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キューブ・ルクスリア  作者: 桜庭まこと
第1章 無辺樹海
34/34

幕間2 アウラ

 ――貴女が仕える魔王に会わせてほしい。

 言ってしまった。

 時が止まったようにユイは動かない。

 しかし、ざわめく木々がその可能性を否定していた。

 キシと硝子がこすれるような、聞き覚えのある音が耳を打つ。

 それはユイが持つ固有の技能(スキル)。肩に置かれた褐色の手から、法衣に包まれた細い腕から、僅かに膨らみを得た慎ましい胸から、耳障りな音とともに剥がれ落ちる鱗の如く、光の盾が無数に湧き出してくる。

 旅すがら、仲間に一度として傷を負わせなかった鉄壁の技能(スキル)が意味するところは、すなわち拒絶だ。


「ユイ、私はっ……!」

「そのままで」


 何か言わなければならない。

 そう思い発した、弁明の機会を乞う言葉は遮られ、しかし次の瞬間。

 パパパ、ビシィッ!

 右の耳へと、盾の破砕音が突き刺さった。


「ユイ様、技能(スキル)を退けてください。そいつを殺せない」


 音のしたほうを振り向けば、眼前には最後の盾を突き破った矢じりがあった。

その向こう、ひび割れた盾と重なって、既に次の矢をつがえたエミスフェールがこちらを狙っている。


「退いてください。そいつが剣を取るより私の矢の方がはやい」

「エミス、()()()()()()()()()


 守ろうとしてくれた。

 盾を出したのは拒絶ではなく、必殺の意思を持つ従者から庇うため。


「アウラ、お話しよう。抵抗はしないでね。怪しい動きをしたら、僕はエミスを止められない。ね?」


 一も二もなく首を縦に振る、ユイの顔は告白する前と同じで慈しみを湛えたままだ。

 身を任せる。

 剣を置いてユイの前に立った時点で、既に命は無い物と覚悟をしている。

 こちらの要求をのんでもらうのなら、全て相手の指示に従わなくてはならない。

 ユイの指示で従者がどう行動するのか目を向けると、エミスフェールは呆気に取られ立ち尽くしていた。


「どうしたの、エミス。僕は命じたよ」

「え、あ……。で、ですが……、はい、かしこまりました」


 あれほど発せられていた殺意もなりをひそめ、矢じりも足元へ下がっている。命令がそれほど意外だったのか、窺うような視線を何度かユイに送り、諦めたように構えを解いた。

 使うのはおそらく何がしかの技能(スキル)

 抵抗ととられない程度に身構えると、ユイの腕にそっと抱かれた。


「大丈夫だから。一緒に、ね」

「は、はい。ユイと一緒ならだいじょ、きゃぁ!?」


 ずぶり、と身体が沈んだ。

 地面が魔力的な湾曲をなし、底の無い沼の様な闇へと降下していく。

 思わずユイの柳腰へと腕を回して身体を密着させる。

 それでも背に回されたユイの腕は優しく、エミスフェールの技能(スキル)への信頼が伺えた。


「多分初めて見るとびっくりすると思うけれど、僕も一緒にまとわりつかれてあげるから安心してね」

「ま、まと? なんですって?」

「はぁ……、初めてご案内するというのに二人きりじゃないなんて……」


 何やら物騒な言葉が聞こえた気がしたのだが、問いかけは少し離れたところを同様に降下しているエミスフェールの愚痴に遮られた。

 こちらへの疑念はあるものの、殺意は保留と言ったところか。


「聖獣様のような領域、ですか……?」

「あのお方のような持ち前のものではなくて技能(スキル)ですけどね」


 与えられたその力を誇る様に、エミスフェールは周囲の闇へと視線を巡らせる。

 縋りついたユイを見上げれば、相変わらず身体を弛緩させたままエミスフェールの技能(スキル)に身を任せていた。

 その余裕ともとれる面持ちに、ユイへの告白は間違っていなかったと確信した。これだけの空間を形作れる技能(スキル)を持つ者が従者として就いている時点で、ユイの眷属としての格は魔王に物申せるほどの側近であると期待ができる。

