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キューブ・ルクスリア  作者: 桜庭まこと
第1章 無辺樹海
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25話 なりゆきの帰郷

 いくらアウラに特権が許されているとはいえ、ヴィーゼ開拓村の存続はやはり無理を通していたようだ。少しでも維持の期間を短くできるよう、アウラは樹海探索用の準備をあらかじめ整えていた。

 三人での探索が決まった翌日には各所の調整や探索の日程を取り決め、翌々日には出立するという過密スケジュールとなった。その際目的地を知るユイたちからさりげなく持ち運ぶ食糧や装備などに助言がなされたのは言うまでもない。


 ――出立から十日後、ユイたちは見知った森へと帰って来た。

 往きよりも日数がかかったのは、主に教国が保有する大昔の資料からの大まかな方角を頼りに進んだせいである。

 それよりもユイたちを驚愕させたのは、アウラの旅装束が銀の重装鎧だったことだ。

 そんなものを着込んでいれば、沼に嵌まったり川で足を滑らせたり、およそ長距離の旅程に大きな差し障りがあり、場合によっては命にかかわる。しかしそのような最も向かないような装いでありながら、アウラは軽やかに歩を進めて先導した。

 目を疑うような光景ではあるが、アウラの全身が魔力を帯びていることから、森で敏捷さを増すエミスや翼で宙を飛ぶユイの種族特性と同じようなものだと納得するしかない。その後、平地を駆ける駿馬のごとく森を疾走するアウラを慌てて追いかけ、ユイたちはしばらく後塵を拝することとなった。

 ちなみに、『桜の要塞(スリジエ・フォール)』から来た道を使わなかったのは、当然樹海へ分け入るのは初めてという事になっているからだ。加えて、川筋は一帯の強者である鎧猪(スケイルボア)の群棲地帯であるとされているらしく、もとより好まれるルートではなかった。エルフたちの出現により、捕食対象となった彼らは激減しているのだが、そんなことを言えるはずもない。むしろ川沿いを通ることで実態が発覚せずに助かったほどだった。


 ――そして今、ユイの目の前には故郷と呼ぶべき森が広がっている。

 川から外れるよう高い地形を選んで進んできたため、尾根を越えた瞬間懐かしい景色を一望することとなった。まだ離れてひと月も経たないその地を目に、胸をついた想いは間違いなく里心だろう。

 木々が途切れて顔を覗かせる水面が目的地の一角聖獣(ユニコーン)の湖だ。それとは別に、遠くで魔力が揺らいで見えるのは、メールの《隠遁》による不可視の幕。本来そこにあるべき大樹と『桜の要塞(スリジエ・フォール)』がハイエルフの原初技能(プリミティブ)によって隠匿され、アウラには坦々と続く樹海に見えていることだろう。


「アウラ、数日前から捉えていた魔力はあの湖からのものだよ。きっとあそこが目的地に違いない。……けど、これ以上の接近は相手を刺激してしまうかもしれない」

「ふふ、ユイの目は便利ですね。……よろしい。本日はここに留まり、明日接触します!」


 日はまだわずかに傾いたばかりだが、最悪決裂からの撤退戦も想定すれば今から乗り込むには時間が悪い。

 アウラは早々に荷物を降ろし、低木を打ち払って野営のための空間を確保していく。

 この三人連れでユイが負った役目は寝床の設営だ。

 幸いこの樹海において娘三人の重量を支えられる樹木などいくらでもある。手頃な高木をみつけて舞い上がり、《裁縫》と魔王器(おくるみ)を駆使して幕を張り巡らせていく。

 決死行ともなりえた樹海探索に快適な寝床を提供されて、当初アウラは目を白黒させていた。便利な技能(スキル)と魔道具は目に付いてしまうが、無理に隠せば逆にボロが出てしまう。信用の証として開示した意味も込めて、勢いで押し通した。

 エミスは道中、弓の腕を買われて食料の確保を担当していたが、『桜の要塞(スリジエ・フォール)』に近づいた今回、もう一つ重大な役目を負ってもらった。アウラの目の届かないところで同族へ事情を説明してもらう必要があったのだ。


――ユイたちが稜線より現れてすぐ、樹海に散らばるエルフたちはこちらと距離をとって包囲を狭めてきた。

 彼らにしてみれば遠く旅立ったはずの主がひと月も経たずに人間を連れて戻って来た事に意表を突かれたことだろう。謎と興味が尽きないはずだが、聡い彼らは接触して来ず、遠巻きにこちらを監視するにとどめていた。


「じゃあエミス、()()()()()

「お任せください。一角聖獣(ユニコーン)を刺激しないよう()()()()()()()()()


 いつもどおり狩へ取り掛かる体を装って野営地を離れるエミスを見送る。

 取り囲んでいるエルフたちの魔力が一瞬揺らぐのが見えた。ユイの側に人間がいる状態でエミスが離れたことに驚いたようだが、それでも不用意な行動に出る者はいない。違和感なくその場から離れられるのが、エミスしかいない事にはすぐに思い当たってくれたようだ。

