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キューブ・ルクスリア  作者: 桜庭まこと
第1章 無辺樹海
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13話 成長

 ユイの目から見て、ゴブリンは性別不詳である。

 集落のゴブリンたちの性別を、見た目では判断できない。

 だが、デキる先達を勝手に男と思ってしまったのは、明らかに前世の記憶の弊害だ。

 異種族なのだから性別が見分けにくいこともあるし、たとえ性別で肉体的強さに差が出ても、この世界には魔力というより上位の条理が存在する。

 この世界における強さの判断基準として、性別は優先順位が低すぎるのだ。


「いや、それにしてもこの身体は素晴らしい。そろそろ寄る年波にも勝てぬほどでございましてな。節々も痛くなく、それに、おお、とても、とてもよく()()()!」


 ムシウと同じく、身体の変化に興味が尽きないのは知性ある種族として理解できる。

 だが、首を巡らせ、体をひねるたびに、ゆすられるその大きな肉の塊を何とかしてほしい!

 ――手に握られていたお包みの切れ端に魔力を通して復元させる。

 翼から最大出力で魔力を放出して長に飛び掛かり、形状を取り戻したお包みを胸元に押し付けた。勢いあまってボヨンと弾んだ感触は頭の中から締め出す。


《うま、うま》


 欲情を啜る魔核意思も無視をする。


(《裁縫》、お包み百分割。――復元、《裁縫》、衣服形成、銘――、『大樹の祭祀(リチュエル・ヴェ・シクロン)』!)


 お包みを百枚、ふんだんに使ったエルフの長の一張羅。その銘はこの瞬間、考えた。

 木々の陰からこちらを覗いていたゴブリンたちから、どよめきが走る。

 彼らから見たら、ユイが布切れを持って飛び掛かったと思ったら、次の瞬間には長が豪奢(ごうしゃ)な長い丈のローブを纏っていたのだ。

 ゴブリンが身につけているのは腰蓑であったり、獣の皮であったり、兜がわりの動物の頭蓋骨だ。これまで布などというものは、遠目に見たニンゲンたちのもの、ムシウが着ている機能優先の作務衣、最低限の装飾がついたユイのガウン程度しか見たことがなかっただろう。

 ところが、いま長が身にまとっているローブはどうか。

 胸元のシースルー生地、肌を覆っていても身体のラインを醸し出すフィット感、金糸をはじめとした色とりどりの刺繍糸で施された装飾、これらがすべて布という素材でできているなどにわかには信じられまい。

 そしてそれを、自分たちを率いる長が身にまとっている!

 ――長! 長! 長!

 天衣無縫を目の当たりにした人間のように、身にまとうものが芸術足りえる概念を、いまここで初めてゴブリンたちは目の当たりにしたのだった。


「ぬ、いや、これは少々恥ずかしいですな」

「全裸の方が恥ずかしいです! ――決めました。僕は眷属に必ず服を作ります。裸で暮らすのは許しません。それが我が一門第一の掟です」


 勢いで言ってしまったが後悔はしない。

 二百人からなるゴブリンたちを全て眷属化し、その都度服を用意するのはとてつもない手間だが、ユイの心休まる社会性は是非とも構築してもらわねばならない。

 少々強引な取り決めではあるが、ゴブリンたちが長に見惚れている今がチャンスと、魔王権限で押し切るのだ。

 ――おおお! ユイ様! ユイ様!

 自分たちも長が身につけている物を貰えると、ゴブリンたちが囃し立てる。

 今、誕生から最も魔王としての求心力が高まっていることを感じざるをえない。


「む、む、……致し方ありませんな。これほど華美に飾り立てながらも身体の動きに制限がないのは驚異的と言えましょう。特にこの乳袋の下着が素晴らしい! 支え、固定し、それでいて締め付けない! ゴブリンなど齢を重ねれば垂れ」