 だが、前向きに捉えたのもつかの間、熟れた果実のような甘ったるい匂いが鼻をついて異変を感じた。


「よおこそ、私の領域へ」


 自慢げなエミスフェールの勿体ぶった声に、重低音が重なった。

 ドクン、ドクンと身体の内側まで響くような拍動が聴覚を揺さぶる。

 そして闇の底、終着点に待ち受けていたのは薄暗い部屋だった。


「なんですか、これ……」


 目の前にある物が信じられない。

 開拓村の小屋程度の広さの空間が、生き物の臓物のような肉の壁でできている。

 壁面に点在する発光器官が全体を照らし、薄暗いながらも部屋全体を見渡すことができる。

 そこはさしずめ地下牢の拷問部屋だ。

 あらゆる責め苦を負わせる設備が、全て臓物を捏ねて作られていたら、こうなるのではないかと思える悪趣味な造形だった。

 何に着想を得ればこれを生み出す技能(スキル)を作ろうなどと考えるのか。

 人間とは思考を異にするその存在が、彼女たちの背後にいる。


「魔王……」


 呟いた言葉に()()()()()()()()()()()見出したのか、エミスフェールの眉がピクリと寄せられた。それでも未だに自分が魔王の関係者だとは口を割らないのは、優秀な下僕の証だろう。その従僕が付き従う目の前の少女は一体どんな存在なのか。

 恐る恐る視線を向ければ、ユイはこれまでと変わらず、なんということもないような顔をしていた。


「少し濡れるけど害はないからね」

「ど、どういう……、ひゃぁ!?」


 下降が終わりと肉の床へと押し倒される。

 即座に衣服が得体の知れない液を吸って、背面に気色が悪い感覚を伝えた。

 反射的に身体を丸めようとするが、それよりも早く肉の(つる)が手足を拘束する。無理やり仰むけの姿勢を取らされたまま、肉の床へと(はりつけ)にされる。


「や、やだっ、気持ち悪い……! ユイ、ユイぃ!」


 おぞましい肌触りに震えだす身体を、ユイが優しく抱きしめる。

 こんなものは通り雨や水行と変わらないと、身をもって示しているかのようだ。既にユイの法衣も()()()に濡れて、張り付いた生地から褐色の肌が透けている。

 化け物の腹に飲み込まれたかのような最悪な状況ではあるが、ユイが自らを同じ状況に置いていることから、取り返しのつかない実害があるとも思えなかった。

 そんな中、ユイの技能(スキル)である光の盾は、ユイだけを守って()()()

 手足を拘束する肉の蔓を引きはがすことは確かにできないが、無防備なユイに危害を加えられる手段がないわけではない。

 当然、ユイもそのことを分かっている。

 つまるところ、これはいつものユイの悪い癖。

 秘密のヴェールの内側へ、無作法に入られてもなお、こちらを信じてくれている。

 ――害はない。

 そんな確証を持ってユイと視線を合わせているうちに、しだいに恐怖は薄れていった。


「落ちついた? 申し訳ないけど、このまま話を聞くことになるよ。……それで、どうして僕らが魔王の関係者と思ったのかな?」

「最初から、浮世離れしている割に供が一人なのがとても怪しかったです」


 ズバリ言うと、ユイは目を見開いて硬直した。

 あからさまにショックを受けている様子がおかしくて吹き出すと、慌てた様子で身を乗り出してきた。


「さ、最初から?」

「ええ、最初からです」

「ユイ様……」


 離れた壁際でエミスフェールが顔に手を当てて天を仰ぐ。

 ユイはと言えば己の拙さを自覚してか顔を赤くして震えていた。

 ――最初にユイと言葉を交わした時、この人は隠し事をする気があるのだろうかと呆れてしまったのを覚えている。

 それでも騙された振りをしたのは、樹海生まれの魔王の手下なら、一角聖獣(ユニコーン)の住処も知っているのではないかと期待したからだ。実際会話を重ねてみれば、悪意を持っているのではなく、ただ単に抜けているだけなのだと解った。

