他にも《裁縫》で服などの最初と大きく異なる変形を経た場合は復元が効かなかったが、材質を変えただけでは復元が効いた。どこまで復元が効くのかの線引きを明確にしたところ、材質変化可、彩色可、軽度の装飾可、過度の装飾不可となった。
縁を保護する程度の装飾は軽度で、絨毯の縁につけるようなフサは過度だ。《裁縫》の「裁つ」以外の形状変化で正方形を崩してもダメらしい。
結論を言えば、「可」の状態の切れ端まではOKだった。
「――それにしても全く疲れないな」
正確には《裁縫》と比べてお包み復元にはまったく魔力を消費したような気疲れが起こらないのだ。《裁縫》にしても、物体を変化させているというのに飛行に比べれば魔力の消費は圧倒的に少ない。
転生前の体力消費で例えるならば、飛行が脚力での走行、《操作》や《裁縫》の技能は滑車や梃を使った単純な作業、お包みの復元に至っては電子機器のタップやクリック程度の微動作だ。
つまるところ、これらはすべて魔力というファンタジーな要素で成立しているものの、それぞれに違った補助機能が加わった別系統の力ということになる。
ありがたいことに、悠一の転生には赤子の身ひとつではなく複数の特典がついていた。
お包みの復元と《裁縫》の検証をしているうちに太陽は中天をまわった。
幸いにしてお包みの復元に技能を必要としなかったため、取得の計画を繰り上げられる。次に欲しいのは食料を確保するための技能であるが、魔力のチャージは一向に進んでいない。先ほどからお腹が可愛らしい音をたてているものの、致死のリスクさえある以上そこらにある物をむやみに口に入れるわけにはいかなかった。
「某箱庭ゲームだと木を切って作業台を作ったあたりか……」
軽口を叩いて空腹をごまかす。
生前暇つぶし程度に嗜んでいたゲームにおいても、この後に必要なのは食料と日没までの拠点づくりだ。
――検証の結果増殖し、山となったお包みとその切れ端を見やる。
今持っている手札で最も手軽に安全を確保できるのは、樹木の中腹に寝床を作ることだろう。ゲームのように地中にシェルターを作る案は、酸素供給や逃げ道の確保ができないため却下である。その反面、樹上生活なら茂った枝葉で地上の肉食獣から身を隠せるだろうし、いざとなったら飛んで逃げることもできる。
リスクをゼロにはできないのだから、次善策を順次打てる環境に身を置くのが望ましい。
「食料の技能をとった後で、さらにひとつ魔法もどきをストックしたほうがいいかもな」
飛行は赤子に全力疾走させるようなものだし、お包みの復元は省エネとはいえそれしかできない。そこにおいて魔法もどきは効果に汎用性があり、ある程度連発できるので、サバイバルの生命線となりうる。逃飛行に至ったうえで更に追い詰められたときのために切り札は用意しておきたい。
「じゃ、飛びますかぁ~」
正直に言って、飛ぶのは気持ちいい反面、筋トレをしているようで精神的にキツい。
しかし、翼による自力飛行が最も魔力をチャージの適う行為であるため、新しく魔法もどきを使うためには避けては通れない。何せ、常時発動している《操作》とあれだけ検証で使った《裁縫》では魔力のチャージが不足しているのだから。
再び空中に浮かびあがり、程よく枝の張り出した木を探す。
外敵との遭遇率を鑑みて、湖の草地から森の奥へ入り込むつもりはない。その上で中腹に居を構えられるほど成長した木で、かつ空中へ逃げられるよう周りの樹木はそれほど高くないものが好ましい。目につく高木の枝張りを直に確認していくうち、湖と草地を眼下に収められる良物件を見つけた。
「立地はいいけど、外から目立つ構造にはできないよなぁ……」
襲ってくるのが猛禽程度ならまだいい方で、最悪魔法を使うようなモンスターに空から狙われる可能性もある。ある程度は幹の近くに寝床を寄せるべきで、眺めの良さはあきらめなくてはならない。
太い枝に降り立って茂った葉の中に潜り込む。
下を確認してみると、枝葉が重なって地面からの視線を遮っていた。太い幹は根元から垂直伸びていて、最初の枝までの高さが大分ある。これなら猛獣の類は登って来られないだろう。
「よし、ここをキャンプ地とする!」