「あ゛ーーーーーーっ! ダメです。女性はそんなことを(みだ)りに口にしてはいけません!」


 丸い眼の茶目っ気のある顔立ちの美女が、無遠慮にそんなことを口にするのが恥ずかしく感じるのは、前世の倫理感によるものだ。

 長たちの目を(しばた)く視線が集中し、過言であったことを自覚する。

 赤面したまま小さく縮こまったユイは、深々と頭を下げるしかなかった。


「――お願い、します」

「頭をお上げくださいませ。……そう、ですな。確かに、我々はこれより自己の生存に加えて、内にユイ様を紛れさせる役目も負う。眷属の後胤(こういん)を装うには、奴ばらの作法は修めなくてはなりますまいな」


 気を遣ってくれた長の擁護に感謝しながら、前世に培ったものを少しでも残せることに安堵する。

 しかし、それでも、一つだけ看過できない《翻訳》が耳をよぎった。


「お待ちください、長よ。ニンゲンが――、ぁれ?」

「むおっと、私の眷属化とご自身の身体の再構成のために力を使い切られたようですな」


 詰め寄ろうとしたところで翼の制動が効かなくなり、そのまま長の胸に顔を押し付けることとなった。脱力し、崩れ落ちそうになるところを細腕で抱き留められる。


「今はお眠りくださいませ。お目覚めになられたらお話の続きをいたしましょう」


 遠のく意識に少しだけ抵抗を試みたが、事を急ぐ(いわ)れはないと遅れて気づく。

 柔らかい肉のクッションと若草の香りに包まれながら、ユイは意識を手放した。



 …………


 ……………………


 ――腰が痛い。


「ッ、ッ、……!」


 ズキリという鈍い痛みは、数日前までの不養生を鮮明に思い起こさせる。

 まさか、赤子の身空でもう腰痛なのか。それとも転生が夢だったのか。

 意識が覚醒しても、瞼を開くよりも先に身体の安静を優先する。

 胴体がふわりと浮き上がるのを感じて、悠一の幻影がさようならをしていった。

 同時に、腰痛の原因を理解する。


「あの、膝枕はうれしいんですが、翼が邪魔で床だと腰が捻じれるんです」


 焦点の定まらない視線で見上げると、たわわな膨らみの向こうでエルフとなった長が微笑みかけていた。やはりムシウの時と同様に、眷属に下ると主に介意を抱くようになるらしい。


「雑兵時代に得た知識でしてな。眷属の身体ともなれば、主をもてなすに於いてこれ以上はなしと(のたま)う御方がおられたのです。――御寝所に身体の収まらないユイ様に安らいでいただけると意気込んだのですが……、仕損じておりましたか」


 ゆっくりと身体を入れ替えて視線を送るが、部屋の隅に吊るされたハンモックがやけに小さく見える。

 違和感から掌を見ると、確かに、見間違いなど出来ないほどに腕や指が伸びていた。


「私を眷属として頂いたとき、同時にその御姿となっておられました。動転なされていて、ユイ様御自身は、お気づきになられてはおりませんでしたが」


 くっくっ、と指を添えて笑うのが実に様になっていて、顔が熱くなる。

 前世において、ユイは美男美女に見境なく気後れするような気質ではなかった。ひょっとすると、これは色欲の魔王の生理現象なのではと疑ってしまう。眷属化によって、自身が最も好感を覚える容姿にすることで、魔力の摂取を効率的に行うのだ。


(マッチポンプが過ぎるだろう……)


 身内だけで力の増強が図れるのは実に効率的が、前世の記憶持ちにとっては意識を強制されているようで居心地が悪い。

 ともあれ、眷属の社会性の維持はユイの自制心にかかっていることは間違いない。

 油断をすれば、エルフの里は堕落の園へと真っ逆さまだ。

 エルフを二百人抱えることがほぼ確定している時点で、非常に難度が高い気もするが。



 ――浮遊状態で寝違えを正し、鋼の意思を以って長の膝から離れた。

 眉尻を垂らして残念そうにしている長の方を極力見ないようにして、成長した体を確認する。

 まず、部屋が狭い。

 無論そう感じるだけだ。

 ユイの身体は、頭のてっぺんからつま先までの魔力の流れを基準に、周囲をロケーションして飛行時の衝突を防ぐ。身長が大幅に伸びたおかげで、大樹へと出発する前と比べて見慣れたものが小さくなったように感じてしまう。

 両翼が身体の前で接触できるほど大きくなっていたり、頭蓋に比べて角がより太く伸びていたり、胴に比べて手足が長くなったりもしていた。

 身体中の紋様も、より緻密(ちみつ)さを増している。

 ――そして何より、少しだけ胸が膨らんでいた。


《もっとばいんばいんになるよ。おさほどは、むりかもしれないけど》

(言わないでくれ……)


 その、既知の完成図を脳裏から消し去りたい。褐色巨乳は最高でござるな、などと言ってペンタブを走らせていたアホを殴らせてほしい。


《ぶらじゃー、しよう。もう、あれしないと、いたいよ》

(まだだ……、まだしなくても大丈夫なはず……!)


