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キューブ・ルクスリア  作者: 桜庭まこと
第1章 無辺樹海
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23話 開拓村と少女騎士

 男は自らをアイフと名乗った。

 庇っていた二人は息子のケントと村娘のレーナ。やはりというべきか、ここには開拓村が作られようとしているらしい。

 アイフたちは仕事を始めたばかりであったが、鎧猪(スケイルボア)出没の報告は後回しにできない。ユイたちの紹介も兼ねて、村へ案内してもらえることになった。


「す、すごいです……! 本当に翼が動くんですね! 触ったらわかるんですか?」


 先ほどまでへたり込んでいたレーナは、道すがらユイの身体から生えた角や翼について質問攻めにしていた。鎧猪(スケイルボア)に襲われる前、男二人にしきりに話しかけていたように、もともとは活発な性格らしい。


「うん、身体の一部だからね。敏感だから尻尾は触らないでね」

「はい! おぉ~、鱗がつるつるだ……」


 偏見のない子供にとって、人に翼が付いているというのは興味が尽きないものらしい。

 本来なら別に尻尾も触られて構わないのだが、エミスが射殺しそうな視線を送りかけたので慌てて制止した。他にもエミスは主人の身体を磨く手柄を主張しかけるなど、何度も二人の背景を勘繰られるような情報を零しかけた。

 見かねて黙らせたおかげで、今は余計に機嫌が悪くなっている。


「おいエミス、なんでお前ら森の中にいたんだ?」

「――口のきき方を知らない人ですね。教国領内に入った途端嫌な思いをしたから腕試しに森を抜けていただけですよ」


 レーナがユイへ掛かり切りになってしまったので、必然あぶれたケントはエミスと並んで歩いていた。もともとケントは礼儀を気にしない性格らしく、無遠慮に話しかけている。主を取られてむくれているエミスは、その無作法に苛立ちを隠せていない。

 それでも事前に取り決めた言い訳がするりと出てくる分、思考は至って冷静のようだ。根掘り葉掘り聞こうとするケントに対し、澄ましたまま沈黙を貫いていた。


「息子がすまんな。樹海の北端を横断していたという事は、湿原から来たのか?」

「はい、族長から見聞を広めて来いと許しが出たので……」


 エミスが黙れば、当然質問の矛先はユイに向く。

 一見して立場が上のユイから出た言葉なら信用されやすい。

 そして馬鹿正直に樹海の奥から来ましたなどと言うわけはない。

 出自を偽るにあたり、取り決めた名義は人間社会の西端、『終天湿原(しゅうてんしつげん)』に沿って点在している少数部族だ。(たくま)しくも人々は湿原にすら多く住んでいるが、地質的な脆弱性から大きな都市はつくられていない。そんな地に住まう名も知れぬ部族の出としておけば、多少の世間知らずであることも偽装の一つとなるだろう。


「道理で。先ほどの守りの技能(スキル)といい、鎧猪(スケイルボア)程度に遅れは取らないというわけか」

技能(スキル)頼みの若輩者です。どうかお手柔らかに」


 少し言いづらそうに下手に出れば、アイフはそれ以上聞いてこなかった。

 有用な技能(スキル)やそれを管理する魔核(キューブ)の所在などを(つまび)らかにしてしまえば、それを付け狙う輩も出てしまう。自分とどう関わるかを越えて他人を詮索することは無作法に値するのだ。


「あ~、旅してるのは解った。んで、しばらくは(ウチ)に滞在してくれるのか?」

「ええ。この辺りもまだ物騒な様ですし、宿代に間引きの肩がわりでよければ暫くご厄介になろうかと」

「ほんと!? とうぶんお肉いっぱい食べられるね!」


 ユイたちの滞在を、レーナは手放しで喜んでくれた。

 アイフは勿論、ケントですら歓迎する態度を見せている。

 この世界において、人間は万物の霊長ではない。その版図から出て新たに土地を拓くともなれば、もとよりそれは壊滅すらも覚悟しなくてはならないほどの難事である。そこにおいて、身ひとつで旅ができる強者の来訪は、村総出で歓待すべき幸運なのだ。

 ユイたちとしても当初の目論見が狂いはしたが、外から気づかれないよう観察するよりも情報は探りやすい。内から好意的に接触できるならば、人間社会について学ぶ本来の目的にも合致する。


「いや、是非ともお願いしたい。あいにくまだ村として安定してないため村長はいないがな。いまは教国から派遣された聖騎士様が皆を取りまとめておられる。まずは目通りしてほしい」

「わかりました。滞在時の指示もその方から受ければよいですか?」


 聖騎士と聞いて思わず(ひそ)めそうになった眉を、表情筋を総動員して平静に保つ。

 忘れていた訳ではないがここは教国の版図だ。正直、聖櫃教とは関わりたくないのだが、ここで拒絶しては後ろめたさを認めるようなものだ。いざとなれば諍いの上の物別れを演出し、さっさと出てゆけばよいと算段をつける。