 よく言えば人が好い。悪く言えば無警戒。

 無防備すぎて逆に不安にさせるくせに妙に義理堅いせいで、気を遣ううちに毒気を抜かれてしまった。

 まさかバレていないと思っていたのか、ユイは濡れ雑巾のように水を吸った胸元に顔を埋めてきた。項垂(うなだ)れるその仕草に加虐心をそそられて、保身のために言葉を選ぶような警戒心はどこかへ飛んで行ってしまった。


「世間知らずのお嬢さんを旅に出すなら、もっと大所帯になるはずです。あと、見た目の年齢の割に便利な技能(スキル)を持ちすぎですよ。魔王が人界を探らせるために、技能(スキル)を盛り盛りで遣わしたと考える方が妥当です。ユイの実年齢は解りませんけど、あれだけの技能(スキル)を使えるなら百歳以上で各国に名が通っているのが普通ですね。……と、ここまでが状況証拠です」

「ま、まだあるの……?」


 怯えた表情で顔を上げたユイへと満面の笑顔で肯定する。

 この場で名実ともに、最も力を持つはずなのに、その姿はまるで雨に濡れて慈悲を乞う小動物だ。同時に、肉の天井から滴る液にまみれたその姿が、妙に艶めかしくて動悸が増していく。吐息は浅く、肌が火照って、思考に霞がかかるのは、果たしてユイが可愛らしいのか、それともこの粘液の効果なのか。

 消沈したユイを苛めるための、()いて出る言葉が止められない。


「決定的だったのが、技能(スキル)のレベルについて問いかけたときに答えられなかったことですね。人界では技能(スキル)にレベルを併記してキューブを運用するのが当たり前になっています。私の場合、《剣術Lv36》といった具合ですね」


 外付けの能力である技能(スキル)は道具と一緒だ。

 どの程度の性能なのかを分かりやすくしておくのは利便性の向上に繋がる。

 綱渡りの人界の歴史の中で、培われたノウハウをあえて除外する者などいるわけがない。もしいたとすれば、それは手探りで最初から技能(スキル)の大系を作り出す魔王に連なる物以外ありえないのだ。


「それで、あなたの素晴らしき光の盾は、一体レベルいくつなのですか?」


 磔にされている(ざま)を無視して、できる限り優雅に聞こえるように止めを刺す。

 ここにきて初めて目を泳がせたユイは、そのまま力尽きるように突っ伏してしまった。

 弁解の余地をなくした主に代わり、エミスフェールの殺気が強くなるが無視をする。

 ユイはしばらく身体を重ねたまま思索をしていたが、起き上がると馬乗りになってきた。


「はぁ……、参りました。魔王の関係者だと認めるよ」

「ユイ様っ!」


 エミスフェールが諫めるが、ユイがそれを片手で制する。

 姿勢を低く、粘液濡れの髪を揺らしながら、鼻先が触れるほど顔を近づけて金の瞳が覗き込んでくる。

 陽の光の下で明るく笑うユイとも、寝ぼけながら身を預けてくるユイとも違う、どう猛な捕食者のような威圧感。まるで寝床が主戦場であるかのような新しい一面に、背筋がゾクゾクと震えた。


「それで、魔王に会ってアウラはどうするの?」

「妹を眷属にして頂きたい。聖獣様より、妹の命をつなぐにはもはやそれしかないと伺っています」


 魔王が持っているはずの、人を魔物に戻す技能(スキル)。それを端折って要求を突き付けても、ユイは特に驚く様子を見せなかった。

 事実を知った気疲れから寝込んでいる間に、かの獣はユイとも何がしかの密談をしているはずだ。ユイが魔王の側近であるならば、そこに()いて、いずれ主との接触を乞われる事態が話し合われなかったはずはない。