 今のユイは人間でいうところの第二次成長期に差し掛かったあたりの体格だ。

 ぎりぎり服装で男を装えないこともない、はずである。


《おなかをさわらせるとき、えっちなぱんてぃーはみせるのに?》

(……。……っ、…………、します。ブラジャー)


 技能(スキル)を与えるとき、どうしても腹から下はさらけ出さなければならない。

 布面積の少ない下着でないと技能(スキル)付与が円滑に行えないし、そのくせ男装などしていては、私は恥ずかしがっていますと主張しているようなものだ。

 もはやネカマプレイからの逃げ道を失った。

 女の恰好をして平然としているしか、男を保つ方法はない。



 敷布代わりになっていたお包みを十分割する。

 長のように華美な装飾を纏う必要はない。

 この集落を隠れ里にするならば、長を目立たせた上で、ユイは居候を装わなくてはならないからだ。

 増やしたお包みを《裁縫》を使って仕立て上げる。

 成長前に着用していたガウンは着心地が良くて気に入っていたので、意匠を似せて白のワンピースを作り出した。スカートの丈は長めにとるものの、スキル付与のための前開きをはじめ、尾や翼を通す切れ込みがあるおかげで実質的に要を成さない。苦し紛れのハイニーソで素足を隠し、絶対領域を死守する。サチが非難轟々で文句をつけてきたが、絶対領域(それ)技能(スキル)受領者特典ということにして押し切った。

 下着は、やはり下腹部を大きくカットした布面積の少ないものにせざるを得ない。

 見せパンとなってしまう以上、上品さを装う悪あがきをする。

 色と意匠をワンピースとお揃いにすることで、最初から見せる意図のある下着を着用していたと主張するのだ。

 苦慮の末に着用に至ったブラジャーは、ショーツと微妙に意匠を異にする。

 見せるのはショーツだけ。

 気取ったものを着用しつつも、それは(みだ)りに見せたりしないという決意の表れだ。

 下着は女性の覚悟だと聞いたことがあるが、その言葉の意味が少しだけわかってしまった。悲しいことに。



「お待たせしました」


 脳内会議の百面相から衣服作成まで、長とムシウはその様子を黙って見守ってくれていた。主が身なりを整え終わると、二人同時に深々と頭を下げる。


「改めまして、ご成長、御目出度(おめでた)く存じます」

「急に見た目の年齢が増したけれど、魔王は段階的に成長するのですか?」

「然り。(わたくし)の眷属化に際して、魔力の制御が許容をこえたのでしょう。魔王は眷属から徴収した魔力を体内に留保し、必要に応じてこれを使って体組織の拡張を行います」


 ――それはつまり、長よりも強い眷属を持たなければ、これ以上の成長をせずに済むということだ!

 前例のないゴブリンの眷属化には、木々からの魔力補填という隠し技が存在していた。

 そのゴブリンの上位種である長で、ようやく大樹の余剰魔力(エネルギー)を使い尽くすほどだった。

 今後あれほどの魔力を使うような逸材など、そうは現れまい。

 すなわち、女の身体に慣れるまでの猶予が、だいぶ稼げたことになる。


《ゆーいちがおとこのこでいられるように、サチもてつだうよ》

(……うん、ありがとう)


 どんなに男であり続けたいと願っても、肉体が女である以上、必ず精神は変質していく。それは自己の変容に気づけない、孤独や恐怖と隣り合わせの旅路である。

 しかし、そのときサチの精神が寄り添ってくれれば、変化に折り合いを付けながら進むことができるだろう。

 行く当てのない心の旅路に道連れがいることを、ユイは深く感謝した。

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