 乱立する木々に遮られた遥か向こうで、エミスに他のエルフたちが駆け寄るのが見えた。どうにかアウラに気づかれずに、情報を眷属たちへ渡せたことに安堵する。


「どうかしましたか? エミスさんに何か?」

「いや、湖の方にも異常はない。このまま任せても大丈夫だと思う」


 エミスの去った方向をしばらく見つめていたのがアウラの目にとまったようだ。

 胸中を悟られないよう作業にとりかかる。一度眷属たちの事は頭から閉め出して、樹上にハンモックを掛けていく。作業に没頭すれば妙な振る舞いをしてしまうこともさけられるだろう。あとは、エミスが上手くやってくれるのを待つしかない。

 祈りが通じたのか、しばらくしてエルフたちは数名の見張りだけを残してほとんどが立ち去った。すぐにでもエミスの報告が届き、切れ者の長が取り計らってくれるだろう。


 心の重しが取り除かれて作業も捗り、ほどなくして寝床が完成した。

 ここ十日、誰にも気兼ねなく《裁縫》を振るえる様になり、作り上げる寝床は日に日にクオリティを増している。雨よけの幕を丈夫な迷彩柄にすることから始まり、内側の幹へカバーを巻き付けて利用者を保護する。作り上げた空間に大きめのハンモックを()()()張る。

 三人に増えた仲間に対し、個別に寝床を用意するためには固定する枝が足りないことと、仮に襲撃を受けた際に、立ち回りの邪魔になることが挙げられた。さらには春先の明け方は少し冷えるので身を寄せ合ったほうがよいとの案が、賛成二反対一で可決してしまった! 

 憮然としながらも黙々と寝床の質の向上に精を出すのは、前世の職人気質の賜物か。

 作り上げた寝床を後に、下部の昇降口から外に出て木の幹伝いに舞い降りる。寝床の木から少し離れた場所ではアウラが煮炊き用の(かまど)を組み立てていた。

 大岩から文字通り石材を()()()()()ブロック状にし、鍋を固定しやすくしている。岩の筋すら無視して両断したその面は工具で切ったように平坦だ。

 この世界に生を受けてから魔王器(おくるみ)よりも重いものを持ったことがないユイには、大剣で岩を断つような芸当はとてもできない。


「相変わらずすごい切れ味だよね」

「……ユイはたまに、とても浮世離れしていますよね」


 アウラが竈を組み立てる手を止めて振り返った。

 言われた意味が分からず首を傾げると、アウラは軽く微笑んで立ち上がりそっと抱きしめてきた。密着して鎧の硬さを感じると同時に、背後に回された腕は優しく添えられているだけだ。


「アウラ?」

「私の剣が、魔力の一切(かよ)ってない岩を断てるのは当たり前の事です。その剣も私が渾身の力で振りぬいてもあなたの守りを打ち破れない。それもまたあなたの優れた技能(スキル)による当たり前の事象です。……本来、自らを傷つけられない事象を気に掛けるものではありません」


 ドキリと心臓が跳ね上がった。

 アウラの分厚い胸当てが無ければ、その鼓動はきっと容易に伝わっていただろう。


「それは……、いつも技能(スキル)を使っているわけじゃないし……」

「――気を付けたほうがいいですよ、ユイ。守りの技能(スキル)を持っているのであれば、それは手足のようなもの。それを使えない前提で話すなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ビクリと強張った身体の感触を、今度は誤魔化せなかった。

 注意していたはずなのだ。魔王だと気付かれないよう、人間社会との常識の差異を埋めたつもりだった。しかし前世の常識との差異を怪しまれることまで頭が回っていなかった。後ろ暗い秘密を疑われているのかと、無意識に抱擁を振りほどきそうになりながらも、意思を総動員して踏みとどまる。

 アウラは腕に力を篭めていなかった。

 いつでも逃げられるようにしておきながら、同行を乞うた時のようにまっすぐに視線を向けていた。


 ――忠告してくれている。


 ユイの魔力に対する意識の違いは、時に悪目立ちするのだと。

 明日の一角聖獣(ユニコーン)との交渉次第では死に別れることも危ぶんでいるのだろう。

 抱きすくめられるがままだった腕を持ち上げ、指同士を絡ませながら苦笑する。


「僕はね、相手とは技能(スキル)ごしじゃなくて直接肌で触れあいたいんだよ。強い力を持っていても、それを間において付き合いたい」

「はぁ、ユイらしいですが、よくもそんな恥ずかしいことが言えますね。とにかく気を付けてくださいよ! 親しい間柄でもなければ技能(スキル)を挟んだ距離感が当たり前です!」


 わずかに頬を赤らめる少女騎士が可笑しくて腕を伸ばす。

 後ずさるアウラを逃がすまいと、胸の中に飛び込んで草の上に押し倒した。


「じゃあ、アウラとの間には技能(スキル)はいらないね」


 組み伏せられて赤らむアウラに悪戯心を刺激され、顔を寄せて囁く。口ごもったアウラが小さく頷いたのがとても可愛らしく、図らずもときめいてしまった。

 心配してくれたアウラを思わず揶揄(からか)ってしまったものの、湖の主と事を構えるような事態にはなるまい。

 一角聖獣(ユニコーン)とはもともと相互不干渉で話が付いているし、加えて今頃エミスと会って事情を知ったメールが夜にでも根回しをしてくれるに違いない。備えるという一点において、エルフの長は誰よりも頼りになる。