 覆いかぶさっていたユイは、身を起こし、馬乗りの姿勢に戻るとすげなく言い放った。


「僕らにメリットがないね」

「……眷属が増えます」


 ユイとて立場のある身ならば、快諾できないのは理解できる。

 ここは交渉の場だ。同情抜きで、ユイたちに利する何かを提供しなくてはならない。


「そもそも妹さんは眷属になることを承諾するの? 聖櫃教の教義に則って“清い身”のまま逝けたら、それは彼女にとって幸せではないの?」

「説得します。他に手だてがないのであれば、そのように信じて旅立つことも幸せの一つでしょう。ですが、命をつなぐことができるなら、私はあの子に笑って生きてほしい」


 師に剣の才能を見出され、聖騎士の位を授かるに至り、聖櫃教にすべてを捧げるつもりで生きてきた。しかし、教国から、人界から、一歩外に出れば世界は全く異なる理で動いている。そこは人がこじつけた理屈など通用しない単純な力の世界で、その力の一旦によって妹が救われるならば縋るべきが何なのかは明白だ。

 思いの丈を放つと、ユイは軽く頷いた。

 再び間近にまで顔を寄せてきて、ほとんど役割を放棄していた眼鏡に手を掛ける。視力の矯正を外され、とたんに視界がぼやけた。無理に焦点を合わせようとする働きで眼球に痛みが走り、思わず瞼を閉じる。

 間に遮るものがなくなり、ユイが直接(ひたい)を合わせてくる。互いの吐息を感じながら、わずかな沈黙の間が空いた。


「ユ、ユイ……?」

「妹さんが眷属となって救われるべきならば、君も同様じゃないかな? 当然アウラも、眷属になってくれるんだよね?」


 思いもよらぬ指摘に目を見開けば、暗がりに煌々と、金の瞳が輝いている。

 それはまさしく獲物を前にした猛獣の眼光だ。

 そう、これは交渉であったのだ。妹を生きながらえるための見返りが、この身と言うのであれば喜んで差し出したい。だが、それだけで魔王が危険を冒すほどの価値があるとは思えない。


「他に、何を差し出せばいいのですか?」

「え? アウラだけでいいけど?」


 余りの安請け合いに、思わず思考が停止した。

 他人を欺くのがへたくそなユイをして、何かの謀りごとかと疑ってしまう。

 エミスフェールの方を見れば、ぼやけた視界にあたふたと身振りを繰り返す姿が目に入ってきた。


「ちょ、ユイ様。もうちょっと取らないとフェアじゃないですよ」

「何処から何を取るの。僕が取引をするのは聖櫃教じゃないよ。アウラが持っている一番価値のある物はアウラ自身でしょ」


 あっけらかんとするユイに、エミスフェール共々絶句してしまった。

 あっさりと決めてしまったユイだが、最終的にリスクを負うのは魔王なのだ。魔王一門の負担と、別に要りもしない二人の眷属の増員が釣り合うとは到底思えない。それほど不公平な契約でありながら、エミスフェールも消極的な反対しかしないのはなぜなのか。

 ユイが魔王であれば話は簡単だ。

 だが、それは絶対にありえない。


「ユイは……、ユイは眷属に下る前は何の魔物だったのですか……」

「秘密、だよ」


 黙秘の(いら)えは自信に満ちていた。

 返された眼鏡越しに見上げた笑顔は朗らかだ。

 ユイはなぜこうも魔王一門の中で気ままに振る舞えるのか。

 ――それは、魔王が乞うて迎え入れるような、それこそ一角聖獣(ユニコーン)のような強大な魔物であったのならば、これまでの疑問に一定の回答ができてしまう。

 空間を扱う技能(スキル)を与えられるほどの眷属が、従者として敬っている。

 細事に拘らないおおらかな性格。転じてどこか抜けている憎めなさ。

 人界への派遣を任される信用。

 鱗のごとき形状の防御技能(スキル)

 そして、あまりにも多く残る魔物の痕跡、その特徴は。

 ――竜。

 人界に古より、存在だけが伝えられる魔物の名前。

 本来なら魔王など歯牙にもかけない魔物が、弱体すら恐れず眷属に下ったとしたら――。ユイの性格ならば、魔王や人界に興味を持っても不思議ではない。

 もし、眷属の一人が魔王の生存にとりわけ寄与したのであれば、一門内部での発言力は揺るぎないものだろう。それが例え、教国の目に()まるリスクを主に強要するものであったとしても。