一度言ってみたかった台詞に満足するとお包みの山へと戻る。お包みとして残すゴージャス仕様の一枚を脇に置くと、山の半分を《裁縫》でハンモックに作り変えた。
下からは迷彩模様で獣の目を欺き、吊るすロープ部分は材質変化で強度を増し、張りを保つための引き絞り機能も付けた。
「いい感じにできた。アウトドアが趣味の人の気持ちがわかる気がする」
前世がインドア派だったために、着々と仮宿の準備が整う高揚感が新鮮だった。
ハンモックを抱えて寝床と定めた樹へと飛ぶ。
悠一の飛行能力は荷物の重量を無効化できない。ハンモックは赤子の身体よりも軽いとは言え常に翼からの魔力反発を行わなくてはならず、枝にたどり着くころにはそのまま設置作業ができないほど消耗してしまった。
「早く大人になりたい……。二次成長期が怖いけど、それ以上に生存性を向上させたいよ……」
まだアレがないだけで心は男のつもりだが、成長して女性の特徴が表れたときに精神がどう変化するのかがわからない。ただ、体が成長すればそれだけ翼の出力も上がり、モノを運ぶにも相対的に負担を感じなくなるはずだ。
「あと少し、一旦休むにしてもまずは寝床を整えてからにしないと」
気を抜けば地面まで真っ逆さまだ。安全の確保を怠ってはならない。
やや回復したところでハンモックを取り付けに掛かる。
悠一の胴ほどの太さの枝はハンモックの両端をしっかりと保持し、異世界生活一日目にしては十分すぎるほど上質な寝床が完成した。
「もうダメ。お昼寝タイム……」
転生で引き継いだ知性と技能のおかげで無理やり身体を動かせはしたが、幼い身体には過酷な労働だったことは間違いない。少し気を抜いただけでとたんに眠気が襲い掛かって来る。最後の力を振り絞ってハンモックに身体を横たえたところで掛布代わりのお包みを湖畔に置いてきてしまったことに気づいたが、今寝床から降りたら帰ってこられる自信がなかった。
次に起きるときにまだ日が落ちていないことを祈りつつ瞼を閉じる。
木漏れ日が揺れる中で眠りに落ちる直前、下腹の熱を感じたが、もはや適切な技能を吟味する思考は残っておらず、悠一は諦めて意識を手放した。
目を覚ましたのは日が大きく傾いてからだった。
やや風が出始めて肌寒さを感じる。
働きたくない気持ちは大いにあるが、日没までにやっておかないといけないことがまだ二つある。周囲に外敵がいないか確認し、高さを半分に減じたお包みの山へと滑空した。
「ああ、有ってよかった」
よけておいたメインのお包みを回収し寝床へとんぼ返りする。
そろそろ昼間とは違う生き物も動き出すはずだ。これ以降の作業は地上で行うべきではない。その後も往復を繰り返し、素材とする布を全て木の上に移動させた。
飛びながら枝に引っ掛けてある布地を手に取り、《裁縫》を使っていく。
――警戒しないといけないのは何も生物だけではない。仮に夜間就寝中に雨に降られたときに無防備では、体力を急激に奪われてしまう。
「確かこんな感じだったはず……」
知識を、それに至る工程を知らずとも出力できるため、《裁縫》は実に便利だ。
昔、資料目的で調べたアウトドア用品を思い浮かべる。
複数のお包みが融合して、迷彩柄の雨よけシートが完成した。どうやら《裁縫》の技能は完成品の材質がかけ離れるほど多くの材料を必要とするようだ。綿のような材質を、撥水性の高いものへと変化させるために、何倍ものお包みが必要だった。
「こっちは下で作らなくて正解だったな」
枝の張りに形を合わせて作りだされたシートを枝に括り付けていく。
ハンモックのように作り上げてから運べば重量を減じさせることで楽に飛べる。だが、雨よけのために大きなシートを使えば枝や幹が邪魔でたわみ、溜まった雨水の重量で枝が折れる。小さなシートを何枚も使うと隙間からの雨漏りの可能性や敵から発見もされやすくなるだろう。最低限度の枚数で効率的にハンモックを守るために、苦労してでも材料のまま運んだのだ。
「降雨対策をナメてはいけない」
その後、傾斜を変えたシートで覆い、寝床を丸々覆える雨よけが出来上がった。
昔、キャンプ場内の原生林で、土砂降りの中でブルーシートに包まりながら寝袋で一泊したことがあるけどめちゃくちゃ気持ちよかった。