 アウラを騙す形になってしまうが、ここは格好だけをつけておけばよいだろう。


「心配しないで。明日はちゃんとアウラの事を守るから」

「ユイの守りの堅さは、ここまで見せつけられて来ましたからね。頼りにしていますよ。護衛のはずのエミスさんですらあなたを盾や囮に使うなんて……。一体、技能(スキル)のレベルは幾つなのです?」


 アウラの指摘どおり《積層》も、取得してそのままの技能(スキル)ではない。

 性能を向上させるため、眷属たちからイジメのような攻撃にさらされて、旅立つ頃には鉄壁の技能(スキル)へと成長したのだ。


「うぅ……、あまり思い出したくないなぁ。でも毎日欠かさず鍛錬したおかげで、エミスやアウラに怪我をさせずにここまで来ることができたんだ」


 正直なところ、アウラは持ち前の身体能力と鎧の守りで危なげなどなかったが、防御も回避も、それだけで体力を消耗するのは事実だ。《積層》で敵の攻撃そのものを無視できれば継戦能力を温存できる。アウラに余裕を持たせたままここまで連れて来られたのならば、技能(スキル)で援護した意味もあっただろう。


「――、ではないのか」

「うん? 何か言った?」


 聞き逃したアウラの呟きを問いただしても、伏し目のまま小さく首を振るだけだった。


「いいえ、何でもありません。それにしても、湖が近くなってから急に魔物の圧が無くなりましたね。助かりはしますが、それだけ一角聖獣(ユニコーン)が強大という事でしょうか。ユイたちの忠告が無かったらこれほどの影響を及ぼす力を持つ者を侮るところでした。感謝します」

「ソ、ソウダネー。ドウイタシマシテ」


 一帯に魔物がいないのは、色欲一門が狩り尽くしたからに他ならない。

 本来なら怪しまれるところだが、幸いにも一角聖獣(ユニコーン)の箔とすることで逆にこちらの株を上げられた。ここは偉大なる湖の主に感謝して口をつぐむのが吉である。



 会話も途切れ、割り振られた寝床の敷設も終わっていたため、作業を再開したアウラを眺めて過ごす。

 真似ばかりの見張りをすること暫く、戻ったエミスは鳥型の魔物を手にしていた。これは報告に時間を取られている間に、他のエルフが狩ったものだろう。

 二人が肉を捌き始めたら、何時ものように高枝に避難して目をそむける。処理が終わった肉の調理には参加し、前世の一人暮らしで培った料理の手際で二人を手伝った。


「解体は無理なのに調理は一通りできるって、ユイは相変わらず生活の技量が一貫しませんよね」

「ウチのお嬢様なんですよ。調理の腕前は将来の旦那様に手料理を振る舞うために必要じゃないですか」


 真相を明かせないのをいいことに、エミスがアウラへ嘘を吹き込んでいる。

 アウラは心得たように大きく頷くと、少し頬を膨れさせた。


「故郷に婚約なさっている方など、いらっしゃるのですか?」

「いないって。エミスがからかってるの解ってて言ってるでしょ。僕は誰とも結婚しないよ」


 そっけなく否定すると、アウラは何故か安堵したような雰囲気だった。

 いたずら好きの従者はしてやったりと上機嫌だ。


《あうらはゆーいちに、きがあるね》

(いーや騙されないからな。そんな素ぶりに見えて勝手な勘違いに決まってる。完璧に理解したね)


 むしろ部族のお嬢様なら婚約者くらいいないとおかしかったかもしれないが、既に否定してしまった後だ。沈黙こそ金だが、いざとなったら純潔が求められる巫女であるとでもいった設定を生やすしかない。


《ぷっ。しきよくがみことか、まじうける》

(脳みそピンクなのはサチだけだからな。僕は身持ちが硬いんだ)


 たまに女の子のような思考に支配はされるが、それでも男に身を任せる想像に湧くのは嫌悪感だけだ。逆に眷属の女性陣の肉体は好ましく思えるものの、身体が女のせいでそもそも解消したい欲求自体が湧いてこない。

 あながち巫女に扮する線も、理に適っているような気がしてしまう。


《ゆーいちはすきだらけだから、きをつけないとおそわれちゃうよ》

(不埒者はエミスが遠ざけてくれるし、それはないでしょ)


 奔放だが忠に厚い従者への信頼を示すと、なぜか心の乙女は黙りこくった。

 胸中の会話が途切れて我に返り、ふと視線を上げるとアウラが慌てて顔を背けるところだった。どうやら口をつぐんだまま黙々と調理をすることとなった間、ちらちらとこちらを見ていたらしい。

 うつむいたまま顔を赤くする少女騎士の心情をどう捉えたらよいのか、ユイにはさっぱり理解できなかった。


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