「アウラ、君が欲しい。受けてくれるね?」

「……はい」


 甘ったるい匂いが立ち込める中で、定まらない思考のままに頷いてしまった。

 ユイの細腕が背中に回される。濡れそぼって張り付いた前髪をかき上げられ、額に柔らかい唇をおとされた。

 これはきっと契約だ。

 困難はまだ多くあれど、生きながらえた(アルカ)と共に、ユイの側で生を謳歌出来たらどんなに良い事か。それはきっとこれまでに感じた事の無い幸福だろう。

 ユイはその未来のために尽力すると約束してくれた。


「妹を、必ず連れ出します。長い移動はあの子には酷ですが、魔王様に出向いて頂くわけにもいきませんから」


 これまで確認された魔王は例外なく人から見れば巨体の異形である。

 人目につかずに人界をうろつくことなど不可能だ。アルカを間違いなく眷属とするためには、企てを悟らせずに魔王の元まで連れて行かねばならない。

 ユイはすこしばかりの思案の後、こちらの提案に頷いた。


「そうだね。僕が直接妹さんを迎えに行こう」

「ゆ、ゆ、ユイ様っ! 何を仰るのですか!」


 それまで黙って見ていたエミスフェールが声を荒げた。

 重鎮の身を少しの危険にも晒せないのは理解できる。


「何を言っているの、エミス。君のこの技能(スキル)なら病弱な人も安全に運べるでしょう」

「それは、そうかもしれませんが……」


 この臓腑のような空間は見てくれこそ最悪だが、()()()()のようなものだと思えば人を密かに運ぶにはうってつけだ。外からはエミスフェールが手ぶらで移動している様にしか見えないのだから。


「というわけだからエミス。僕らを外に出して身を清めてくれるかな。それと御足労だけど、()()()に事情の説明を頼みたい。何度も往復させて悪いけれど」

「この際構いませんが、相応のお叱りは覚悟してくださいよ。あの方もユイ様には甘いから許していただけるとは思いますけれど」


 臓腑の空間が解かれ、外気で濡れたからだが凍えだす。

 即座に清めの技能(スキル)がかけられ、服に染みこんでいた粘液が消え去った。風呂上りのような温もりだけが身体に残り、袖に鼻を近づけても甘い腐臭は消えていた。


「それじゃ、ちょっと行ってきますね。……わかっていると思いますが、ユイ様に危害を加えるようなことがあったら次こそただじゃ置きませんよ」


 こちらの返事など聞かず、エミスフェールの姿がかき消える。

 彼女これまでの振る舞いから、森に特化した移動力を持っていることは予測できていた。だが、それを目の前で見せてしまっては、エミスフェールは樹海にいる魔王によって眷属になったと白状したようなものではないか。


「相変わらず脇が甘い……」

「今更だよ。それにアウラが僕を傷つけたりしないって信じているから。さあ、開拓村に案内してよ。エミスが戻るまでご厄介になるよ」


 屈託のない笑顔で差し伸べられる手を握りながら、胸の奥がチクリと痛む。

 そう、魔王に取り入るために、ユイを傷つけたりなどしない。

 魔王にはアルカの命を繋いでもらう必要があるのだから。

 だが、命を繋がなくてはならないのは実妹(アルカ)だけではない。

 清貧とは名ばかりの教国において、幼い義弟妹たちを養うには成果が必要だ。

 彼らの生存を勝ち取るために、魔王はどうしても討たねばならない。

 ユイに憎まれ、その手によって八つ裂きにされることも覚悟の上だ。楽し気に手を引く心優しい友人が悲嘆に暮れることだけが心残りだが、すでに決めた事。

 今更後には引けない。

 魔王を討てるのは自分しかいないのだから。

 意識をすると脳裏に浮かび上がる技能(スキル)がある。


 ――《断罪Lv23》


 それは師と並び立つことを許された三頂騎士(ドライエック)の証。

 いずれ訪れるその責務を果たすため、仮初めの友誼に意識を向ければ、脳裏に浮かんでいた技能(スキル)のイメージはその輪郭を曖昧にして霞んでいった。


書き溜めはこれで終了です。

またしばらく間が空きますがご了承ください。

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