「ああ、頼む。とても話の分かる、騎士団でも将来を期待されているお方だ。便宜を図ってくださるだろう」

「それは心強い。こちらも誠意、務めさせて頂きます」


 同意しながらも疑念は晴れなかった。

 アイフはやたらとその人物を持ち上げるが、将来を期待されるような人物が開拓村の監督になど就くだろうか。権力の中枢に明るくないアイフが吹き込まれただけではないかと、どうしても(いぶか)しんでしまう。

 その後も情報を引き出そうとしたが対して成果は得られず、開拓を監督官が提案した事などを聞いているうちに村を囲う柵が見えてきた。

 レーナが駆けだし、ケントもそれを追いかけていく。

 仕事に出てすぐとんぼ返りしてきた子供たちへと、大人たちが近づいていく。手を振ったアイフの注意が村の仲間たちへ向いたことで、それ以上の探りを入れるのは諦めるしかなかった。



 その後すぐ、監督官への目通りが適うこととなった。

 子どもたちが村内の仕事に連れていかれると、門番の一人に先導されて官舎代わりの建物へ向かう。その途中、やはりユイたちは注目の的となった。無遠慮に観察してくる村人たち自身、聖櫃教に帰属している者ばかりなためか、魔物の特徴を持つものは見当たらない。正確には人ですらないユイは勿論、エミスの特徴的な尖った耳ですら、彼らにとっては物珍しいようだった。


「気にすんな。お前らが魔物を狩ってくれるってわかれば気さくになるさ」

「そうだな。間引きは遅れているから、皆大歓迎だぞ」


 事情の分かっているアイフや、一通り説明を受けた門番の男が力づけてくれる。

 そうこうしているうちに官舎代わりの建物へと辿り着くと、まずはそのサイズにおどろかされる。村の実質的な長が居を構えるにしては簡素すぎた。

 先入観から村で一番の大きさを予想していたのだが、案内された建物は他の家屋と比べて小ぢんまりとしていた。プレハブの事務所の様に、必要最低限の機能を持たせるにとどめ、浮いた手間を他にまわしたのだろう。とはいえ作りは粗悪でなく、技能(スキル)を使って建てたのか、建材を十分に加工してあり隙間風や虫の侵入を気にしなくても良さそうだ。

 高床と一体になった木造のテラスへと昇り、ここまで案内してくれた門番が壁面に取り付けられた玄関を叩く。室内から良く通る声で(いら)えがあり、戸を引いて一歩室内に入ると門番は顎を引いて背筋を伸ばした。


「ご報告します! 鎧猪(スケイルボア)が出没しましたが、旅の方たちがこれを退けました。居合わせたアイフ達に怪我はありません。その方たちはしばらく村に身を寄せて頂けるという事なのでお連れしました」

鎧猪(スケイルボア)を……! 入って頂きなさい」


 開いたドア越しに聞こえてきたのは、少女の高い声だった。

 門番に案内されるままに入室すると、木製の事務机に監督官が着いていた。


「あなた方が。村の者達を救ってくださったとか。お礼申し上げます」


 積み上がった書類の間から顔をのぞかせていたのは、ユイとそう変わらない見た目の少女だ。

 座したままでは礼を失すると思ったのか、椅子から降り、机の前まで出てきて謝辞を述べる。背丈もほぼ同じで、角の分だけユイの方が高い。光沢のある黒髪を短く切りそろえ、きびきびとした動きもあって生真面目な印象を受けた。

 特に目を引いたのは、銀の瞳に掛けられていたその装具だ。


「め、眼鏡……?」

「ええ、生まれつき視力がよくなくて。怠惰迷宮の産出(ドロップ)です。騎士に叙された時、わが師より頂戴しました」


 思わず口に出てしまった言葉に対し、律儀な答えが返ってくる。

 だが、その疑問の真意は察してもらえるはずもなかった。なぜなら眼鏡の意匠が、あまりにもユイの前世を彷彿させるものだったのだ。

 この世界の人間にも目の良し悪しはあるだろうし、眼鏡そのものが存在するのは不思議ではない。しかし、レンズの厚みや、(ふち)のカット、フレームの意匠、どれをとっても前世の記憶に合致する。そのくせ少女の着ているものは、アパレイの資料にもあった聖櫃教の騎士服だ。

 頭が混乱して二の句が継げずにいると、それを警戒ととったのか監督官は表情をやわらげた。


「ご安心を。技能(スキル)を覗き見るような高級品(レアアイテム)ではありませんよ」

「あ、ああ……。おしゃれで、とても似合っているよ」


 怪しい挙動を誤魔化すため、とってつけたように褒めそやすと、少女は頬を赤らめ首を傾げてはにかんだ。切りそろえられた前髪が眼鏡の上でそろって揺れる。その仕草が言葉の通り魅力的で、多彩な反応を見せてくれるこの少女に少しだけときめいてしまった。


「名乗るのが遅れて申し訳ない。僕はユイ、こちらは連れのエミスフェールという」

「エミスフェールです。エミスとお呼びください」

「これはご丁寧に。私はアウラ・アルタル。アドラシオン教国は聖騎士団所属、直轄――と、いまはただの聖騎士でした。……改めまして、ヴィーゼ開拓村、監督官のアウラです」


