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キューブ・ルクスリア  作者: 桜庭まこと
第1章 無辺樹海
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1話 暁に目覚める

 朝焼けが終わったばかりの空を眺める。

 白んだ空の最後のひとかけらが青に変わるまで、そこに横たわったまま動けなかった。


「だぁ」



――赤子として原生林に放り出されていたために。



「だぁ~ぁ!」


 文句の一つも言いたくなって声をあげるも、潤んだ唇から出てくるのは舌足らずな裏声のみ。想像以上の弱々しさに、悠一はかえって眉をひそめた。

 自分は大人だったという記憶が、赤子の身体を動かすのを邪魔している。

 大自然の朝焼けを眺めるという現実逃避に至った原因は、この不自由な体にあった。


(今世がすでに詰みかけているんですが……)


 前世の終わりもヤバいが、今世の始まりもヤバい。

 原生森で野宿など、大の大人でも次の朝日を拝めるかわからない。まして、赤子の身ひとつでは、日没を迎えることすら危うく思える。かろうじてお包みが巻いてあるために身ひとつではないが、布一枚など誤差にすぎない。


(そういえば誰が包んでくれたんだろう? 上質な布だけど……、両親とかかな)


 ではその両親は赤子を放り出して何処に行ったのかという疑念が浮かぶ。

 辺りに視線を送っても、人が踏み分けたような跡が一切なく、怖くなってそれ以上考えるのをやめた。


(――僕は天から降って来たのか? それともいきなりこの世界に現れたとか……)


 お包みで最低限の尊厳を保った上で世に送り出してくれた事には感謝するが、人為的なその処置は逆に出生の謎を深めるばかりだ。


(いや、謎解きより生きることが優先だよ。せっかく大人の頭脳があるんだから、何とかして身の安全くらいは確保しないと)


 さしあたっては周囲に何があるか確認しなくてはその方策すら立てられない。

 お包みから出ようと藻掻いてみるが手足はピクリとも動かなかった。


(あ゛ーっ! 頭は大人でも体は赤子! 脳の指令が手足に届いてない! ――まずいぞ。このままだと完全に野生動物の朝食コースだ! ……そもそも生まれが転生というファンタジーなんだから、身体にもファンタジー要素が無いものかな。魔法とか! 超能力とか!)


 思考がダメな方向に向かっているのは自覚していたが、落胆するのは魔法が使えないのがわかってからでいい。

 “ファイア”などと念じてみたが、何も起こる気配はない。

身動きできない状況で火に巻かれなくて済んだことに、後から気づいて胸をなでおろした。


(そう、攻撃魔法はまずい。――補助魔法とかがないかな、パワーアシストみたいなやつ。あとは……、体を《操る》魔法があれば?)


 自身の体を見えない力で持ち上げるようなイメージをしたところで、下腹にボウと温かみのようなものを感じる。同時に抑揚が不自然な音声が聞こえてきた。


《操作の機能を拡張しますか?》


 側に誰かが居るのではない。

 しかし、頭の中にそんな意味の言葉が響き渡ったのだ。


(お、おぉーーっ!? ファンタジー要素きた!? ……でも待てよこの声、ア〇クサじゃねーか!!)


 生前使っていたPCに搭載されていた音声認識ソフトの電子音声が、まさにファンタジーの案内(ガイド)をしている。

 死亡時の暗黒空間に見ず知らずの森への転移、赤子への転生と非日常な世界へエスカレートして行った所でいきなり聞き覚えのある声が日常へと引き戻してきた。

 もっとも、頭の中に直接電子音声が響いている時点で十分に非日常ではあるが。

 だが今はその謎を解いている暇はない。

 そういうものだと納得して、生き残るための試行錯誤をするべきだ。


(――よし、《操作の機能を拡張》するぞ!)


 意志決定に対する復唱はない。

 だが、その効果は絶大だった。


(おおお、動く!)


 お包みのなかで手足が動く。

 それも想像していた赤子のよちよち動作ではなく、糸に操られたマリオネットのような機敏な動きだ。

 嬉しくなって頭の中のア〇クサに会話を求めたが、あくまでこのファンタジー要素の音声ガイドに過ぎないらしく頓珍漢(とんちんかん)な答えしか返ってこなかった。

 思わず肩をすくめる動作も《操作》によって再現される。しかし動けたのはいいものの、あまりに動きが大雑把すぎたので、可動域や加わる力を関節ごと綿密に調整することにした。


(無理に動かして身体を傷つけたら困るしね。……あ、この体、角や翼があったのか)


 《操作》で補助をする箇所を設定するために、身体の構造に意識を向ける。

 生まれ変わった身体には人間の体に加えて、側頭部に角が、腰に被膜の翼が、尾骶(びてい)(こつ)の先に細い尾が伸びていることが分かった。


(本格的に人間じゃ無くなっちゃったな……。ということは、ここは地球ですらないかもしれない)


 人外の身体と魔法もどきがまかり通る時点で、ここが地球である可能性の方が低い。仮にここが地球だったとして、この状況を生き延びても排斥(はいせき)される未来しか見えない。


(けど、人間の姿や生前と同じような草木があるなら、この世界にも地球と似たような人間社会はあるかもな。魔法もどきのせいで文明の形態はかなり違うだろうけど……)


 思考を巡らせながらも《操作》の設定を続けるうちに、視覚に重なって見える有効箇所が全身を覆っていた。


(おぉ、まるで光でできた強化スーツだ。――でも、できれば見えないようにしておきたいなぁ……)


 お包みを透視して、光に覆われた赤子の体が見える。

 悠一の視覚に重なって見えるこのマーカーは、日常生活においては気を散らすこと請け合いだ。


(効果だけ有効にして視覚情報には映らないように……、できそうだな。 ――ん?)


 体を覆う光を消そうとした瞬間、悠一はとんでもない事実に気づいてしまった。


(――ない)


 そう、赤子であっても人間としての思考は、かわらない。

 角や翼が生えていても人間としての五体は、かわらない。

 魔法もどきが使えても人間としての意識は、かわらない。

 でも――。


(ち○こがない!)


 あって当たり前だった部位が無くなっては、果たして男の自我を保つことができるのか。


「この身体、女の子かよ!」


 《操作》によって滑舌よく発せられた鈴を転がすような声が、異世界初日の空に響き渡った。

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