表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/226

第92話 久しぶり

 真っ暗な部屋。



 カーテンの隙間から僅かに夜の光が漏れていたが、それがかえって暗闇を際だたせる。


 あの牢獄ほどの絶望感はないが、それでも人が活動するには難しいほどの暗さである。



 聞こえるのは窓に当たる雨の音、そして時計の秒針が刻む音だ。



 その中で、イノは寝床に横になるわけでもなく、ただ部屋の隅に座っていた。



 イノは暗闇の中でぴくりとも動かなかった。


 ただぼうっと、虚空を見つめるのみである。



 結局、何もできなかった。



 俺は、何も……




 イノは手に跡がつきそうなくらい、拳を握りしめていた。



 激しい感情が波のように押し寄せてくる。


 身の回りにあるもの、全てを壊したくなる衝動にも駆られたが、それをする気にもならない。



 そもそも、壊すようなものも、この部屋にはたいしてなかった。


 部屋にあるのは寝床とタンスくらいである。



 タンスを倒しでもしてみるか。


 中身がすかすかなタンスを倒したところで、何が変わるわけでもない。



 激情がまた、波のように引いていくと、後に残ったのは無力感。



 何もできなかったという、何も変えられなかったという事実が、イノの中にぽつんと残っている。



 それ以外、イノにはもう何も残っちゃいない。



 まるでこの部屋のように、空っぽだったのだ。




 イノは部屋の一部になったかのように、いや部屋の一部であるふりをして、時間が過ぎていく。



 そして、空が明るくなり始めた。


 青白い夜明けの光が、カーテンを透き通して部屋の中に入ってくる。



 夜中鳴り響いていた雨の音も止み、鳥の声が聞こえ始めた。



 太陽の光が横顔を照らそうと、イノの顔は死んだように動かない。


 鳥の声に耳も貸さない。



 だが、家の扉を叩く音、そしてその声には、反応せざるを得なかった。



「……イノ?」



 入り口の扉が数回叩かれた。


 自分の名前を呼ぶその声には、聞き覚えがあった。



 その声に応じたくない、とほんの少し思ってしまった。


 だが、イノはだるさを感じる体に鞭を打って、その重い体を持ち上げる。



 そして、玄関の戸を開けた。



「イノ……久しぶり」



「……アイナ」



 やはり、そこにいたのはアイナだった。



 本当に、久しぶりに会ったような、そんな気がした。



 栗色に()()()髪に、そばかすのついた顔。


 髪は、ほんの少し伸びているかもしれない。



 それ以外は、最後に会った時と、ほとんど変わっていなかった。



 それでも、久しぶりな気がしたのは、彼女が穏やかな笑顔だったからだろうか。



 悲しませてばかりだったから。



「……どうした? 体は、大丈夫なのか?」



「う、うん、体は大丈夫だよ。セシリアもいてくれたし」



 そうだった。



 落ち込んだアイナの元には、セシリアがいてくれたんだ。


 親友として、仲間として、彼女を支えてくれていた。



 壊れないように、寄り添ってくれていた。



 それに比べて俺は……



 結局、アイナに何もしてやれなかった。


 アイナのことをセシリアに丸投げしておいて、何もできずに、ただただ自分が傷ついて戻ってきただけである。



 彼女に対して、イノはどんな顔をしていいのか分からずにいた。




「今日はね……イノに、見せなきゃいけないものがあるんだ」




 アイナは少しだけ目を逸らして、そんなことを言う。


 そしてコートのポケットに手を入れて、何かを取り出した。




 握った手のひらを広げると、そこには————





 真っ赤な魔石があった。





「……!」




 何となく、アイナがここに訪れた時から、予感はしていた。


 だからこそ、出ていきたくなかった。



 覚悟なんて、できているわけがない。



「今朝、早くね。軍人さんがこれを届けにきたの。私、隊長なんだって」



 アイナは目を細めて、その魔石を見つめている。



 血液を閉じ込めたかのような色をしている、禍々しい魔石。


 朝日の光を受けて、それは輝きを放っていた。




「私、頑張るから」




 アイナは胸に手を当てて、イノの目をまっすぐと見つめる。


 エルステリア人特有の金色の目と、イノの目が合った。



 違う……




「私、イノの力になれるように頑張るから」




 違うんだ……



 アイナが頑張る必要なんて、ないんだ。




「だから、最後の日まで————」




 アイナの泣きそうな顔を見た。



 イノに見えないように、俯き加減で。



 それでも、目元の煌めきを見逃さなかった。




 正面から、見てしまった。




 その瞬間、イノは走り出した。




 右手には、アイナの手をつかんで。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