 何やらたいそうな肩書を言いかけたときに、アウラの表情が少し曇って見えた。

 分をわきまえない輩が左遷されたようにも見えず、率直に気になるが抱えている秘密はユイの方が大きい。藪蛇にならないよう、強く問いただすようなマネはしなかった。


「エミスさんは、ユイさんの護衛ですか?」

「ええ、ユイ様と同郷です。見聞の旅のお供にと族長より仰せつかりました」


 こちらを見比べたアウラが切りだした。

 ユイに対して腰の低いエミスを見れば、二人の関係を察するのはたやすい。

 旅立つ前、背景を誤魔化すために、対等な関係を演じられないかと提案したが、眷属たちに一笑に付されたのを思い出す。

 獲物の解体もできない、手際が悪い、ものぐさ云々。出るわ出るわの酷評に、事実であるが故に何も言えない主人を、今度はあやし始めるがその顔は欲望に(たぎ)っていた。

 眷属と対等に振る舞う実力もない。反発すれば実力行使。

 大人しく(かしず)かれて奉仕を受けるしかなく、旅立つに至っても田舎のお嬢様が社会勉強に出ているように装うしか術が残されていなかった。


「……なるほど。そのように期待されている方々に立ち寄って頂けるのは有り難い限りです。ああ、ひとつお願いが。ユイさんたちが倒した鎧猪(スケイルボア)を買い取らせていただきたいのです。肉などはすぐに傷んでしまうでしょうし。そちらに渡した方がよい素材などありますか?」

「魔核をいただければ。あとはそちらで引き取ってもらえるとありがたいです」


 礼儀に則り、アウラは出自を追及しなかった。

 だが、すぐに話題を変えはしたものの、受け答えから相手の背景を探っているのは明らかだ。当然、生肉の保存手段がある事を明かすわけにはゆかない。一般の旅人に倣って、肉や毛皮など嵩張(かさば)る物は手放したがるように振る舞うべきだ。


「では、今回は魔核をお渡ししますね。……ですが、申し訳ありません。逗留中の間引き分の魔核は開拓村に納めて頂かなくてはなりません」

「それは仕方のないことでしょう。人間の領域を広げるためには技能(スキル)は不可欠ですから。獲れた肉で食事を奮発してくれればこの上なしです。こちらも鍛錬の機会をいただいたと励みますよ」


 魔核は技能(スキル)の源であるキューブに力を与えるエネルギー資源だ。

 他所の地域での魔物の密猟は、場合によっては武力衝突にも発展する。

 レーナを襲った鎧猪(スケイルボア)の所有権を認められたのは、あくまで偶発的な戦闘だったからで、身を寄せる取り決めをしたのであれば、その拠点の維持に最大限慮らなくてはならない。

 出自を深く問わない事が礼儀であるのと同じように、その地を治めるものが優先的に魔核を取り分とするのもまた礼儀なのだ。


「感謝します。……では滞在して頂く住居に案内しますので、本日はごゆっくりしてください。ユイさんたちを歓迎して、夜にはささやかながら持て成しをさせていただきます」

「ああっ。アウラ様、案内なら私が……!」


 監督官の手を煩わせまいと申し出た門番を、アウラが手をかざして止めた。


「書類仕事ばかりでは身体がなまってしまいます。貴方は門番役へもどりなさい」

「は、はっ。かしこまりました」


 一瞬言いよどんだ門番は、それ以上は聞き返さずにアイフと共にその場を辞した。

 役目へと戻っていく二人が庁舎小屋から離れてからアウラへ問う。


「よかったんですか? 村長代理ともなると処理する案件が多くあると思うんですが」

「ないわけじゃないですけど急ぎませんよ。こんな僻地の村ですから、納期やノルマとは無縁です」


 見送った二人に聞こえないよう声をひそめると、アウラはそれまで重々しく引き締めていた表情を破顔させ、軽く舌を突き出すといたずらっぽい顔で片目を閉じた。

 チラと視線を移せば、アウラの執務机には紙の書類が積み上がっている。


「もしかしてすぐに目通りが適ったのは……」

「納期が無いというのは本当みたいですね。ノルマはある様にお見受けしますが」


 サボりを勘繰るもあえて断定しなかったのに、エミスが冷ややかに斬って捨てた。

 大の大人たちが表立って諫めないのは、必要最低限はこなしているのか、はたまた聖騎士の地位が高すぎて口答えが許されないのか。


「べべ別に、村の事はしっかりやっています! 騎士団への報告とか格式ばった面倒事が多いだけです!」


 眼を泳がせた後、顔を真っ赤にして反論するが、物証が目の前に詰み上がっていては言い訳にならない。

 眼鏡と初対面の落ち着いた仕草から、文学少女のような印象を受けた少女騎士は、見た目に反して書類仕事に没頭できる性格ではないようだ。それでも任された村の統治だけはこなそうとするあたり、責任感は人一倍あるのかもしれない。確かに、村の運営が滞っていては住人たちがあの様にアウラを持ち上げることはしないだろう。

 その後、逃げるように執務小屋から飛び出したアウラに先導され、逗留する空き家へと案内された。


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